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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第5章 異世界のオリガ編
114/240

scene:112 王都のシュマルディン

感想を頂きました。有難うございます。

 翌日、馬車に乗ってマルケス学院へ向かった。馬車に乗っているのは、オディーヌ第二王妃と妹のサラティア王女、シュマルディンと侍女が二人である。

 サラティアは母親に似ており癖のある赤髪でくるりとした感じの眼をしていた。

 王都マルケス学院は王城の南にあり、広大な敷地と大勢の優秀な教師を有している。一〇歳で入学し六年間学ぶ、その内容は一般教養から魔法や武術まで多岐に渡る。


 馬車の中で一〇歳のサラティアが困惑していた。記憶にある兄シュマルディンと横に座っている人物が何となく違う人物に思えたからだ。顔は兄上であるが、纏っている雰囲気が変化していた。

「ディン兄様、何かお変わりになりました?」

「いや、何も変わっちゃいないよ……アッ、もしかしたらミコトや伊丹師匠に鍛えられたからかも」

 言葉遣いも少し変わったようだ。王都居た時のシュマルディンは落ち着きのない子供で、王族の責任や使命には無関心の気楽な少年だった。


 およそ一年ぶりに会った兄は幾分落ち着きを身に付け、眼に鋭さを持つ少年に変わっていた。ただ、妹であるサラティアには優しく、迷宮都市から持って来たというドーナツと言うお菓子をお土産に頂いた。母娘で食べ、柔らかく甘いドーナツの美味しさに感激する。この国にもお菓子は存在するが、焼き菓子が一般的で、このようにふんわりした菓子は珍しい。


 馬車が学院の門に到着すると、モバルス教頭が出迎えていた。シュマルディンは禿頭で眉毛の長い教頭にあまりいい印象を持っていない。この教頭は事ある毎に兄のモルガートやオラツェルを引き合いに出しシュマルディンにもっと頑張れと言っていたからだ。


 シュマルディンの成績は中の下と言った程度で優秀な生徒だとは言えなかった。モルガート王子は頭も良く武術にも優れた才能を持っていたので教師や同級生にも人気があった。オラツェル王子も同様だが、人を寄せ付けない傲慢な所が有るので、人気は今一つである。


「オディーヌ様、お会い出来て光栄に存じます。私めは当学院の教頭モバルス・カゲイユでございます」

「まあ、教頭先生がお出迎え下さるとは……今日は息子の案内で学院を見学するつもりでしたのに」

 オディーヌと教頭が挨拶を交わした後、教頭の案内で学院を廻る事になった。まず一年が使う教室に行き、サラティアより一つ年上の子供たちが学んでいる姿を教室の後ろから見学した。


 子供たちは歴史を勉強していた。我が国の創立期の物語として編纂されたマウセリア王国記を教師が朗読していた。生徒たちは教師の口から紡がれる物語を一心に聞いている。

「楽しそう」

 そう呟く娘にオディーヌは優しい眼差しを向けた。


 次に別の教室を覗くと六年クラスの生徒が魔法について学んでいた。内容は神紋についてである。

「前回の野外演習の後、『魔力袋の神紋』以外を授かった者は居るか?」

 ひょろりとした魔法学のジェスバル先生が質問すると、半分以上の生徒が手を上げた。その中にシュマルディンたちが知っている顔も有る。クロウエル公爵家の次男ポルメオスで、シュマルディンの従兄弟でもあった。

「はい、ミリシア。君は何を授かったのかな?」

 ソバカスのある赤毛の女の子が立ち上がって返事をする。

「『疾風術の神紋』です」

 学院の生徒で同じ神紋を授かっている者は多い。この第一階梯神紋の応用魔法に<疾風刃ガストブレード>がある。熟練するとそこそこ使える攻撃魔法となる。

 ジェスバル先生が『疾風術の神紋』の特徴や開発されている応用魔法の内容について解説する。


「理解したかな。それじゃあ、『疾風術の神紋』以外の神紋を授かった者は居るか?」

 従兄弟のポルメオスがスッと手を挙げる。教師は彼を指名した。

「『躯力強化くりょくきょうかの神紋』を手に入れました」

「それは素晴らしい」

 『躯力強化くりょくきょうかの神紋』は倒した魔物から大量の魔粒子を吸収しないと適性を得られない。王都付近は魔物が少ないが、近くに在るキルル山にはゴブリンやコボルトが住み着いており、武術や魔法の技量を磨こうとする者はキルル山で魔物狩りをするようだ。


