scene:129 オーク兵士と灼炎竜
その頃、王都エクサバルの王城『閣議の間』では、ミスカル公国に対しての対応が話し合われていた。
出席者は王ウラガル二世と王子二人、それに閣僚たちである。
まず、コルメス軍務卿が報告する。
「ミスカル公国の軍が、国境線の近くにあるモルドンナ砦に集結しています。その数は一万ほどになるかと思われます」
ウラガル王が胸の前で腕を組んで考え込む。
「予想より少ないな」
「その事ですが、公国の兵士の中に見慣れない部隊が居るようです」
「どんな部隊なんだ?」
クモリス財務卿が問い質す。密偵の報告では数百人ほどの部隊で、全員が棒のような魔道具の武器を装備しているらしい。
「それに妙な訛りのあるミトア語を喋べる者が指揮官になっているらしいのです」
「それは奇妙な……」
オラツェル王子がコルメス軍務卿に鋭い視線を向け。
「そんな事より、我が方の兵力はどうなっている?」
軍務卿はテーブルに広げてある地図を指差しながら説明する。
「国境線に一番近いヴァスケス砦には五〇〇〇の兵士を派遣し、その周囲にある二つの小砦には八〇〇ずつ送りました」
オラツェル王子が眉を顰め、咎めるように大声を上げる。
「少な過ぎる。何故もっと多くの兵を送らない!」
軍務卿の不手際だとでも言いたそうな口ぶりである。だが、王と閣僚の半分は送りたくとも送れないのだと知っていた。
ヴァスケス砦の収容能力は八〇〇〇が限界である。元々の兵力が三〇〇〇有るので、それ以上の兵力を送ると補給などの様々な問題が起きるのだ。
「オラツェル殿下、お待ち下さい」
クモリス財務卿がオラツェル王子を止める。
「ヴァスケス砦の収容能力が限界のなのは判る。だが、明らかに兵力不足ではないのか?」
攻撃三倍の法則と言うものがある。攻撃側は守備側の三倍の戦力が必要だと言う戦いの法則である。
この法則に従うなら、ヴァスケス砦の八〇〇〇の兵力で、敵モルドンナ砦に集結している一万の兵力を跳ね返せるはずである。
だが、実際には難しい。兵の質、具体的には魔導兵の能力が大きく劣っているからだ。
両国とも魔導兵となる資格は第二階梯神紋を所有する事である。ミスカル公国は『風刃乱舞の神紋』や『凍牙氷陣の神紋』を所有している者が多く、王国は『紅炎爆火の神紋』や『土属投槍の神紋』を授かった者が多い。
但し、魔導先進国は独自の応用魔法を数多く開発している。特に公国が独自に開発した『風刃乱舞の神紋』の応用魔法<風渦刃>を使える魔導兵は凶悪な存在だった。
それに比べ王国は応用魔法の開発が進んでおらず、昔からある応用魔法を少しだけ改良し使っている魔導兵が多かった。
昔から存在する応用魔法は古代魔導帝国の時代に開発されたもので、最小の魔力で効率的に目的を果たす付加神紋術式で構成されている。
残念な事に古代魔導帝国の軍で使われていたような強力な応用魔法はほとんど伝承されていない。王国に伝承されていれば、今回の戦いでも大きな力となっただろう。
そして、公国の魔導兵の中には第三階梯神紋の持ち主が数十人もいた。対して王国には、片手で数えられる人数しか第三階梯神紋の持ち主は存在しない。
兵力不足と言われた軍務卿は唇を噛み締め、手元にある資料を見てから告げる。
「交易都市ミュムルには各領主軍の計一万が三日後には到着するはずです」
ウラガル王が溜息を吐く。交易都市ミュムルのボッシュ砦に兵力を送るのは、ヴァスケス砦が攻め落とされた場合を考慮してである。
モルガート王子が魔導武器について尋ねた。
「ヴァスケス砦と交易都市ミュムルには優先的に魔導武器を配布しています」
魔導武器は数少ない王国軍の強みだが、数が少ない。もう少しは早く簡易魔導核が手に入っていれば、充分な戦力になったかもしれない。
