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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第5章 異世界のオリガ編
118/240

scene:116 野外演習

 王都のネモ離宮で目覚めたシュマルディン王子は装備を整えた。鎧は大剣甲虫の外殻を使ったスケイルメイル、脛当て(グリーブ)と籠手は軍曹蟻の外殻を使った蟻甲脛当てと蟻甲籠手である。

 武器は戦争蟻との戦いで活躍した剛雷槌槍、予備の武器はパチンコと強化ナイフである。強化ナイフは『切断』の源紋が込められたミスリル合金のナイフでミコトから貰ったものだ。


 着替えとタオル、防水処理を施したフード付きマントと治癒系魔法薬、ロープを入れた背負い袋を担いでマルケス学院へ向かった。今日はマルケス学院の野外演習に参加する日だった。この野外演習は二泊三日の予定である。


 王族が外に出る場合護衛が付く、第三王子であるシュマルディンも例外ではなく三人の護衛が付いていた。学院に到着すると護衛たちに帰るよう命じた。

「ですが、シュマルディン王子……」

 護衛の三人は野外演習にも同行しようと考えていたようだ。……冗談じゃない。

「学院の授業にまで付いて来る気か。先生たちが引率するんだ。安全だよ」

 ディンは護衛たちを説得し城に帰した。


 野外演習の参加者である六年クラスの生徒たちが思い思いの装備で集まっていた。ディンがその中に混じるとちょっとだけ異質な感じがする。鎧に付いた多くの傷跡や板に付いた様子にはある種の風格が備わっていたからだ。

 従兄弟のポルメオスがディンに気付いて歩み寄って来た。

「従兄弟殿、その装備は迷宮都市製か?」

「まあ、そうだ。別に特別な装備じゃないと思うけど」

 ディンはミコト達と付き合う間に世間一般の常識とずれてしまっていた。ミコト達のバジリスク鎧や邪爪鉈、豪竜刀などに較べるとディンの装備は普通に思えるのだ。

 ただ周りに居る生徒たちの装備は、黒大蜥蜴くろおおとかげの革鎧や鎧豚の革鎧などで初心者が使うような物が多い。中には斑熊の革鎧を着けた者も居るが少数であった。


 武器もショートソードを腰に吊っている者が多い。槍などは不人気のようだ。

 先生たちが皆を集めキルル山に向け出発した。王都からキルル山までは歩いて三時間ほどである。護衛役は付き添いの先生たちで武装している。

 途中、草原を横断している時、足切りバッタの群れと遭遇した。体長二〇センチほどの黒いバッタがザワザワと音を立てながら草叢くさむらを進んで来る。

「気を付けろ!」

 先生が大きな声で危険を知らせる。ディンは足切りバッタには気付いていたが、こんな雑魚は無視するのが普通だった。


 学院の生徒たちは違った。武器を構え足切りバッタを攻撃する。

「ヤッ」「トウ」「ホリャ」

 勇ましい声が草原に響き渡る。ディンは喜々として武器を振るっている生徒たちを眩しいものでも見ているかのように目を細めて見ていた。何だか自分が酷く年を取ったように思える。

 ディンにとって迷宮都市で過ごした時間は濃密なものだった。特にミコトたちと一緒に経験した事は物凄い勉強になった。


「きゃあ!」

 女子生徒の一人が足切りバッタに噛まれたようだ。ディンが駆け寄って剛雷槌槍でバッタを追い散らし傷の手当を始める。水筒を取り出し傷口を洗い、背負い袋から治癒系魔法薬を取り出し傷口に振り掛けた。その手慣れた様子を見た女子生徒は少し安心したようだ。

