scene:130 竜の洗礼
爆発のショックから立ち直ったダルバル爺さんたちから無言の非難を浴びた。俺だって威力を知らなかったんだから罪はない。
こうなると知っていたら防御用の土嚢とかを積んだ場所から試し撃ちしていた。
<魔粒子凝集砲>の威力は判った。上手く使えば灼炎竜を仕留められる程の威力が有りそうだ。
但し薫の<崩岩弾>のように無詠唱では使えないので使い所が難しい。
太守館で用意してくれた衣服に着替え、灼炎竜対策をもう一度話し合った。ダルバル爺さんの要望として、出来るなら灼炎竜を仕留めて欲しいらしい。
「灼炎竜の腹側はどうなんだ。鱗がなければ、ミコトの魔法で仕留められるんじゃないのか?」
ダルバル爺さんが尋ねるとアルフォス支部長が。
「いや、よく観察したのだが腹側にも小さな鱗が有った。背中ほど防御力は高く無さそうだが、魔導飛行バギーからだと命中させるのが難しいだろう」
俺が魔導飛行バギーに乗って特攻する前提で話が進んでいる。迷宮都市の危機なので拒否しようと思っている訳ではない。ただ俺の意志を確認しないのが納得出来ない。
そんな所はダルバル爺さんもやっぱり貴族なんだなと思う。
会議室に衛兵が来てダルバル爺さんに報告する。
「何故、オークが灼炎竜を迷宮都市に誘導したのか判りました」
厳ついた顔の衛兵は魔導師オークを尋問(拷問?)して得た情報を報告する。この太守館にはオークの言葉が分かる人材が居るようである。
「オークの王である青鱗帝は、人間が許可もなくオークの町に侵入した事に激怒しているらしい。その報復として幾つかの人間の町を攻撃するよう命じたそうです」
その報告を聞いて会議室が沈黙に支配された。
俺は予想もしていなかった事実に驚いていた。今回の騒動の原因が自衛隊の偵察任務にあると判ったからだ。もちろん、韓国やアメリカも偵察をしているので自衛隊だけが原因ではないのだが、同じ日本人の所為で、灼炎竜の騒動が起きたのなら他人事では済まされないと思う。
「私は聞いておらんぞ。だいたい瘴気の森に入る事は国が禁じておる」
ダルバル爺さんの言葉にアルフォス支部長が頷く。
「誰が……いや、何処の国がそんな真似をしたのでしょう?」
俺は何だか居たたまれない気持ちになる。
……この情報は東條管理官に報告した方がいいだろう。もし青鱗帝が侵入したのが、この世界の人間ではなくリアルワールドの者達だと知れば、リアルワールドに報復する可能性が高い。
話し合いの結果、オークたちが使った方法で灼炎竜の進路を変える事になった。作戦の参加者は、俺と伊丹さん、アルフォス支部長とポッブスである。
二人組みにしたのは少しでも魔導飛行バギーを軽くし退避行動が素早く行えるようにしたかったのだ。
カリス親方の所から新しい魔導飛行バギーが運ばれて来た。伊丹さんも太守館に到着する。
「今度は竜か……中々強敵でござるな」
「伊丹さんは魔導飛行バギーの操縦を頼むよ」
迷宮都市に居る人間の中で魔導飛行バギーの操縦が可能なのは趙悠館の者とダルバル爺さん、支部長、ディンになる。ダルバル爺さんやディンに任せる訳にはいかないので、伊丹さんにお願いするしか無かった。
完全武装した俺たちは自分の魔導飛行バギーに乗って太守館を飛び立った。前方にはアルフォス支部長が操縦する貴族仕様の魔導飛行バギーが飛んでいる。
「このような事態になると知っておれば、第三階梯の神紋を授かっておくのであった」
伊丹さんは第三階梯神紋である『天雷嵐渦の神紋』や『崩岩神威の神紋』を授かるか、第四階梯神紋である『神威光翼の神紋』の適性を得るまで待つか迷っていたのだ。
