scene:128 灼炎竜の脅威
ミコト達がロガント廃坑に行っている頃、趙悠館では車田准教授が敷地の中を見て回っていた。調薬工房兼研究所になっている建物にも行き、鼻デカ神田とマッチョ宮田から話を聞いた。
「先生たちは迷宮都市で生活していて危険を感じた事は有りますか?」
マッチョ宮田が即答する。
「無いです。ここは安全ですよ。危険なのは、偶に狩りを手伝いに外に出る時くらいです」
「宮田先生は、魔物狩りなんかするんですか?」
車田准教授が驚いたようだ。
「ええ、『魔力袋の神紋』と『魔力発移の神紋』を手に入れて魔法薬を作るのに役立てているんです」
「ほう……魔法薬の製作に魔法が必要なんですか?」
「無くても、調薬魔道具を使えば出来ますが、そちらは神田先生に任せています」
マッチョ宮田は『魔力発移の神紋』の<魔力導出>に習熟し調薬魔道具で作るものより効果の高い魔法薬が製造出来るようになっていた。
「その調薬魔道具は案内人のミコト君が手に入れたものなのかい?」
「そうですよ」
「そうか……私は魔道具に興味が有ってね。色んな魔道具を見たいんだが、調薬魔道具を見せてくれないか」
「いいですよ。こちらです」
マッチョ宮田は中古の調薬魔道具を見せた。魔法瓶のような容器だった。
「どうやって使うのかね」
「材料を中に入れ、蓋に付いているボタンを押し込むだけです」
「たぶん魔力なんだろうが、この動力源はどうしているのだ?」
「中にバッテリーみたいなものが入っていて、時々、充電? 違うか。魔力を充填しています」
「それは普通の人でも出来るのかな?」
「魔力袋レベルが3以上になると可能になります。私はまだレベル2なんでネリに頼んで充填して貰ってます」
猫人族のネリは調薬に興味があり、時々調薬を手伝っている。その手伝いの一環として魔力の充填も行っていた。偶にルキにも手伝って貰うが、その時にはお菓子をご褒美として用意する。
大麦を発芽させたものと米を使って作った水飴がルキのお気に入りで、水飴を用意すると喜んで充填してくれる。
一通り調薬工房兼研究所を見学した車田准教授は、ミコトたちの部屋があるA棟に行く。階段を上り二階に行くとミコト・伊丹・アカネの部屋が有った。
車田准教授は階段の上で躊躇い立ち止まった。その時、誰も使っていないはずの部屋のドアが開き、中から警護官のシオリが現れた。
シオリは車田准教授に気付くとびっくりしたような顔をする。
「どなたかに御用ですか?」
「えっ……ああ、案内人の誰かに迷宮都市を案内して欲しかったんだが……」
「今日は無理じゃないですか。男性の二人は外へ行っているし、アカネさんは食事の用意をしているはずです」
「そうか、うっかりしていたよ……君は何故そこに居たんだね?」
「アカネさんに掃除を頼まれましたので」
「へえ、そうなんだ」
車田准教授は階段を下り、食堂の方へ向かった。残ったシオリはドアを静かに閉め、何か迷っているような表情を一瞬浮かべてから階段を下りた。
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ロガント廃坑から戻った俺が、灼炎竜の動きについて聞いたのは翌日になってからだった。東條管理官たちは伊丹さんと一緒に狩りに行き、俺だけハンターギルドを訪れたのだ。
灼炎竜がアスケック村に向かっていると知った。もしもの時の為に灼炎竜を倒す方法を考えた方がいいだろうか。俺より経験豊かでランクが上のハンターが居るから任せればいいとも思ったのだが……
「万が一、迷宮都市やエヴァソン遺跡に灼炎竜が来た時の事を考えれば倒す方法は必要か」
