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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第6章 戦乱と陰謀編
130/240

scene:127 灼炎竜の進路

「この乗り物は、本当に飛ぶの?」

 糸井議員は魔導飛行バギーを眺めながら尋ねた。リアルワールドの常識に当て嵌めると、これが空を飛ぶとは思えないのだろう。

 返答の代わりに魔導飛行バギーに跨がり始動させる。魔導飛行バギーがゆっくりと浮き上がった。驚きの表情が東條管理官や糸井議員の顔に浮かぶ。

 サラティア王女に乗せてとせがまれたので、乗せてやり庭をグルリと一周する。途中、一度だけ高度五メートルまで上昇した。王女は怖がらず喜んでいた。


 皆の所へ戻り、王女を降ろし魔導飛行バギーをアルフォス支部長に渡した。

「壊さないで下さいよ」

「判っている」

 そう言うとアルフォス支部長は魔導飛行バギーに乗って去った。


「ミコト、あれは本当に迷宮都市の技術者と共同で研究中だと報告書にあったものなのか?」

「そうです。最近になって燃料の問題が解決したんで完成したんです」

 東條管理官は不満そうな顔をして。

「今度からもっと早く報告しろ」

 糸井議員は何か検討しているように考え込み、俺に歩み寄ると話し掛けた。

「魔導飛行バギーだけど、速度と航続距離を教えて」

 俺は天候と風向き次第だと説明してから、平均的な速度と魔力供給装置に装填する魔光石燃料バー1本での航続距離を教えた。

「……それだけの航続距離が有れば、都市間の行き来が革命的に楽になるわね」

 日本政府に金を出させて買おうと思っているのだろうか。億単位の購入金額が必要になるのだが。

「バギータイプではなく、マイクロバスくらいの飛行艇みたいな乗り物は製作出来ないの?」

 製造コストを無視すればできない訳じゃないが、巨額の開発費用を掛けてまで開発する必要を感じなかった。まあ、日本政府が開発費用を負担すると言うのなら、やぶさかではない。

 その事を議員に話すと飛行艇を諦めたようだ。


 翌日、東條管理官、糸井議員、サラティア王女を連れて武器兼防具屋に行った。体に合った鎧を購入する為である。

 東條管理官たちに濃密な魔粒子を浴びて貰う為、手強い魔物を狩る予定になっていた。直接戦う訳ではないが、そんな魔物を相手するのに防具なしでは心もとない。

 もちろん、糸井議員の警護官デンスケや王女の護衛として太守館の衛兵が付いて来るのだが、どれほど役に立つかは判らない。

 馴染みの武器兼防具屋に行くと、各人の体に合ったサイズの革鎧を選んで購入した。店員に調節して貰い、三人は革鎧を着た。


「ミコト、今日は何処へ行くのだ?」

 東條管理官が尋ねる。俺は狙う獲物が棲家としている雑木林の奥に在る『ロガント廃坑』の名前を口にした。

「エッ、ロガント廃坑に行くんですか」

 王女の護衛である中年の衛兵が驚いたような声を上げた。王女は衛兵の様子が気になったらしく、何故驚いたのか訊いた。

「あの廃坑には白狒々が住み着いていると聞いた事が有ります」

 それを聞いた王女は首を傾げ、俺に確認する。

「白狒々は強い魔物なの?」

「そうですね。歩兵蟻や足軽蟷螂よりちょっと強い程度です。……心配いりませんよ。この後伊丹さんと合流しますから」

 俺と伊丹さんが居れば、白狒々など恐るるに足りずだと説明する。現在、伊丹さんは趙悠館に住んでいる子供たちと一緒に狩りをしていた。獲物は雑木林に居る跳兎で、子供たちに狩りの基本を教えているはずだ。


