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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第5章 異世界のオリガ編
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scene:98 士爵は貴族なのか

 交易都市ミュムルの内部にあるボッシュ砦から出発した魔導飛行船ウォルべス号は、追い風を受けて西へと進んでいた。ウォルべス号は全長三十二メートル、マスト高二十四メートル、総トン数百三十二トンの三本マストスクーナー型帆船の形をした魔導飛行船だった。

 迷宮都市はミュムルを起点とすると北西に位置する。三本足湾まで達すると帆を調整し進路を北西に変える必要があり、乗組員たちが大忙しで甲板を駆け回っている。


 モルガート王子は船室でジッとしているのにも飽き甲板に出た。甲板へと続くドアを開けた途端、強い風が王子の服をはためかせる。甲板をゆっくりと歩き始めた王子の背後には護衛兵二人が影のように従っていた。本来なら四、五人の強者つわものが護衛として付き従うものなのだが、ウォルべス号が運べる人数には制限があり、護衛の規模も少なくなっているのだ。

 護衛兵の一人は顔や腕に数多くの傷を持つ歴戦の武人で、もう一人は黒いローブを着た魔導師らしい壮年の男。その二人からは只者ではない気配が漂い、不審な者を近寄せないバリアを張っていた。


 天空は青空が広がり、強い風を受けて膨らむ帆が白く輝いている。モルガート王子が手摺てすりの有る舷側に近付き眼下を見下ろすと樹々が生い茂る平原が驚くべき速さで後方に流れていく。時々鹿や水牛の群れがのんびりと草を食んでいるのを目にするが、すぐに後方に遠ざかる。

 魔導飛行船の飛行高度は二五〇メートルほどだろうか。前方を見ると海が見える。


「モルガート王子、貴殿も散歩か?」

 モルガート王子は舌打ちしかけたのを精神力で止め、笑顔を作って振り向いた。予想通りカザイル王国の公爵ムアトルが立っていた。ムアトル公爵は同盟を結ぶカザイル王国のミモザ王の実弟で、来年からの関税について交渉に来た全権大使でもあった。関税交渉は無事終わり帰国するだろうと思っていたのに、モルガート王子が迷宮都市へ行くと知ると同行を願い出たのだ。

 同盟国の王弟の願いである。断る事は出来なかった。小太りで高慢ちきな男をモルガート王子は嫌っており迷宮都市に同行したいと言われた時は、この旅を決意した自分を罵倒したい気分になった。


「御機嫌よう、ムアトル公爵。良い天気ですな」

「我が国の技術で造られた魔導飛行船は素晴らしい性能を持っておるようで、今日中には迷宮都市に到着すると聞きましたぞ」

 モルガート王子より三つ年上の公爵は、何かに付け自国の技術力を自慢する。その度にモルガート王子は苛々(いらいら)させられ魔導技術の遅れている自国を思いくやしんだ。


「ええ、この船は素晴らしい。陸路なら一〇日以上も掛るのに、たった二日で迷宮都市に到着するのですから」

「そうであろう」

 ご機嫌で頷くムアトル公爵に、モルガート王子は疑問をぶつけた。

「そう言えば、公爵はどのような理由で迷宮都市へ行かれるのか?」

「……買い物だ。ちょっと欲しい物が有ってね」

 モルガート王子は関税交渉で公爵の性格を嫌というほど知った。ムアトル公爵はちょっとした買い物の為に遠い辺境まで気軽に出向くような人物ではなかった。モルガート王子は公爵を試すように言葉をぶつける。

「言って貰えれば代わりに買ってお届けしましたのに」

 ムアトル公爵が慌てたように付け加える。

「ああ……いいんだ。観光もしたかったのだよ」

 何か隠し事をしているような感じだ。迷宮都市に着いてから公爵の行動を監視させた方がいいかもしれないとモルガート王子は思った。



  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 ダルバル爺さんから呼び出しを受けた翌朝、俺は太守館へ向かった。都市の南側にある高台に建てられている太守館への道は急な上り坂になっており、もし仮に魔物が都市内に侵入した時には防衛陣をこの坂に敷き撃退する計画なのだそうだ。

 迷宮都市の歴史の中で高く堅牢な魔物防壁が破られた事が二度あった。一度目は真龍クラムナーガが樹海の奥から現れた時、二度目は独眼巨人サイクロプスの集団に襲われた時だ。