俺の切り札はバジリスクを仕留めた<渦水刃>である。だが、この技の使い処が難しかった。敵に近付き渦水刃を叩き込まねばならない。
今回の敵である灼炎竜は、全身の棘から強力な<炎弾>のようなものを撃ち出し、頭にある角からは青く輝く熱線ビームに似た魔法を繰り出す能力を持つ化物だった。
この化物に近付き接近戦を挑んだ者はほとんどが死んだ。
「遠くから狙い撃つような攻撃魔法が必要だな」
例えるなら薫が使う<崩岩弾>のような攻撃魔法である。そう言う攻撃魔法が以前から欲しい思っていた俺は幾つかアイデアを考え、薫にも相談していた。
その中の一つに魔粒子凝集砲がある。周囲の大気を集め魔粒子を添加した後、『時空結界術の神紋』を使って圧縮したものを丸い砲弾状に形成し敵に向かって撃ち出す攻撃魔法である。
大気だけを圧縮するのではなく魔粒子も添加するのは、破壊力が桁違いに増大するからである。
これは大気を圧縮する実験を行った時、場所によって圧縮を解除した時に起きる爆発の威力が明らかに違うのに気付いたのが発端だった。
その原因を調べ大気中に含まれる魔粒子の濃度ではないかと見当を付けた。
薫に神紋術式解析システムを駆使して貰い付加神紋術式を開発して貰った。しかし、実際には攻撃魔法を発動出来なかった。その攻撃魔法では『錬法変現の神紋』『流体統御の神紋』『時空結界術の神紋』を同時に使う必要が有り、俺の神紋制御レベルでは無理だと判ったのだ。
一旦はボツにした攻撃魔法だったが、今考えると可能じゃないかと思えて来た。神紋を三つ同時に使うのが無理なら、中の一つを魔道具で代替すればいいんじゃないかと考えたのだ。
魔粒子を大気に添加するだけなら魔道具でも可能である。魔光石から放たれる魔粒子をボタンか何かで操作すればいいと思い付いた。
ギルドを出てカリス工房へ行った俺は、工房に有る道具を借り簡単な魔道具を二日で造り上げた。元々魔力供給タンクの部品だったものを使い『錬法変現の神紋』の<精密形成>を駆使して太い神紋杖のような魔道具を作り出した。
素材はアルミとミスリル合金である。それを『マナ杖』と呼ぶ事にする。
使い方は簡単である。柄の部分にある魔粒子を放出するボタンを押しながら砲弾である『魔粒子凝集弾』をマナ杖の先端に形成する。次に『流体統御の神紋』を使って魔粒子凝集弾を投擲する。
マナ杖が完成した日の翌日、東條管理官と一緒に魔導寺院へ向かった。もちろん、王女と糸井議員も一緒である。
「今日は神紋の扉を片っ端から試してみましょうか」
「はい、判りました」
サラティア王女が元気よく返事をする。
三人は次々に神紋の扉を試し、自分に適性が有ると判った神紋を記憶して行く。三人は予想していた通り初級属性神紋のいくつかと『魔力変現の神紋』に適性を得たようだ。
東條管理官が『調教術の神紋』、糸井議員が『念話術の神紋』の適性を得ていた以外は変わったものは無かった。
「さて、三人はどの神紋にするか決めましたか?」
東條管理官と糸井議員はまだ迷っているようだ。
「それなんだが、JTGの研究所が勧める『疾風術の神紋』は平凡だし、『調教術の神紋』とかはどうなんだ?」
「こちらでずっと暮らすなら勧めますけど、魔物を捕らえて調教する時間なんて無いでしょ」
東條管理官は渋い顔をして頷いた。
「私も日本でも使えるというなら『念話術の神紋』にするんだけど」
その会話はサラティア王女も聞いているのだが、『日本』などの翻訳不可能な固有名詞は日本語そのままなので、一部は理解不能である。
地名ではないかと推測は可能だが、異世界の地名だとは判らないはずだ。
俺はサラティア王女に同じように尋ねた。
「ディン兄様が一つ目は『魔力変現の神紋』にしなさいと言っておられたので、そうします」