 迷宮都市の南門から外に出た俺たちは、雑木林の入り口で伊丹さんたちと合流した。子供たちは誇らしそうな顔をして跳兎の肉を掲げて見せている。

「子供たちは、どう?」

「将来が楽しみな子が二人ほど。ルキ並みの才能でござる」

 伊丹さんは子供たちの中に武術の才能が有る子供が居たと知り喜んでいた。


 その場で跳兎を捌いて料理して食べた。早めの昼食だったが、子供たちは競うようにして食べる。

 食べ終わった後、子供たちだけは迷宮都市に帰し、俺たちは雑木林の奥に向かった。ロガント廃坑は銀鉱山の坑道だったが、一〇〇年ほど前に廃棄されていた。

 途中、足軽蟷螂に遭遇した。俺が邪爪鉈を抜き、伊丹さんが豪竜刀を構える。大きな鎌を構える巨大蟷螂の横を二人が駆け抜けた。俺の邪爪鉈が奴の胸を斬り裂き、伊丹さんの刀が首を撥ね飛ばした。


「なな……瞬殺」

 護衛官のデンスケが大きな口を開け驚いている。サラティア王女は「すごい、すごい」と喜び。糸井議員は眼を輝かせて伊丹さんを見ている。

「彼、警護官に欲しいわ」

 ……絶対にあげません。うちの大事な戦力なんだから。


 ロガント廃坑に到着した。山の裾野に開いている縦横三メートルの坑道の中は獣の臭がする。

「確実に居ますね」

 何故か、糸井議員が魔物が居ると確信を持ったようだ。照明具として各人に小型のカンテラを渡す。照明魔道具の一つで大型の懐中電灯並みの光量がある。

 坑道に入ってすぐに左右に別れる分岐点が有った。そこで右を議員が選択する。何故、右なのかと聞くと政治家としての勘よと言われた。

 俺の<魔力感知>でも右だと答えが出ていたので大人しく右へ向かう。

 そして、一〇分後大きな空間に出た。テニスコートがすっぽり入るほどの広さがある。中は真っ暗ではなく光る苔が生えているようで月明かりほどの光が有る。

 目を凝らすと四頭の白い大猿が居た。姿はゴリラに似ているが牙が長く、全身の毛が真っ白だ。

「我々も手伝いましょうか」

 王女の護衛が申し出たが、ちょっと腰が引けているようなので断る。

「伊丹さんと二人で奴らを倒します。倒したらすぐに呼びますから、ここで待機していて下さい」

 ゴリラより一回り大きく強そうな巨大猿に、さすがの糸井議員も少しビビっているようだ。例えるなら野生のライオンの前に立っているような恐怖を感じているのだろう。

 不思議なのは怖がると思っていた王女が平気な顔で白狒々を見ている事だ。この魔物から放たれる恐怖を感じていないのだろうか。


 俺と伊丹さんは真正面から白狒々の集団に突っ込んだ。一匹目は牙を剥き出し長い腕で掴み掛かって来た。その腕をかい潜り背後に回って飛び上がるようにしてバックハンドで邪爪鉈を巨大猿の首に叩き込んだ。

 首から大量の血液が吹き出すのを見て致命傷を与えたと思った。だが、巨大猿の生命力は強靭で、俺の肩を掴み握り潰そうとする。即座に躯豪術で脚力を強化し奴の肘を蹴り上げる。

 グギッと嫌な音がして巨大猿の肘が変な方向に曲る。


 いつもなら、もう一度邪爪鉈で斬り付けるのだが、考える前に身体が動き出していた。クルリと回転しながら飛び下がって距離を取り、着地した瞬間、躯豪術で練り上げた魔力を使い地面を踏み抜かんばかりの勢いで踏み込む。その勢いを利用し腰を捻りながら突き刺すような肘打ちを白狒々に叩き込んだ。

 強力な踏み込みから生まれた突進力と躯豪術で強化した脚力、それに腰の捻りから生まれた力が相乗効果を生み自分自身でも想像しなかった威力が発揮される。

 二〇〇キロは有りそうな巨体がくの字に曲がりドサリと倒れたのだ。リアルワールドなら不可能な技の威力だった。

 遠くで糸井議員が驚きの声を上げるのを聞いた。


 仲間を殺られた二匹目が怒りの咆哮を上げながら襲い掛かって来る。俺の二倍は有りそうな長い腕を振り回し、俺を張り倒そうとする。その動きは意外なほど素早いようだ。奴の攻撃で巻き起こった風がスレスレで躱している俺の顔に吹き付ける。