俺が第四階梯神紋の『時空結界術の神紋』を持ち、薫が『神威光翼の神紋』を狙っているので、自分もと思ったらしい。
「まあ、しょうがないよ。灼炎竜が現れるなんて予想もしなかったんだから」
「いや、剣技では太刀打ち出来ない強敵が現れる事を考えるべきだったのでござる」
鍛え上げた剣技が灼炎竜には通用しそうにないので、悔しいようだ。
「適性はどうなの?」
神紋は適性がなければ……神紋の扉を反応させる事が出来なければ授かれない。
「『天雷嵐渦の神紋』と『崩岩神威の神紋』の両方共大丈夫でござる」
さすが伊丹さんである。
バジリスクを倒した後、俺も魔導寺院で試し両方の神紋に適性が有るのを確認している。
何故、新しい神紋を授からないのかと言うと、『時空結界術の神紋』を取得した直後、頭の中にある神紋記憶域が七割ほど埋まり、後一つか二つしか神紋を受け入れられないと感じたからだ。
俺も伊丹さんと同じく第三階梯神紋を取るか第四階梯神紋を取るかで迷っているのだ。
ココス街道の上空を飛行する俺たちの前方に巨大な竜が姿を現した。周りの木を押し倒しながら灼炎竜が巨体を進ませている。歩く度に盛大な土埃が舞い上がり、地響きを伴う足音が聞こえて来る。
その姿を遠くから見るだけで威圧感を感じる。
「これはバジリスクより強い覇気を感じる。そう思わぬか、ミコト殿」
伊丹さんが魔導飛行バギーを操縦しながら、後ろに座っている俺に確認する。
「ああ、俺もそう思う。……倒せると思う?」
俺が伊丹さんの背中を見ながら尋ねると少し沈黙してから。
「難しいな。可能性が有るとすればミコト殿の新しい攻撃魔法だが……あの鱗、ただの鱗ではないのでござろう」
鱗にどれほどの魔法防御力が有るかにより、倒せるかどうかが決まるだろう。
二台の魔導飛行バギーは灼炎竜を真ん中に周囲を旋回する。
前を飛ぶアルフォス支部長が『魔法準備』の合図として赤い手旗を上げる。俺はマナ杖を手に持ち詠唱を開始した。
その赤い手旗が振り下ろされる。『攻撃』の合図である。
まず、ポッブスが<雷槍>を灼炎竜目掛けて放つ。雷撃の槍は灼炎竜の首筋に命中するが、青白い火花を放ち砕けるようにして霧散した。
次に魔粒子凝集弾が放たれる。青く輝く球が灼炎竜の頭に向かって飛翔し命中する。その瞬間、竜の頭上で大爆発が発生する。
魔粒子凝集弾が魔粒子だけの塊だったら、竜の鱗の効果により衝撃波は跳ね返され竜は無傷だったかもしれない。だが、魔粒子凝集弾は圧縮した大気と魔粒子の混合物であり、その破壊力には純粋な物理的破壊力が含まれていた。
爆風が収まり竜を観察すると、爆発点に近い頭部の鱗が割れ血が流れ出していた。
竜が脳震盪でも起こしたようにグラリと揺れた。俺は倒れるのかと期待して見守っていたが、少しヨタっとしただけで立ち直る。
灼炎竜は血走った眼を二台の魔導飛行バギーに向け、強烈な咆哮を上げた。
「ギュグォオオオオオオーーーーーー!」
その咆哮を浴びた俺たちは脳味噌を掻き回されたかのような衝撃を受けた。
魔導飛行バギーが不安定に揺れ高度を落とす。
「伊丹さん!」
俺は伊丹さんの肩を揺さぶり正気に戻す。俺たちの魔導飛行バギーの方が灼炎竜に近かったのでダメージが大きかったようだ。
支部長の魔導飛行バギーは決められていた方向に移動を開始している。俺たちも支部長たちを追った。
後ろを見ると灼炎竜が追い掛けて来る。計画通りであるが、その時は『追って来るな』と叫びたかった。