 浅い傷だったので治りは早かった。女子生徒は痛みが消え礼を言う余裕が出来た。

「ありがとう」

 女子生徒に礼を言われ、ディンは少し照れた。そこにジェスバル先生が近寄って来て女子生徒の様子を確かめ安堵した。

「手馴れているようだね。感心したよ」

「まあ、樹海で慣れましたから」

「君は迷宮に潜れるようになったのか?」

「ええ、ハンターのランクも三段目になりました」

 それを立ち聞きしたポルメオスが大声を上げた。

「嘘だ。僕だって正式なハンターになったばかりなのに」

 ポルメオスは父親の部下を護衛にしキルル山や付近の山で魔物を狩りハンターとしての実績を作っていた。それでもディンより一ランク下だったのにショックを受けたようだ。


 ディンは黙ってハンターギルド登録証を見せた。もちろん、名前と所属、ランクが書かれている表だけだ。

 登録証を見たポルメオスは口をへの字に曲げ黙ったまま離れて行った。

 足切りバッタの群れから離れた一行はキルル山へ向かって再び進み始める。山の裾野まで来た頃には正午を過ぎていた。

 小さな川の近くで休憩と食事をする事になった。ディンは一人離れた場所に座って背負い袋から布に包まれた物を取り出した。

 野外演習では一食分の食事だけ持って来る決まりになっている。その後は自分たちで食べ物を探し三日間を過ごす。一種のサバイバル訓練である。


「あのぉ~、一緒に食べてもいいですか?」

 先ほど助けた女子生徒ともう一人が近付き、ディンに声を掛けた。教育の場では身分など気にせず友好を深めると言うのが国の慣例となっている。なので王族であっても気軽に話し掛けて大丈夫なのだ。

 但し王族に声を掛けるのは勇気がいる。ディンがマルケス学院で学んでいる頃は、ディンに話し掛けて来るのはポルメオスみたいな王族の血を引く者たちだけだった。


「ああ、いいよ」

 改めて女子生徒を見ると可愛い子だった。赤い髪に黒い瞳、全体的にほっそりしているが女性らしい体形に変わろうとしている。もう一人の友達らしい女の子は金髪に灰色の瞳をした活発そうな娘だった。

「私、ミゼルカ・ルタオ―ゼです。こっちは友達のロザリー」

「ロザリー・コルエルです。よろしく」

 ルタオ―ゼと言えば、北のパルサ帝国との国境付近に領地を持つルタオ―ゼ侯爵が思い浮かぶ。それにルタオ―ゼ侯爵の領地付近にある砦を守っているのがコルエル将軍だったはずだ。

「こちらこそ、よろしく」

 二人はディンの傍に座り、昼食を取り出した。ミゼルカの昼食は乾燥させた果物が大量に入った焼き菓子だった。ロザリーは干し肉と堅焼きパンである。


 ディンは包みを開いてネモ離宮の料理人が作ったホットドッグを手に取った。このホットドッグは天然酵母を使ったふんわりしたパンにソーセージと葉野菜を挟みマスタードとマヨネーズを掛けたものだ。本来ならケチャップを使うのだが、趙悠館のアカネもトマトに似た野菜を見付け出せずにいるらしい。

 天然酵母はアカネから少し分けて貰い、ネモ離宮の料理人に渡したものを使っている。母親と妹に柔らかいパンを食べて貰いたくて、アカネに作り方を教えて貰ったのだ。


 ディンが取り出したホットドッグを見てミゼルカたちが興味を持ったようだ。

「それは迷宮都市の料理ですか?」

「迷宮都市の知り合いに教えて貰った食べ物だよ」

 二人がジッと見ているのを感じ、三本あるホットドッグの一本を半分に切って二人に渡した。

「いいんですか」

 二人は美味しそうに食べ始める。

「うわっ、ピリッと辛いけど美味しい」「何で何で、パンが柔らかい」

 柔らかいパンとソーセージの組み合わせは気に入られたようだ。


 後にネモ離宮で食べたパンを国王ウラガル二世が気に入り、頻繁にネモ離宮を訪れるようになった。その話が後世にも伝わり、天然酵母を使ったパンを『離宮パン』と呼ぶようになる。


 昼食が終わり、ジェスバル先生が生徒たちを集め注意事項を告げる。

「これからグループ毎に別れ行動して貰います。引率する先生はオブザーバーとして付き添います。危険だと判断しない限り指示は出しませんが、もし指示が出た場合必ず従って下さい」

 山には七人ほどのグループ毎に入るようだ。それぞれに先生が付き添い指導するらしい。ディンはジェスバル先生と一緒にポルメオスのグループに入る事になった。偶然にもミゼルカとロザリーも一緒である。

 リーダーらしいポルメオスとロザリーが中心になって行動判断するようだ。


「まずは食料を確保する。山の東側に広がる林に行くぞ」

 ポルメオスは野生動物が多く棲息する林で狩りをするつもりらしい。ディンは最後尾で付いて行く。

 毎年、この場所で野外演習を行っているので出没する魔物は判っている。ゴブリンや跳兎、偶に長爪狼などが出る。生徒たちだけでも何とか出来る魔物なので先生たちはそれほど心配していない。