 今日の俺は調子が良く余裕を持って躱す。白狒々の動きが遅く感じられ筋肉の動きまでしっかりと見えていた。

 中々当たらない攻撃に苛ついたのか、白狒々が地面を叩く。ドスッドスッと言う音が巨大猿の力の強さを判らせるが、そんな動きは隙でしかなかった。

 邪爪鉈が白狒々の脳天をかち割り、強靭な生命力を持っていた巨大猿をただの死骸とした。

 伊丹さんも二匹仕留めたようで、俺が相手していた白狒々が倒れると東條管理官たちが駆け寄って来た。


 死んだ白狒々の死骸から濃密な魔粒子が放たれ、その魔粒子を東條管理官たちに吸収させる。

「おい、何か体の中が熱くなっているが大丈夫なのか?」

 東條管理官が身体の異常を感じ不安の声を上げた。

「大丈夫です。濃密な魔粒子を吸収すると普通そうなります。我慢して下さい」

 東條管理官たちが休憩した後、移動を開始する。サラティア王女だけはまだ足元が覚束ないようなので、俺が背負う。

 因みに白狒々から毛皮と魔晶管を剥ぎ取り手に入れている。白狒々の毛皮は手触りが良く防寒性に優れているので、寒くなる冬に備えて欲しかったのだ。


 東條管理官は己の身体が軽くなっているのに気付いた。足を踏み出した時の力強さを感じ、手に持つ竜爪鉈が軽く感じる。糸井議員も何か感じているようで機嫌がいい。

「ミコト、これで他の神紋を授かれるようになるのか?」

「すぐには無理です。後二日ほど狩りをしてから、魔導寺院へ行きます」

「どれでも神紋を選べる訳じゃないんだろ」

「その人の適性によりますから、でも第一階梯の神紋なら大概は手に入れられると思いますよ」


 その言葉を聞いた糸井議員が「むふふふ……」と変な笑いを上げ。

「楽しみだわ。どの神紋にしようかしら……一日に二つ取ってもいいの?」

 無茶な事を言い始めた。

「神紋を得るというのは、自分の精神に神紋が焼き付くようなものです。かなり負担が掛かりますから、無理はしない方がいいです」

「次のミッシングタイムまで時間がないのに……残念ね。一つでも多く神紋が欲しかったんだけど」


 リアルワールドの人間は神紋について誤解していると思った。神紋を手に入れれば簡単に魔法が使えるようになると考えているようだが、それは違う。

「議員、神紋を得ただけで魔法が使えるようになる訳ではないのですよ」

 神紋について理解している東條管理官が議員に説明する。

「どういう事?」

「魔法には神紋を手に入れるだけで使える基本魔法と神紋術式を記憶し理解しないと使えない応用魔法が有るのです。第一階梯神紋の基本魔法はしょぼいものが多く、応用魔法が使えるようにならないと役に立たない場合が多いのです」

 糸井議員も理解したようだ。

「今回手に入れられる神紋は一つだけと言う事ね。何にしたらいいのかしら、東條さんは何になさるの?」

「ミコトのおススメにします」


 俺のおススメは『魔力変現の神紋』なのだが、下手に勧めて後で失敗したとか言われるのは嫌だ。

「自分が必要だと思った神紋を選んだ方がいいですよ」

 俺は第一階梯神紋を列挙し特徴を教えた。二人はどれを選ぶか悩み始めたようだった。


  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 ミコトから魔導飛行バギーを借り受けたアルフォス支部長は、ギルドに戻ってトップハンターの一人であるポッブスを呼び出した。

 『紅鬼団』のリーダーであるポッブスは迷宮都市で一、二を争う遣い手である。しかも『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』の持ち主で単独でワイバーンを倒した実績のある魔導師でもあった。