 サラティアがシュマルディンの方を向き尋ねる。

「ディン兄様はどんな神紋を授かっていらっしゃるの?」

「ハンターは自分の神紋を秘密にするんだ。だから、教えないよ」

「エエーッ!」

 思わず大きな声を上げたサラティアに生徒たちの視線が集まった。サラティアは口を押さえ顔を赤らめる。ジェスバル先生がシュマルディンに目を止め声を掛けた。

「久し振りですね、シュマルディン君。迷宮都市に行って本場の魔法を学べましたか?」

 魔法に関しては迷宮都市の方に優れた使い手が多く、実践的な応用魔法の研究は進んでいると言われている。

「ええ、優れた師を見付けたので進歩したと思っています」

 その言葉を聞いたポルメオスが、フンと鼻で笑い。

「それは凄いな、どんな教師が教えても魔法学で赤点を取っていた従兄弟殿がねぇ。先生、次の実習の時間にどう進歩したのか見せて貰いましょうよ」

 シュマルディンは『世界は自分を中心に回っている』と思っている従兄弟のポルメオスが苦手だった。成績優秀で武術も秀出た才能を持っているポルメオスと歳が一緒なのでよく較べられ嫌な思いをしたのは一度や二度ではない。


 ジェスバル先生は『優れた師を見付けた』と言うシュマルディンの言葉に目を細め、昔の教え子が慢心しないよう教育的指導を行おうと考えた。

「いいですね。シュマルディン君、お願いするよ。生徒たちに迷宮都市で学んだ魔法を見せてやってくれ」

 それを聞いたサラティアが眼をキラキラさせ。

「ディン兄様、凄いの見せて」

 何故か退路を断つような言葉を妹に言われ、仕方なく承知する。


 次の授業の為に魔法訓練場へ移動する。四方を土嚢で囲まれた場所で広さは小さな体育館ほどはある。その北側に丸太が一〇本ほど立てられており、それを的に魔法の練習をするようだ。


 ジェスバル先生の指示で、生徒が的の丸太に向けて魔法を放ち始める。生徒たちは卒業するまでに何か一つ魔法を習得するのが慣例となっており、魔物を倒す威力を求めるハンターとは違い気軽に第一階梯神紋を授かるようだ。

 生徒たちは『灯火術の神紋』の<炎槍フレームスピア>や<火矢フレームアロー>、『疾風術の神紋』の<疾風刃ガストブレード>、『光明術の神紋』の<光明弾>を撃ち始めた。

 はっきり言ってゴブリンでさえ一発では倒せないような威力の攻撃魔法である。


「いいですよ。中々の威力です」

 ジェスバル先生は生徒たちを褒める。この威力でも人が相手なら脅威となる。サラティアは目を大きく見開き見入っている。

 ポルメオスは『躯力強化くりょくきょうかの神紋』の他に『疾風術の神紋』も所持しているようで<疾風刃ガストブレード>を放っている。薫の得意とする<風刃ブリーズブレード>と同じような応用魔法なのだが、威力は<風刃ブリーズブレード>の半分ほどしか無い。


 ジェスバル先生が後ろで見学しているシュマルディンの所に歩み寄り。

「どうだ。学院の生徒たちも中々のものだろ」

「まあ、そうですね」

 シュマルディンの気のない返事に、ポルメオスがムッとする。

「今度は従兄弟殿の番だ。迷宮都市仕込みの魔法とやらを見せてくれよ」

 ジェスバル先生が大きく頷き、シュマルディンを促す。


「ディン兄様、頑張って下さい」

 サラティアに応援され、シュマルディンは丸太から八メートルほどの距離まで進んだ。披露するのは<魔力弾エナジーブリット>にする。

 右腕を上げ人差し指だけを突き出し的に向ける。精神を集中し呪文を唱える。


「ルクセリス・カノゥバス・ギレスジェズ……<魔力弾エナジーブリット>」


 人差し指から見えない弾丸が飛び出す。シュマルディンの魔力弾は威力こそ小さいがスピードが有った。瞬時に八メートルの距離を飛翔し丸太に命中すると、『バン』という音を発し爆ぜる。