 どちらも太守館のある高台に近づく前に追い払われたので、この坂道が本当に防御力として役に立つのか実証されていない。


 石造り三階建ての太守館は小さな城のような感じの建物である。窓には昆虫型魔物から剥ぎ取られた透明な羽が嵌めこまれており、中が暗くならないように工夫されていた。

 太守館の前には二人の門番がおり、俺の顔を見ると挨拶をする。

「ミコト殿、ダルバル様から聞いております。どうぞ、お入り下さい」

 太守館で顔パスが可能な自分にちょっと考えさせられる。案内人は目立たないように活動するのが本来の姿だと習っている。

 中には盛大に目立っている案内人も居るが、その人達は支配階級に食い込み特権を掴み取って依頼人の安全を確保している。その点、俺は中途半端である。


 ダルバルの従士に案内されて応接室に入った。ダルバルとディンが待っており、二人の横を見るとカリス親方も居た。

「お待たせしましたか。申し訳ありません」

「ちょっとカリス親方と話をしていたから丁度良かった」

 俺は勧められるままにソファーに座りダルバル爺さんの目を見た。眼の下にくまが出来ている。昨晩はあまり眠れなかったようだ。

「モルガート王子から、迷宮都市を視察する為に訪れると連絡が来た」

「それも魔導飛行船で来るんだよ。僕も欲しいな」

 ディンが眼を輝かせて口を挟む。

「魔導飛行船?」

 知らない単語に、俺は首を傾げる。

「エルバ子爵の浮遊馬車は見ただろ。あれよりデカイ奴で帆船の形をしてるんだ」

 ディンは趙悠館の子供たちや職人たちと話しているうちに庶民の話し方を覚えたようだ。

「シュマルディン、デカイ奴とは何だ。王族らしい話し方をしないか!」

 ダルバルがディンの言葉遣いを叱った。ディンは肩を竦め、「御免なさい」と謝るがあまり反省しているようには見えない。伊丹さんや俺に鍛えられている間は、話し方の矯正は無理かもしれない。


「まあいい、それよりミコトを呼んだのは魔導武器の事で相談があっての事だ」

 俺は何だろうと首を捻った。

「もっと購入したいという話なら、時間を頂かないと……」

 この前のような不眠不休での製作作業は嫌なので条件を口にした。

「そうではない。早ければ今夜にでも来訪されるモルガート王子に関係する事だ」

 俺は見知らぬ王族と魔導武器との関連性について思い浮かばなかった。

「モルガート王子と魔導武器にどんな関係が有るのです?」


「鈍いな。モルガート王子は迷宮都市で新しく開発されたという廉価な魔導武器の威力が見たいと仰られている」

「それなら『剛雷槌槍』を見せればいいのでは……」

 ダルバルがしかめっ面をして頷いた。

「そうするつもりでおる。威力については満足して頂けるであろうが、どうやって開発したのか詳しい情報をお求めになるだろう」

 俺は嫌な予感がして来た。廉価版魔導武器の中核である簡易魔導核に使われている補助神紋図は薫が開発したものだ。どうやって開発したかと問われても困る。それに魔物の素材に秘められている源紋を複写する方法はディンやダルバルにも教えるつもりはなかった。


「あの補助神紋図はカオルとミコトが開発したんだよね」

 ディンが俺に確認する。俺は薫にこういう補助神紋図が欲しいと仕様を説明し開発して貰っただけである。一応、仕様を決めたのは俺だから開発に参加してるとも言える。

「そうだけど、開発の中心はカオルなんだよな」

 ダルバル爺さんが鋭い視線を向けて来た。あの顔は『お前のようなアホ面の小僧に補助神紋図が開発出来るとは思っておらん』と思っていそうだ。……俺の被害妄想だろうか。


「そのカオルだが、故郷に帰ったんだな?」

「ええ、帰りました。しばらくは迷宮都市には来ないと思います」

「仕方ない。補助神紋図についてモルガート王子が質問されたなら、ミコトが答えるしかないな」

「そんな……」

 ディンが心配そうな顔をして声を上げた。

「ねえ、兄上はミコトの事を連れて行こうとしないかな。有能な人材を集めていると聞くよ」

 ダルバル爺さんが真剣な顔で悩み始めた。

「その可能性については考えてなかった。早めに手を打たねばならんな」

 俺は気になったので確認した。

「手を打つってどうするんです?」

「正式にシュマルディンの教育係として契約するのだ。そうすればモルガート王子とて手を出し難くなる。それに王族であるシュマルディンならミコトを士爵に叙爵じょしゃくする事が可能だ。そうすればミコトも安心だろう」