その時、クロムウィード宰相が意見を述べた。
「簡易魔導核を開発した迷宮都市の若者に、意見を求めてはどうでしょう」
「ふむ、面白い。迷宮都市のシュマルディンに状況を知らせると同時に教育係の知恵も引き出せと指示しろ」
ウラガル王が命じた時、伝令が慌てた様子で『閣議の間』に入って来た。
「陛下、ヴァスケス砦で戦が始まりました」
「何だと! 詳細を述べよ」
王に命じられた伝令は詳細を述べる。
敵の魔導兵がヴァスケス砦に突如攻撃を開始したのが戦いの始まりで、ヴァスケス砦に<崩岩砲爆>や<天雷>などの強力な攻撃魔法が撃ち込まれた。
この魔法攻撃により防壁の一部が崩れ、そこから敵の兵士たちが砦内部に侵入し、砦の兵士と白兵戦に突入した。白兵戦となった当初は砦側が押され気味だったが、魔導武器を持った兵士が白兵戦に参加し始めた頃から、味方が有利になり、敵兵を砦の外に追い返すのに成功したらしい。
「それからどうした?」
オラツェル王子が先を促す。
「味方は逃げる敵を追って砦の外へ出たのですが、奇妙な棒のような魔導武器を持った敵兵に狙い撃たれ砦に逃げ戻りました」
戦いの詳細を聞いた王族と閣僚たちの間に沈黙が広がった。伝令が『閣議の間』から去った後、漸くクロムウィード宰相が口を開いた。
「追撃の兵を追い返した魔導武器とは何でしょう?」
「判らん、もう少し詳しい情報が欲しい。軍務卿、魔導武器に詳しい者をヴァスケス砦に派遣せよ」
王の命令に、コルメス軍務卿は承知する。
「陛下、人を派遣すると時間が掛かります」
「モルガートの魔導飛行バギーを使え、あれなら三日あれば往復可能だろう」
「承知致しました」
迷宮都市で製造された貴族仕様の魔導飛行バギー1号は、既に王家に納入されモルガート王子が使用していた。これを知ったオラツェル王子が魔導飛行船も使用しているのにと抗議したが聞き入れられなかった。
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その頃、灼炎竜を監視していたアルフォス支部長は、オーク兵士たちの動きに気付き嫌な予感を覚えていた。
「こいつら……樹海によく居るオークと違って訓練されていますね」
ポッブスが後ろの座席から支部長に声を掛けた。
四匹の一瘤大トカゲに乗って樹海を疾駆するオーク兵士は訓練された猟犬のように見える。
「嫌な予感がする。あいつら灼炎竜にちょっかいを出すつもりじゃないだろうな」
現在の位置から迷宮都市までの距離を考えると灼炎竜の移動速度だと二日ほどである。今の調子で進めば、迷宮都市の四〇キロほど西を通過しロロスタル山脈の方へ向かう事になる。
オーク兵士たちが灼炎竜の横に回り込み何かしようとしている。一瘤大トカゲに乗るオーク兵士の中に二組だけ二人乗りをしている奴らが居る。その二人乗りの後ろのオークが手を上げ掌を天に向ける。
天を向いた掌の上に氷の槍が生まれ、その槍が巨大な竜に向け飛翔する。
二本の氷の槍が灼炎竜の頭に命中する。この竜の鱗には魔法を弾き返す効果があるようで、命中した氷の槍は鱗の表面で砕け散った。
ダメージはほとんど入らなかったが、オーク兵士たちは灼炎竜の注意を引くのには成功した。
歩きを止めた灼炎竜はオーク兵士たちに視線を向け咆哮する。離れた位置に居るアルフォス支部長たちも身震いするほど迫力の有るものだった。
オーク兵士たちが逃げ始めた。その方向に気付いたアルフォス支部長は顔に怒気を孕ませる。
「あいつら……何を考えているんだ!」
灼炎竜がオーク兵士たちを追ってココス街道の方へ歩みを進め始めた。
「ポッブス、魔法でオークを狙えるか?」
「ああ、やってやる」
魔導飛行バギーの速度を上げ、オーク兵士たちの前方に回り込む。アルフォス支部長がポッブスに合図を送る。