灼炎竜の背中に並ぶスパイク状の突起が俺たちを狙って動き始める。灼炎竜から感じる魔力が膨れ上がる。
「あの攻撃が来る……急上昇の用意を」
「了解でござる」
伊丹さんが魔導飛行バギーの高度を操作するレバーに手を置く。
灼炎竜の身体の周りに炎の塊が一〇〇近く生まれ、それらが一斉に弾け飛んだ。飛んだ先には二台の魔導飛行バギーが有る。
伊丹さんがレバーを押し込み急上昇させる。十数個の炎の塊が迫っている。
方向転換用スラスターを吹かせ、大きく軌道を変える。ゆっくりとだが炎の塊が離れて行く。
二台の魔導飛行バギーは無事に灼炎竜の攻撃を免れたようだ。
灼炎竜は俺たちを追ってココス街道から離れた。一キロ、二キロほど離れた時、灼炎竜が忌々しそうに唸り声を上げ、頭の一本角に魔力を集め始める。
膨大な魔力の集中に、俺と伊丹さんは顔を青褪めさせた。
「あれはヤバ過ぎる」
魔導飛行バギーの全力で逃げ始める。
灼炎竜の角から青白いビーム状の光の帯が伸び、空を斜めに一閃する。ビームは俺たちの魔導飛行バギーを掠める。高熱を発する光の帯は、魔粒子が何らかの高温プラズマのような物に変化したようだ。
後部の車輪が高熱で焼け落ちた。
「ゲッ……危なかった」
近付くのは危険だと感じた俺たちが灼炎竜から距離を取ると、灼炎竜は足を止めた。
嫌な予感がして見守っていると灼炎竜はココス街道の方へ引き返し始める。
「エッ……何で戻るんだ」
引き返し始めた灼炎竜に気付いたのは俺たちだけではなかった。支部長の魔導飛行バギーも引き返して来る。
伊丹さんも方向転換し灼炎竜を追う。
俺がマナ杖を持ち上げアルフォス支部長に見せる。もう一度魔法攻撃を仕掛けようと提案したのだ。
支部長が片手を上げて応える。賛成のようだ。
二台の魔導飛行バギーが灼炎竜に近付いた時、竜の巨体がクルリと回転し視線をこちらに向け大きな口を上げた。……ヤバイ、あの咆哮が来ると思った瞬間、<遮蔽結界>を張る。
物理的衝撃波を伴った咆哮が俺たちを襲った。至近距離で咆哮を浴びた支部長の魔導飛行バギーはふらふらしたかと思うと高度を落とし樹海の中に墜落する。咆哮の衝撃波で支部長たちは気を失ったらしい。
魔導飛行バギーの構造上、いきなり浮力がゼロになると言う事はないのでゆっくり不時着したようだ。
灼炎竜がココス街道に引き返したのは、俺たちを引き寄せるフェイントだった。
<遮蔽結界>で身を守った俺たちは無事だった。一方、不時着した支部長たちの方へは灼炎竜が向かおうとしている。
支部長たちの命が危ない。
「ミコト殿、攻撃を!」
伊丹さんの言葉で<魔粒子凝集砲>の呪文を唱え始める。
灼炎竜を見ると、俺たちには咆哮が効くと判断したのか、もう一度口を開こうとしている。
魔粒子凝集弾を撃ち出した瞬間、灼炎竜は大口を開け咆哮を発しようとした。
『流体統御の神紋』で魔粒子凝集弾の弾道は制御している。自由自在と言う訳にはいかないが、僅かな軌道修正は可能だ。俺は魔粒子凝集弾を灼炎竜の口の中に誘導する。
最初で最後のチャンスかもしれない。血管がブチ切れそうになるほど集中し誘導を行う。
魔粒子凝集弾が口に飛び込もうとした時、灼炎竜が咆哮を発した。咆哮の衝撃波と魔粒子凝集弾が衝突し大爆発が起きる。
爆発の威力は大きく口を開けた灼炎竜に少なくないダメージを与えた。口から血をダラダラと流す巨大な竜がふらりと揺らめき『ズゥドーン』と倒れる。
「仕留めたのか?」
「残念ながら、目を回しているだけでござる」
伊丹さんが言うように胸を見ると呼吸をしているのが判る。