「支部長、何か御用ですか?」

 身長一八〇センチほどの細身で鋭い目をしたハンターが声を掛けた。格好はワイバーンの革鎧に黒いマントを羽織っており、腰には高価そうな神紋杖を帯びている。

「灼炎竜の偵察に行くのだが一緒に来てくれ」

「判りました。それで他のメンバーは?」

 相手が灼炎竜だと偵察にしても二人では少な過ぎる。

「ああ、他は受付嬢のカレラが同行する」

 カレラは元ハンターであるが、それほど実績を残している訳ではない。どうして彼女を選んだのか訊くと。

「私の補佐として動いて貰う予定なんだ。灼炎竜を見ておいた方がいいと思ってね」

「しかし、戦力として考えると」

「いや、今回の戦力は君一人だけでいいんだ」


 ポッブスは納得していなかった。それでも同行を承諾しギルドの裏手へと行った。そこに有ったのは迷宮都市で評判になっている奇妙な乗り物だった。

「これは趙悠館の奴らの乗り物じゃないですか?」

 支部長はニヤッと笑い。

「知っていたか。魔導飛行バギーと言うものだ。浮遊馬車の一種だよ」


 アルフォス支部長はポッブスとカレラを魔導飛行バギーに乗せ、ギルドを出発した。街中は歩くようなスピードしか出さない。スピードを出すと曲がり角を曲がりきれないのだ。

 高度を取って一直線に門まで行くと言う方法もあるが、迷宮都市には見張り台が有り空から来る魔物を監視しているので、見張りの人間に魔物と間違われる可能性が有る。

 そこで、高高度での飛行は見張り台の人間に予め届けを出さないと禁止だと決めた。

 ミコトは届けを出すのが面倒なので街中は低空で歩くような速度で飛行しているようだ。それに習って支部長も建物に衝突しないように気を付けながらゆっくりと進む。


 忙しそうに進行方向を微調整している支部長を見て、ポッブスが声を掛ける。

「何か面倒そうな乗り物ですね」

「いや、私が慣れていないだけだ。それに街中は障害物が多くて厄介なんだ」

 やっと西門を抜けると少し高度を取り、スピードを上げる。魔導飛行バギーは時速四〇キロほどで街道沿いを飛ぶ。

 この速度にはポッブスとカレラも驚いたようだ。

「速いんですね。ミコトさんはこれで王都まで行ったんでしょ」

 カレラの質問に支部長が。

「ああ、二日で到着したようだ」

 ポッブスが驚きを通り越して溜息を付いている。

「素晴らしいですね。私も欲しいです」

「当分は無理だな。貴族たちが手に入れた後になるからね」


 昼過ぎにノスバック村の近くまで到着した。そこから樹海に入り西へと向かう。樹々の上まで高度を上げるので魔力の消費は増えるが予備の魔光石燃料バーも有るので、それほど気にせずに灼炎竜を探す。

「カレラ、<魔力感知>で灼炎竜を探してくれ」

 カレラを連れて来たもう一つの理由は彼女が<魔力感知>を使えるからだった。

「……北西の方角に巨大な魔力の塊が有ります」

 彼女の顔が少し青褪めている。


 カレラが指し示した方向に進み灼炎竜を発見した。尻尾まで含めると全長十一メートルの巨大な竜だった。丈夫そうな緋色の装甲鎧には三列のスパイクのような棘が並んでいる。尻尾の先端には大きな斧のような骨の塊が付いており、巨体を支える四本の短い足は途方も無く太かった。

 そして、特徴的な頭。三角形をした頭には一本のごつい角が有り、それは鮮やかなオレンジ色に輝いていた。

 ミコトが灼炎竜を見れば、中生代白亜紀に生きた植物食恐竜アンキロサウルスに似ていると言うかもしれない。但し、灼炎竜は雑食で肉も食べる。


 灼炎竜は雑草を押し潰し木を押し倒しながらゆっくりと進んでいた。方向はアスケック村を指している。この調子で進むと二日後には村に到達するだろう。

「拙いな。もう少しゆっくり進んでいると思ったんだが……急いで村の人達を避難させなければ」


2016/6/15 誤字修正

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