ポッブスの魔法が発動した。『天雷嵐渦の神紋』の持ち主である彼が得意なのは<雷槍>である。槍の形を雷撃がオーク兵士と一瘤大トカゲに命中し仕留める。
「いいぞ。後三匹だ」
鼻先で小さな奴らが戦っているのに気付いた灼炎竜が機嫌を損ねたらしい。背中に付いているスパイク状の突起をザワッと動かしてから、魔力を込め始める。
「ヤバイ、逃げろ!」
ポッブスが叫び、支部長が魔導飛行バギーを急上昇させる。下から炎の塊が追って来る。支部長が懸命に魔導飛行バギーを操りながら炎の塊を避ける。
魔導飛行バギーのすぐ横を炎の塊が通り抜けた。
「危な……灼炎竜に近付き過ぎたか」
攻撃されたのはアルフォス支部長たちだけではなかった。炎の塊はオーク兵士たちの方へも飛び、二匹の一瘤大トカゲとオーク兵士が炎に包まれた。
「馬鹿な奴らだ」
灼炎竜に手を出さなければ死なずに済んだのに、とポッブスが考えた次の瞬間、生き残った二人乗りのオークたちがまたも灼炎竜を攻撃した。
今度の氷の槍は灼炎竜の耳に命中した。口の後ろにある穴なのだが、中には鼓膜もありダメージを負ったようだ。この攻撃に灼炎竜は激怒した。
巨大な竜は一瘤大トカゲを追ってスピードを上げる。
「拙い、ココス街道に出てしまう」
アルフォス支部長が顔を引き攣らせる。
「俺がやる。もう一度近付いてくれ」
魔導飛行バギーが急降下しながらオーク兵士に近付く。ポッブスの耳に魔導飛行バギーが風を切り裂く音が聞こえる。
ポッブスは無詠唱で使える基本魔法の<天雷>を選択した。オーク兵士に近付いた瞬間、雷鳴が響きオーク兵士が悲鳴を上げて一瘤大トカゲから落ちた。魔法を放っていた魔導師オークも一緒に投げ出される。
灼炎竜は無慈悲に一瘤大トカゲとオーク兵士を口に咥え呑み込んだ。魔導師オークは木の陰に落ちたようで見逃された。
アルフォス支部長とポッブスは灼炎竜が元のルートに戻る事を神に祈った。
「クッ、駄目だ。元に戻らねえ」
ポッブスが呻くような声を上げた。灼炎竜はココス街道沿いに迷宮都市の方へ進み始めていた。
ポッブスが火が吹き出しそうな強い眼差しを灼炎竜に向け何かを決意したように言う。
「支部長、オーク兵士と同じ事をすれば、灼炎竜を元のルートに戻せるんじゃないのか」
支部長にも彼が自分の命を犠牲にしてでも迷宮都市を守ろうと決意したのは判った。
「可能性はある。だが、迷宮都市に戻って太守に報告し充分な準備を整えてからだ。今実行し失敗すれば、迷宮都市に危機を知らせる者が居なくなる」
魔導飛行バギーを戻し、生き残った魔導師オークを捕縛した。幸い怪我はしているが、命に関わるものではなかった。
支部長は気絶している魔導師オークを睨み付けながら宣言する。
「こいつから真相を聞き出してやる。どんな事をしても……」
オークたちが何故あんな真似をしたのか。必ず突き止めると決意する。
魔導飛行バギーの最高速度で迷宮都市に戻った。この時ばかりは見張り番と決めたルールを破り、迷宮都市の防壁を飛び越え、太守館の門の前に直接魔導飛行バギーを下ろした。
魔導飛行バギーを発見した衛兵が騒ぎ始めている。
「アルフォス支部長、何を慌てているんだ」
ラシュレ衛兵隊長が駆け付け文句を言う。
縛られているオークとアルフォス支部長の眼が釣り上がり、歯を噛み締めている様子に気付くとラシュレ衛兵隊長は灼炎竜に何かが起こった事を察し、太守館に入れる。
「そのオークが何か問題を起こしたのか?」
ラシュレ衛兵隊長が、ポッブスの肩に担がれているオークを指差す。
「騒ぎになる。ダルバル様とシュマルディン殿下を呼んでくれ。私は地下牢へ行く」
迷宮都市の太守館には正式な地下牢は存在しない。元々地下倉庫だった場所を改造し地下牢として使える場所にした小部屋が三部屋ほど有った。