その言葉を聞いた東條管理官と糸井議員も『魔力変現の神紋』にすると言い出した。
結局『魔力変現の神紋』に決めた三人は神紋を得て趙悠館に戻った。そこで体内に蓄積されている魔粒子を元に『火』『水』などの五種の魔系元素を作り出せるように教えた。
この段階で一番苦労したのはサラティア王女である。それでも苦労して教えた甲斐もあり王女も五種の魔系元素を作り出し魔力変現のレベルが2となった。
少し休憩した後、食堂に三人を集めた。
後は応用魔法を学ぶ段階なのだが、何処まで教えるか迷った。この神紋の応用魔法は薫が新たに開発したものも増え全部で十三個になっており、その中には危険な応用魔法がある。
その内訳は<発火><湧水><明かり><拭き布><矢><炎杖><缶爆><閃光弾><冷光><洗浄><バスタオル><雷鞭><爪剣>となっている。最後の三つは薫が新たに作り出した応用魔法である。
<バスタオル>は肌触りが良く吸水性の良い布製品が異世界に無かったので開発した。魔系元素で作った物は魔力を貯めておくような神意文字を組込まないかぎり数十秒で消えてなくなるが、それだけの時間が有れば身体を拭ける。
<雷鞭>は魔系元素でスタンガンのようなものが作れるか試しに作ったものだ。俺や薫には<雷鞭>など必要ないが、ハンターに成りたての者には有用だろう。
最後の<爪剣>は指定した指の先に小さなナイフを作り出す応用魔法である。これは魔系元素で刃物が作り出せるか実験する為に作ったものである。
俺は東條管理官だけを少し離れた場所に呼び、どうしたら良いか確認した。
「そうだな……<炎杖><缶爆>は二人に教えないようにしよう。王女は成長した後教えればいいし、議員に爆弾を持たせるのは危険だ」
あの元女優の議員ならば、樹海でゴブリンとかに遭遇した時、迷わず<缶爆>を投擲しそうな気がする。俺の脳裏にゴブリンが粉々になって吹き飛ぶ光景が浮かんだ。
「そうですね」
その時、怒りの篭った女性の声が聞こえた。
「こそこそ何を相談しているかと思えば……私を何だと思っているの。そこらの考え無しのギャルとは違うのよ」
『ギャル』とか久しぶりに聞いた気がすると一瞬考えた後、慌てた。チラリと東條管理官を見ると珍しく狼狽している。
「き、聞こえたんですか?」
「言い忘れましたが、私、演劇界で『地獄耳の翠』と呼ばれていましたのよ」
二人して謝り許して貰った。
結局、応用魔法の全てを議員には教える事になった。王女には事情を話し危険な二つの応用魔法を除いて教えた。
迷宮都市の外に出て<炎杖>と<缶爆>の二つを東條管理官と糸井議員に試させた時、物凄い威力に二人は声も出せなかった。
その後、魔力が尽きるまで<炎杖>と<缶爆>を試し、魔力切れに苦しんだ。
これで東條管理官のパワーアップ依頼は完了である。日本に戻れば魔法を使えないが、ここで生まれた魔導細胞はリアルワールドでも好影響を及ぼすのは各国の研究者により証明されている。
俺は東條管理官たちの事は伊丹さんとアカネさんに任せ、灼炎竜について情報を集める事にする。
同じ頃、アスケック村では村民の避難が終わり、高ランクのハンターと太守館から派遣された兵士が樹海に潜んで灼炎竜の動きを見守っていた。
アルフォス支部長とポッブスは、二日間この化物を監視していた。判ったのは手を出さない方が賢明な魔物だと言う事だ。
途中、ガルガスの樹が密生している林を通った時、そこに住む大剣甲虫の群れが灼炎竜に襲い掛かった。体長一八〇センチほどの巨大昆虫が二〇匹も一斉に襲い掛かったのだ。
その戦いを少し離れた場所から、魔導飛行バギーに乗ったまま観戦していたアルフォス支部長は、幾ら灼炎竜でも手子摺るだろうと思っていた。