「アッ、跳兎だ」 

 跳兎を見付けた生徒が大声を上げる。その声に気付いた跳兎は、大勢の生徒たちをジッと見てから不意に林の奥に逃げて行った。

 ポルメオスたちは落胆し大きな声を上げた生徒に非難の視線を向ける。その生徒が謝ると先に進み始めた。次に見付けた獲物は普通の鹿の群れだった。すぐに攻撃魔法を使える数人の生徒たちが呪文を唱え始める。

「<疾風刃ガストブレード>」

 一斉に鹿に向けて魔法を放った。他は的を外したがポルメオスの放った疾風刃だけが雄鹿の尻に命中した。悲鳴を上げた鹿たちは風のように逃げ始めた。命中した鹿も血を流しながら逃げて行く。


「チェッ、もう少しだったのに」

 ポルメオスが残念そうに舌打ちをする。ディンは絶好の機会を得ながら獲物を逃がしてしまった生徒たちを冷めた眼で見ていた。迷宮都市のハンターたちと較べ何か足りないように思える。

「ん……そう言えば、先生や僕の食事はどうなるんです?」

 ジェスバル先生が薄笑いを浮かべ。

「私は期待しているんですよ。君に」

 お客様気分だったが、どうやら自分で食料を探さなければならないようだと気付いた。


 ディンは獲物を求め周りを見回しながら歩き始めた。一〇分後、木のこずえに止まっている大きな鳥を見付けた。きじに似ているが、ここではメジルと呼ばれている。ディンはパチンコを取り出し、鉛玉をセットするとメジルに狙いを定めパチンコに魔力を流し込む。槍トカゲの舌革が伸びた。

 その様子を見ていたジェスバル先生と数人の生徒たちは何をしているんだろうと疑問に思いながら見守った。

 ディンが静かに鉛玉を放った。飛翔した鉛玉はメジルの胸に命中し弾き落とす。

「あ!」

 その様子を見ていた生徒が声を上げる。ディンは落ちて来たメジルに駆け寄り首を切って血抜きをする。

「美味しそうなメジルですね」

「この大きさなら、先生と僕の分なら十分でしょ」

 簡単に獲物を仕留めたディンに苦笑しながらも先生は頷いた。


 ふと横を見るとポルメオスが悔しそうな顔をしてディンを見ていた。それから焦ったように狩りが続けられたが、成果は小さな跳兎が一匹だけだった。

 太陽が赤みを帯び始めたので、野営する場所を探した。林の一角に落ち葉が厚く降り積もった場所があり、そこで野営する事にポルメオスたちは決めたようだ。

 ポルメオスたちが薪を集めている間に、ディンは積もった落ち葉を掻き分け地面を剥き出しにする。そこに大き目の石を幾つか並べ火が落ち葉に燃え移らないようにする。


 ポルメオスたちが集めた薪を並べた石の中に積み上げ火を点けた。ポルメオスたちは疲れているようで、その火を見て落ち葉の上に座り込んでしまった。

 完全に日が落ち周りが真っ暗になった。林の中に夜行性の鳥の鳴き声が響き、女子生徒たちが不安な顔をする。ディンはメジルを解体し、その肉を樹の枝を削った串に刺し塩を振って焚き火で炙る。


 ポルメオスたちは悪戦苦闘して跳兎を解体し、ディンと同じように串に刺し焼いて食べたが量が少ないので満足出来ないようだった。

 メジルの肉を美味そうに食べているディンとジェスバル先生を恨めしそうに見ている。

「野外演習の決まりだから仕方ないだろ。明日は頑張って獲物を仕留めるんだ」

 ジェスバル先生が笑いながら告げる。そう言われたポルメオスは。

「そんな事、判ってますよ。明日は絶対大物を狩ります」

 その夜は、交代で見張りをしながら何事も無く過ぎた。


 翌朝、日が昇ると同時に目を覚ましたディンは支度をする。ポルメオスたちも起きて支度を始めた。

 ポルメオスたちが山に向かって行こうとした時、山の方で同時に野生の鳥が飛び立った。この時ジェスバル先生が<魔力感知>を使う。

「クッ、拙い。二〇匹以上の魔物がこっちに向かっている」

 その言葉を聞いた生徒たちが不安の声を上げる。

「二〇匹だって」「どうしたらいいの」「怖い」

 ディンはここまで来る途中、林に入る直前に小さな岩山が有ったのを思い出した。その岩山の中腹には洞穴が有り、そこなら避難出来そうだと考えた。

「先生、岩山の所まで避難しましょう」


「皆、急いで岩山へ逃げるんだ」

 ディンの提案に先生も賛成し一行は急いで引き返した。


 駆け足で岩山に到着したディンたちは、三メートルほど上に有る洞穴を目指してよじ登り始める。力の有る男子生徒は一人で何とかよじ登れそうだが、それ以外は無理そうだった。