因みに迷宮都市の犯罪者は捕まると警邏隊の本部に隣接する留置所に送られる。刑務所のようなものは無く、代わりに鉱山や開拓地に送られ強制労働に従事する。
シュマルディンとダルバルが地下に下りると、珍しく怒気を発しているアルフォス支部長が待っていた。
支部長は今日起きた事を語った。
「何だと……灼炎竜が迷宮都市に向かっているのか」
ダルバルとディン、ラシュレ衛兵隊長が顔を青褪めさせた。
「何故オーク共はそんな事を?」
ダルバルが尋ねるが、アルフォス支部長に判る訳がない。皆の視線がロープで縛られている魔導師オークに集中する。
「こいつに聞くしかないな」
ラシュレ衛兵隊長が厳しい顔をして魔導師オークを見た。
その数時間後、ミコトが太守館に呼ばれた。
太守館の会議室で、ヒンヴァス政務官などの高級官僚たちと一緒に状況を聞き、思わず声を上げた。
「……最悪だ。それで打開策は考えたの?」
「オークと同じ方法を考えている」
それを聞いたヒンヴァス政務官が暗い表情で言う。
「オークの半分は灼炎竜に殺られたんじゃないのか。それに奴らは一瘤大トカゲに乗っていて、かなりのスピードで移動していたと言っていましたよね」
アルフォス支部長は俺の方を見て。
「我々には一瘤大トカゲの代わりに魔導飛行バギーがあります。太守用に製作しているものが完成していると聞いたが、どうだ?」
ディンに急かされ二台目の貴族仕様魔導飛行バギーを前倒しで作り、今は不具合がないか検査している。
ミコトが出来ていると答えるともう一つアルフォス支部長が尋ねる。
「以前に、灼炎竜を倒す方法を考えてくれと言ってあったが、どうだ、何か無いのか?」
一応は考え、マナ杖を製作し、本来の<魔粒子凝集砲>を改造しマナ杖使用を前提とした<魔粒子凝集砲>も開発した。ただ支部長の話を聞いて不安になる。灼炎竜の鱗が魔法を弾き返す効果を持つとは知らなかった。
俺は攻撃用の応用魔法を考えたが、灼炎竜の鱗について考慮しなかった事を話した。
「威力の有る魔法なのか?」
俺は何処まで威力が有るか判らないので、試していないと告げる。
「試さんでどうする」
ダルバル爺さんが文句を言う。
「忙しかったんですよ」
自分が使う予定の魔導飛行バギーを早く使いたくて、急かせた覚えの有るダルバル爺さんが沈黙する。
結局、今試す事になった。場所は魔導飛行船が着陸する人工池である。幅一〇〇メートル、長さ五〇〇メートルの人工池に皆で移動する。
ハンターが持つ攻撃魔法などは問わないルールなのに、当然のように高級官僚たちも付いて来る。灼炎竜が引き起こす災禍がよほど怖いのだろう。何か安心出来る材料が欲しいのだ。
俺は人工池の真ん中辺りへ行き、マナ杖をリュックから取り出した。呼び出しが有った時、念の為に用意して来ていたのだ。
マナ杖を握り呪文を唱え始める。
「ジレセリアス・ゴザラレム・イジェクテムジン───―」
俺の周りの大気がマナ杖の先端に向かって集まり始め、かなり強い風が発生する。この様子を見ているダルバル爺さんたちは、幾分顔を青褪めさせている。
「───―・マナ・マナ・マナ・キメクリジェス……<魔粒子凝集砲>」
俺は『マナ』と唱える度にマナ杖のボタンを押し魔粒子を大気の塊の中に流し込む。そして、最後の詠唱と同時に、バレーボール大の青く輝く球が人工池の中心に向かって飛んだ。
人工池に落ちた魔粒子凝集弾は、物凄い爆発を引き起こした。雷が落ちた時のような身体を震わす爆鳴が聞こえた後、爆発で人工池の水が一〇〇メートルまで吹き上げられ、爆風が俺やダルバル爺さんたちを薙ぎ倒す。
爆風が収まり立ち上がった俺は、周りを見て呟いた。
「やっちまった……」
<缶爆>より十数倍の威力が有りそうだった。全員が水を被ってずぶ濡れとなり、人工池の水が半分になっていた。