次の瞬間、背中に並んでいるスパイク状の突起が一斉に大剣甲虫の群れの方を向き、その先端に二〇センチほどの真紅の炎が生まれ、砲弾のように撃ち出された。この光景をミコトが見れば、宇宙戦争を描いたアニメでやたらと対空射撃を行う戦闘艦に似ていると感じたかもしれない。
一つ一つの炎は高速で飛び着弾すると爆発し周りに炎を撒き散らす。そんな強力な炎の砲弾が雨のように大剣甲虫に降り注いだのだ。巨大昆虫の群れは粉々となり吹き飛ばされた。
それだけではない。大剣甲虫の群れが居た辺りは地形が変わっていた。ガルガスの林だった場所が爆発で掘り起こされ、倒れた樹が炎を上げている。
アルフォス支部長とポッブスは灼炎竜が見せた凄まじい破壊力にゾッとした。
それ以降、今まで以上に気付かれないように気を配りながら監視を続け、アスケック村に必ず来ると判った時点で、村へ先回りした。魔導飛行バギーが無かったら不可能な偵察任務である。
そして今、灼炎竜が村に現れようとしている。遠くから地響きのような足音が聞こえて来る。村人は避難が完了し、村長だけが確認の為に残っている。
「なあ、支部長さん。あいつを何とか出来んのか」
アルフォス支部長は首を振って否定した。村長はポッブスの方に目を向け。
「あんた有名なハンターなんじゃろ。あいつを退治してくれ」
ポッブスは困ったような顔をして。
「無理言うなよ。あんな化物と戦うには迷宮都市のハンターを総動員しなきゃならねえ。それでも大勢死ぬんだぞ」
その時、樹海から灼炎竜の頭が覗く。眼下に村を認めた灼炎竜は、それが何かの棲み家だと気付いたようで、身体を鞭のようにしならせた。
長い尻尾が樹木をへし折りながら現れ、村の家を薙ぎ払う。粗末な家の柱や屋根がバラバラとなって宙を舞う。
「ああああああーーーーっ!」
村長が悲鳴のような声を上げた。ポッブスが慌てて村長の口を押さえた。
「静かにしろ。死にたいのか」
アルフォス支部長が強い意志を込めた声で村長に注意する。
村長は涙を流しながら灼炎竜が村を破壊する様子を見ていた。
その時、灼炎竜の角に途轍もない力が集まっているのを感じた。青白いビーム状の光の帯が角から伸び、村を一撫でした。その瞬間、村が灼熱地獄に放り込まれたように熱を発して輝き灰と溶岩に変わった。
離れた場所で見守っていたアルフォス支部長たちも眩しい光に目が眩むと同時に高温の熱風に晒され地面に倒れ込んだ。
暫くして、灼炎竜が遠ざかる足音が聞こえ静けさが戻った。
アスケック村は消滅した。ちょっと前まで人が暮らしていた場所が焦土と化していた。
ポッブスが起き上がり周りを見渡す。険しい表情で唇を噛み、倒れているアルフォス支部長を起き上がらせる。次に村長を助け起こそうとした時、村長が息をしていないのに気付いた。
「亡くなっているのか?」
支部長の問いに、ポッブスが黙って頷いた。村長として長年守って来た村が眼前で破壊されるのを見て、心臓が耐え切れなくなったようだ。
高ランクのハンターと太守館から派遣された兵士を集め、迷宮都市に帰るように伝えた。
「俺ら、何も出来なかったな」
ハンターの一人が無力感を漂わせた声を上げた。
「仕方ねえよ。あいつは怪物だ。勇者様でも現れない限り、どうにも出来んよ」
アルフォス支部長はポッブスと一緒に魔導飛行バギーに乗って、灼炎竜の監視を再開した。
暫く追跡していた支部長たちは、追跡者が自分達だけではないのに気付いた。一瘤大トカゲと呼ばれる体長四メートルの大蜥蜴に跨ったオーク兵士たちが同じように灼炎竜を追跡している。
「あいつら何をする気だ?」
アルフォス支部長はオーク兵士たちにも気付かれないように魔導飛行バギーを操縦し始めた。