ここで仕留めないと拙いと感じた俺たちは、<魔粒子凝集砲>を傷付いている頭部にもう一発食らわせる。爆発により頭部の鱗が粉々に砕け剥がれ落ちる。
……邪魔な鱗が……もう一発撃ち込めば。
そう思った時、非情に拙い事実に気付いた。マナ杖に装填していた魔光石が尽きたのだ。
「しまった。予備の魔光石燃料バーを持って来てない」
自分のミスに落ち込んだ。
だが、落ち込んでいる暇はなかった。考えるより先に本能的に次の手を実行していた。
「伊丹さん、あいつの近くに」
危険だと承知しているにも関わらず、伊丹さんは指示に従ってくれた。
灼炎竜から流れ落ちる血を見詰めながら<渦水刃>の呪文を唱える。
流れ落ちていた血が吸い上げられ渦を巻いていく。直径が一メートルほどの渦水刃は真紅に輝き、魔粒子を大量に含んでいる血がオレの魔力に反応し朱色の光を放ち始めていた。
渦水刃が禍々しいほどの力を感じさせるほどに成長した。渦水刃が灼炎竜の頭部に突き刺さった。竜の皮を切り裂き頭蓋骨を割る。
血が吹き出す中、凶猛な魔法が竜の脳を滅茶苦茶に切り刻む。
灼炎竜がビクッと痙攣し、最後の力を振り絞るように立ち上がる。近くに居る魔導飛行バギーを睨み、怒りと本能に従い身体を回転させる。
灼炎竜の尻尾が魔導飛行バギー目掛けて宙を舞う。それを目にした俺は、魔導飛行バギーを包み込むように<遮蔽結界>を張る。
尻尾が遮蔽結界に当たり、一撃で粉砕する。そのお陰で勢いを失ったものの尻尾は軽く魔導飛行バギーに接触し、その機体を弾き飛ばす。
俺たちは灼炎竜の近くに墜落した。
身体を座席に固定していたベルトが千切れ、魔導飛行バギーから投げ出された。
「痛え……駄目だったか」
肋骨が折れたようだ。左腕も動かない。体中から集まる痛みの信号が脳を攻撃する。
俺の傍に灼炎竜の巨大な足が有る。奴が止めを刺すのを覚悟した。
その時、濃密な魔粒子が身体に流れ込んで来るのを感じる。
「ハハハ……俺たちが勝ったのか……伊丹さん、生きて……るか」
近くから返事が来た。
「もちろんで……ござる。これしきで死ぬよう……な鍛え方はしておらん。……ただ動けん」
伊丹さんも重傷のようだ。
その間も魔粒子は容赦なく俺の身体に流れ込み、筋肉細胞を魔導細胞に変えていく。筋肉から溢れた魔粒子は脳にまで押し寄せ、脳の一部も変異を起こさせる。
これは『竜の洗礼』と呼ばれるもので、竜を倒した者が得る祝福だと言われている。
二人はお互いの無事を確かめた後、安心したように気を失った。
不時着したアルフォス支部長とポッブスは、少しの間気絶していたようだ。
目覚めると樹海が静かになっているのに気付いた。魔導飛行バギーは横倒しになっているが、見た目では故障しているようには見えない。
「灼炎竜はどうしたんだ?」
ポッブスが尋ねる。支部長は首を振り「分からん」と応える。樹海が邪魔で周りの様子が判らない。
横倒しになっている魔導飛行バギーを二人で起き上がらせ起動させる。問題なく起動する。二人は浮上し樹海の上に出る。
立ち尽くしている灼炎竜の姿が目に入った。様子が変だ。巨大な竜がピクリとも動かない。
「まさか……」
アルフォス支部長は近付いて確かめた。あれほど力を漲らせていた灼炎竜が息絶えていた。
「ミコトたちが倒したのか……何処に居る?」
ポッブスが探すと灼炎竜の足元に墜落している魔導飛行バギーが見えた。
急いで傍に着陸し二人の生死を確かめる。
「生きてます。それに……」
ミコトたちの傷が急速に回復している。支部長は死んでいる灼炎竜を見上げる。既に魔粒子の放出は止んでいた。