 丸太に拳ほどの陥没が出来た。


「エエーッ!」「オッ!」「凄い」

 見ていた生徒たちの中から声が上がる。ジェスバル先生は丸太の所まで駆け寄り、シュマルディンが放った魔法の威力を調べた。……この威力からするとぶちボアくらいなら仕留められるだろう。ただ<魔力弾エナジーブリット>と言う応用魔法に聞き覚えが無かった。もしかしたら新しく開発された魔法なのかもしれないとジェスバル先生は推理する。


 サラティアが駆け寄って来てシュマルディンに抱き付いた。

「凄いです。ディン兄様、サラにも教えて下さい」

 ジェスバル先生が近付いて来て質問を始めた。

「シュマルディン君、今の魔法はどんな神紋を元にしているんだ?」

 聞いてから失敗したと言う顔をする。ハンターは自分の神紋を秘密と言う言葉を思い出したのだろう。

「習った師から秘密にするように言われているので済みません」

「新しい応用魔法かどうかだけでも教えてくれ」

 その質問に関しては答えても問題ないと思えたので正直に答える。

「ええ、新しく開発されたものです」


 生徒たちもシュマルディンの周りに集まって来て色々質問を始めた。迷宮都市の様子やクラウザ研究学院についてが多かった。

「先生、来月の野外演習に従兄弟殿も参加して貰ってはどうですか。ハンターの実力を見せて貰いたいです」

 唐突にポルメオスが提案した。その提案に逸早く賛成したのはシュマルディンの母親であった。

「ディンは来月まで王都に居なさい。いいわね」


 シュマルディンが王都を去るきっかけになった事件は、祖父のダルバルがデヨン同盟諸国との外交権を手に入れようとした事が発端だった。外務府の役人に賄賂を贈り、外務卿トルマヤ侯爵に高価な贈り物をした。

 ダルバルとしては外交代表となり交渉を成功させ、王家での発言権を高める予定であった。だが、ダルバルの動きはクモリス財務卿に知られており、調べ上げられ全てを王に報告された。

 そんな時、トルマヤ外務卿が何者かに襲われた。曲者は撃退されたが、外務卿が重症を負った。


 疑いはダルバルにも掛かった。しかも何も知らなかったシュマルディンも関係していたと疑われ、ダルバルとシュマルディンは王都から遠ざけられる事になった。

 正式には迷宮都市の太守に任命されたのだが、学院の卒業前に辞めさせられ辺境の地に追いやられたのは、シュマルディンやダルバルを疑う貴族たちの圧力があったからだ。

 ダルバルは一連の事件にクモリス財務卿が関わっているのではと考えたが、何も証拠は上がらなかった。


 シュマルディンにとって王都は居心地の良い場所ではない。用が済んだら迷宮都市へ帰るつもりだったのだが、久し振りに会った息子がすぐに迷宮都市へ行ってしまうのを嫌った第二王妃は、ポルメオスの提案に飛び付きシュマルディンに来月まで居るように言い付けた。



  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 迷宮都市ではカリス工房で魔導飛行バギーの製作が進んでいた。三つの車輪はバイク並みの太さで岩蛙の皮を使ってタイヤの替わりとした。車体は鋼鉄と大剣甲虫の外殻を使い少しくらいの衝撃では壊れないようにする。

 座席はぶちボアの毛皮の中に綿を詰め背もたれも付ける。シートベルトも忘れずに装備し安全には心を配る。

 魔導飛行バギーの全体的な形状は、長細い三輪バギーに屋根が付いているようなものである。屋根部分は浮揚タンクとメイン魔導推進器、方向転換用スラスター、方向舵などが組み込まれている。

 またV字型の浮揚タンクの上には鉄パイプの枠と金網で作った荷台を付け、物を乗せられるようにした。


 魔導推進器に使う魔導核にはワイバーンの魔晶玉、方向転換用スラスターに使う魔導核には雷黒猿の魔晶玉が使われた。大きな出力を要する魔導推進器には、高性能の魔導核が必要だったのだ。その部品にも高価なミスリル合金が大量に使われ、魔導推進器関係だけで金貨四〇〇枚が必要だった。