 王位継承権を持つ王族は五人の配下を士爵に叙爵する権利を持っている。そして王以外の者は最下級ではあっても貴族である者を強制的に従わせる事は出来ない……はず。

 法令上はそうなっているが、下級貴族が王族に逆らうことなど実際出来ない。だが、同じ王族であるディンと正式に契約しているなら、断る事も可能だ。


「どうする?」

 ダルバル爺さんがディンに尋ねる。

「うん、ミコトを士爵にして、正式に教育係にする」

 俺は貴族にするというディンの言葉に感激した。貴族制度が廃止された日本から来た俺は、貴族という存在に何かしらの憧れが有る。ただ、貴族という言葉で連想するイメージは、テレビで見たコメディアンが扮する男爵の姿である。


「言っておくが貴族とはいえ士爵はそれほどいいものではないぞ」

 ダルバルが説明してくれた話によると士爵は一代限りの身分で領地も貰えないそうだ。本来は何らかの功績のあった人物に贈られる褒美なのだそうで、王家に仕えた執事などが現役を退き隠居する時に叙爵されるような名誉だけのものらしい。

 士爵の他に騎士爵という武功の有った軍人に送られるものもあるが、これは王だけが指名出来る。


 ダルバル爺さんは従士に命じ必要な書類を整えさせディンが署名した。これで俺も貴族になった訳だが、全然実感が無い。紙一枚渡されて貴族だよと言われても何か納得出来ないものが有る。後は王家に届け出れば、正式に俺は貴族となるらしい。

「剛雷槌槍を作ったカリス親方はいいのか?」

 俺が気に掛かった点を質問するとダルバルが応える。

「親方はミコトに頼まれて部品を作っただけのようだ。どうやって魔物の素材に秘められている源紋をミスリル合金に複写したかは教えて貰えなかったが、どうせミコトが関係しているのだろう」

 剛雷槌槍を製作した時は、バジリスクの爪や雷黒猿の雷角の欠片を『剛突の槍』や『雷発の鎚』に入れてあると誤魔化したのだが、製作が終わった後、そのまま魔物の素材をハンターギルドに返してしまったのは失敗だった。……あの時は疲れ過ぎていて深く考える気力がなかったんだよな。

「まあよい」

 それ以上追求しなかったので、俺はホッとした。


「モルガート王子が到着され、一休みされてから呼ぶので外出せずに準備をしておれ」

 帰ろうとした俺とカリス親方に、ディンが待ったを掛けた。

「僕から兄上にプレゼントをしたいんだ。魔導武器を一つ作ってくれないかな」

「おお、それは良い考えだ。ミコト、どのような魔導武器が良いか考えて用意しろ。士爵にしたのだからシュマルディンに礼をせねばいかんだろう」

 ダルバル爺さんが珍しくディンの意見に賛成する。しかも俺に丸投げした。

「判りました」

 判りたくはなかったが、そう言うしか無かった。


 俺とカリス親方は一緒に太守館を出る。太守館の建っている高台の角に造られた大きな人工池が目に入った。長さ五〇〇メートル、幅が一〇〇メートルほどの長方形の池で渇水対策かと思っていたのだが、この人工池は魔導飛行船が着陸する滑走路の役割を持つらしい。


「ミコト、士爵に叙爵おめでとう」

 カリス親方が祝ってくれた。それを聞いた俺は全く嬉しくなくなっていた。

「貴族になったんだぞ。嬉しくないのか?」

 親方に言われて、溜め息が溢れた。

「貴族になった理由を考えると、あんまり嬉しくない」

 正直に言うと親方が笑って背中をピシャリと叩いた。

「元気を出せ。それよりモルガート王子へ贈る魔導武器はどうするんだ?」

 魔導武器を作るとなればカリス親方に頼むしかないので気になったようだ。

「剛雷槌槍じゃ駄目かな」

「オラツェル王子には、バジリスクの素材が無いので製作できませんと断ったのを忘れたか」

「そうだった。……足軽蟷螂の鎌や大剣甲虫の剣角はありきたりだし、炎角獣の狩場は迷宮都市から遠いからな、ん……アッ、親方は以前に強化剣を研究していたと言ってたよね。その中に使えそうな素材はなかった?」