 ディンは邪魔になる槍を洞穴目掛けて放り投げ、最初によじ登った。洞穴は直径二メートル以上で深さが七メートルほどあった。ディンは背負い袋からロープを出し女子生徒を引っ張り上げる。まずはミゼルカを引き上げる。ロープに掴まり何とか上がって来たミゼルカが礼を言った。

「シュマルディン様、有難うございます」

 次々に引っ張り上げ、最後にジェスバル先生が洞穴に登った時、林から魔物が現れた。魔物は歩兵蟻だ。


「こんな所に歩兵蟻は居るはずがない」

 誰かを非難するように先生が言う。

「奥に隠れるんだ」

 ディンが声を上げ、皆が移動を始める。その中でポルメオスだけが洞穴の入り口の所に留まり下を見下ろしていた。歩兵蟻は洞穴の下辺りに穴を掘り始めていた。この蟻たちは砦と呼ばれる仮の巣穴を作り、狩りの中継地点とする習性がある。ここに砦を作るつもりなのかもしれない。


「ポルメオス、こっちに来い」

 ディンがもう一度声を声をひそめて呼ぶが、ポルメオスは無視する。ジェスバル先生が心配になったようでポルメオスに近付き声を掛ける。

「ポルメオス君、どうかしたのかね?」

 ポルメオスは青褪めた顔をして下をうろうろしている歩兵蟻を睨んでいる。

「僕たち死ぬんですか」

 その言葉を聞いたジェスバル先生は、すぐには否定しなかった。死ぬ可能性が高いと自分でも思っていたからだ。


「私が助けを呼びに行こう」

 ジェスバル先生が皆に告げた。ディンは先生では歩兵蟻の包囲を抜けられない可能性が高いと思った。

「失礼ですが先生。歩兵蟻を倒した事が有りますか」

「いや、ない。だが、何としても突破し……」

 ディンがその言葉を遮り口を挟んだ。

「僕が行きます。歩兵蟻なら倒した事も有ります」

 二人は話し合い、ジェスバル先生が生徒たちを守り、ディンが歩兵蟻の包囲を突破し助けを呼びに行く事になった。それが一番助かる可能性が高いと言う結論になったのだ。

 近くに居るだろう他の生徒や先生たちに知らせる事も検討したが、少しでも早く助けを呼ぶ為に王都に帰り学院に知らせる事に決まった。


「行きます」

 剛雷槌槍を握り締めたディンは三メートル下の地面に飛び降り走り始めた。一匹の歩兵蟻が気付きディンを追い掛ける。もう少しで歩兵蟻の包囲から抜け出せるかと言う時、その歩兵蟻がディンに襲い掛かった。

 ディンは剛雷槌槍の魔導核に触り魔力を送り込み、襲って来た歩兵蟻の頭に『雷発の槌』を叩き込む。青白い火花が飛び散り歩兵蟻がよろめく。ディンは歩兵蟻の頭に赤い光を帯びた穂先を突き刺し止めを刺す。


 その様子を見ていたポルメオスは驚きの声を上げた。

「……あの槍、魔導武器だったのか」

 ポルメオスたちが見守る中、ディンは猛烈な速さで駆けてゆく。数匹の歩兵蟻が追い掛けるが、途中で諦め引き返して来た。


 ディンは王都までを走り通しマルケス学院に駆け込むと職員室に居たモバルス教頭に助けを求めた。

「な、何ですと……判りました。ば、場所はどこです?」

 ディンは生徒たちが隠れている場所を教えると、教頭はすぐに場所が判ったようだ。教頭はディンに帰るように言い、職員を呼び集め始めた。


 ディンは自分に出来ることは他にないのかと考えながら王城へ歩き始めた。ネモ離宮に戻ると祖父ダルバルの部下が一つの知らせを届けてくれていた。

 その知らせは、ミコトたちが王都を訪れており『陽だまり亭』に泊まっていると言うものだった。


2016/3/29 誤字修正

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