 オラツェル王子やモルガート王子から簡易魔導核の注文が無ければ資金不足となっていただろう。


 浮揚タンクや魔導推進器に魔力を供給する魔力供給装置を除いて魔導飛行バギーは完成した。その段階でテスト飛行を行う事にした。

 場所は勇者の迷宮へ向かう途中にある草原で、立会にカリス工房の職人たちが付いて来た。荷馬車で魔導飛行バギーを運び草原に下ろす。

 空には雲一つ無く、風もなかった。三席ある座席の内、一番前が操縦席である。前輪を操作するハンドルは方向舵にも連結していて、ハンドルを操作すると前輪と方向舵が同時に動く。


 魔力供給装置が無いので自分の魔力を供給しないといけないのは面倒だが、躯豪術に習熟しているので可能だった。まずは浮揚タンクに繋がっている導線に魔力を少しずつ流し込む。実験で怖い思いをしているので、本当に少量ずつ魔力量を増やす。

 バギーの車体がゆっくりと浮き上がり地上二メートルほどの所で静止した。この高さはカリス親方と相談して決めたもので、これ以上の高度になると故障した時に危険であるとして決定した。


「ウォーッ、浮いたぞ!」「やりました、親方」

 カリス工房の職人たちが魔導飛行バギーが浮き上がった姿を見て感動の声を上げる。

「よし、ミコト。魔導推進器に魔力を送り込んでみろ」

 俺は頷き魔導推進器にも魔力を流し込む。魔導推進器が前方の空気を吸い込み圧縮し後方に噴き出す。


 魔導推進器はジェットエンジンに似ているが、燃料となるものを使用していないので爆発的な推進力はない。ゴォーと唸るような低い噴出音が響き、魔導飛行バギーが進み始める。

 気分的には宇宙戦争映画のホバーバイクと呼ばれる乗り物なのだが、加速力が小さく亀並みのスピードで進む。加速力不足は流し込んでいる魔力量が少ないのも原因である。魔力供給装置が完成すれば改善されるはずだ。


「遅いですね」

 カリス親方たちがバギーの横に並んで歩いている。あまりの遅さにカリス親方が。

「なあ、この魔導推進器は失敗じゃねえのか?」

「失敗と判断するのは早過ぎです。加速するのに時間が掛かるだけかもしれません」

 俺はそう言ったが、内心がっかりしていた。

 だが次第に加速していく。横に並んでいるカリス親方たちが早足になり、ついには走り出した。暫くすると親方たちの息が荒くなって来る。

「親方はここで待っていて下さい」

 俺が叫ぶと親方たちが立ち止まりバギーを見送る。


 スピードは徐々に上がり時速二〇キロほどになった。大体ママチャリで走る時のスピードであり、身体に吹き付ける風が心地よい。ハンドルを左に切ると背後にある方向舵も動きゆっくりとだが左旋回を始める。

 旋回している間も加速は続き時速三〇キロまで加速する。そこが限界だった。これ以上のスピードを出すには空気力学的な計算を行いバギーの形状を改造するか魔力供給装置を完成させ、大量の魔力を供給するしかない。


 方向転換しカリス親方の方へと近付き魔導推進器と浮揚タンクへ流す魔力を止める。魔導飛行バギーはカリス親方の近くで着地し静止した。

「始めはどうなるかと思ったがいいじゃねえか」

 親方は兎も角、職人たちが興奮し自分たちも乗せてくれと言い始めた。仕方なく親方と職人たちを順番に乗せ何回か試験飛行を繰り返した。


 本格的な飛行は魔力供給装置を完成させ、安全面でのチェックを繰り返した後で行う事になった。上空数百メートルでトラブルが発生した場合の対処法も考えなければならないと頭を悩ます。

 不意にカリス親方が尋ねる。

「ミコト、魔光石はいつ取りに行くんだ。アルミ容器は渡しただろ」

「伊丹さんが戻ってからですよ。明日には戻る予定なので三日後くらいには迷宮へ潜ります」

「そうか、楽しみだな。一度上から迷宮都市を眺めてみたかったんだ」

 明日、伊丹さんと薫が異世界へ来る予定になっている。薫は本当に来れるのだろうか。


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