 カリス親方が毛が一本もない頭をごつい掌でゴシゴシと磨きながら考え、何かを思い出したように目を見開いた。

「サーベルバードがいいんじゃねえか」

 親方が推挙した鳥の魔物は全長三メートル、片翼の長さが五メートルという大型の鳥で魔力により風を纏って翔び、敵に出遭うと<豪風刃>に似た魔法を放ち攻撃する。サーベルバードが倒した敵は剣で切り刻まれたようになるので、その名が付けられたようだ。

 サーベルバードは迷宮都市の北、勇者の迷宮を通り過ぎた先にある巨木の森に住む魔物である。かなりの攻撃力を持つ魔物だが、防御力は低く攻撃を当てられさえすれば倒せるルーク級中位の魔物だった。


 親方からサーベルバードの話を聞いて、俺は使えると思った。

「俺はモルガート王子の呼び出しに備えて動けないから、伊丹さんに狩って来て貰うか。でも、倉木さんたちの訓練も有るんだよな」

「巨木の森は昆虫型魔物やホブゴブリンが住み着いてるぞ。若い連中を育てているのなら丁度いいんじゃねえか」

 俺は親方が言った魔物について考えた。昆虫型魔物は集団で襲う事はほとんどないが、ホブゴブリンは集団で襲う習性がある。

「伊丹さんだけだと手が足りないかもしれないな。リカヤたちにも護衛を頼むか」


 カリス親方と途中で別れ、俺は趙悠館に戻った。自分の部屋に戻るとオリガがアカネさんと一緒にミトア語の発音練習をしていた。

「ミコトお兄ちゃん、お帰りなさい」

 俺に気付いたオリガが駆け寄って腰に抱き付いた。俺はオリガを抱き上げ、「ただいま」と返事をする。その様子をアカネさんが笑みを浮かべ黙って見ている。


「アカネさんにも丁度良いかもしれないな」

 俺は巨木の森へ狩りに行くメンバーにアカネさんを加えようと考えた。

「エッ、何の話?」

 俺の独り言に反応してアカネさんが訊いた。巨木の森へサーベルバードを狩りに伊丹さんを行かせると伝え、参加するか確認する。

「昆虫型魔物が居るのなら行きます。山刀甲虫が居るかしら」

 山刀甲虫は山刀のような角を持つてんとう虫を巨大化したような魔物で、その山刀角には『衝撃斬』の源紋が秘められており、切れ味増加と衝撃波放出の効果がある。アカネが新しい武器にと狙っているものだった。


 伊丹さんが自衛官たちの座学を終わらせ外へ出て来た。俺は伊丹さんに声を掛け、サーベルバードについて頼んだ。

「承知いたした。巨木の森は初めての狩場でござるが、昆虫型魔物とホブゴブリンならば問題あるまい。ただ、サーベルバードを仕留めるには飛び道具が必要でござるな」

 その事については考えていた。

「迷宮のスケルトン神殿騎士から奪った魔導武器の改修が終わったとカリス親方から言われた。あれならサーベルバードとも戦えるんじゃないか」

「『飛翔刃』の源紋を持つ魔導武器か。あれを拙者が使ってもよろしいのでござるか」

「俺にはパチンコがあるから構わないよ」

「ならば遠慮無く」

 伊丹さんは俺に礼を言って、食堂の方へ向かった。食事を済ませてから自衛官たちと槍トカゲ狩りに行くのだ。


 最近は威力不足という問題も有りあまり出番はないパチンコだが、自分が開発したので愛着がある。このまま埋もれさせるには惜しいので、薫が開発した<氷結魔導印フリーズマジックマーク>と<爆炎魔導印エクスプローズマジックマーク>を参考にしてオリジナル応用魔法を開発すれば使えるようになると考えている。


 開発については、俺自身で行うつもりだ。これでも地道に勉強はしている。神意文字や加護神紋、応用魔法、補助神紋図は見れば理解出来る。薫ほどの天分はないが、ちょっとした改造なら可能なくらいは実力が付いたと思っている。

 モルガート王子に贈る魔導武器も薫が開発した補助神紋図では使い難いので、少し改造する必要がある。それくらいの改造は出来るようになっているのだ。

 薫が居る間は頼りっきりになっていたが、久しぶりに魔法関連で頑張るつもりになった。


 そう言えば、皆に士爵になった事を伝え忘れた……まあいいか、名誉貴族みたいなものだし。


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