番外編*過去 〜小3のゆづ達〜 柚月side
小学3年生の柚月と聖流のお話。
柚月もようやく自分の事を“おれ”と言うようになったが、家族や聖流の前では“ゆづ”のまま。
少しずつ大人に近付いていく2人。
“恋”とは、“好き”とは、どんなモノなのか。
「おっそいなぁー。」
誰もいない部屋で1人、口に出して言ってみる。
…まぁ、言ってみた所で、聖流に聞こえる訳じゃないし、聖流が急いで来る訳でもないんだけど。
静かな部屋には、小さなテーブルにポツンと置かれた時計の音と、ドア2つ挟んで聞こえる、ママが料理してる音だけが響く。
特に何も無い、空き部屋のような部屋で、ひんやりするフローリングに寝そべりながら聖流を待った。…ちなみに、子供部屋とか言う部屋は、うちには存在しない。
幼稚園の頃からの付き合いのゆづと聖流は、3年生になってから、何故か毎週金曜日にゆづん家でゲームをするようになった。
別に、どっちの家で遊んでもいいんだけど、聖流のお母さんが怖いから……ね?
3年生になって、ゆづと聖流は初めて同じクラスになった。
最近は、毎日一緒に帰ってる。
だから、聖流が帰宅したのはゆづと同じ時間だ。
ランドセルを自分の部屋に放り投げて、ゲーム機を持ってすぐに来ればいいはずなのに、聖流はなかなか来ない。
「あいつ、何してんだろ…。」
また、言葉が溢れた。
その時、外からタッタッタッという、マンションの廊下を小走りする音が聞こえたかと思うと、チャイムも鳴らさずにドアを開けて、
「おじゃまします。」
と、聖流が入って来た。
急いで部屋から飛び出る。
聖流は玄関で靴を脱いでいた。
奥から
「せいた君、いらっしゃい!」
と、ママの声がした。
毎週金曜に、うちで遊ぶ時にはチャイムを鳴らさずに入っていいとママが言ったから、聖流はまるで両方とも自分の家かのように、自分の家とゆずの家を行き来する。
…特別感があって気に入ってるんだけど、なんか照れ臭いから聖流には内緒。
まぁ結局、聖流は帰宅してから15分後に来た。
…遅すぎる。
女子なら、髪の毛を結び直すとか、いろいろあるかもしれないけど、聖流は男だ。
どうしても納得いかなくて
「遅い!何してたんだよ!」
と言えば
「お前の準備が早過ぎんだよ。」
と、呆れた顔で返された。
「準備って何だよ。」
「手を洗ったりとか、うがいしたりとか、靴下履き替えたりとか、ランドセルから宿題出したりとか…、いろいろだよ。」
聖流がつらつらと“準備”について語るのを聞きながら、こいつのお母さんが厳しいって事を思い出した。
「……靴下履き替えるのとか、いらなくね?まぁ、いいや。早くゲームしようぜ。」
ちょっと引っかかったけど、靴下について討論する気はないから、部屋のドアを開けて、聖流にさっさと入るように促した。
聖流は、靴下について語りたい、というか俺の言った事に対して反論があるみたいだったけど、めんどくさいと感じたのか、何も言わずに大人しく部屋に入った。
ゆづ達は、早速ゲーム機を起動させる。
「リズムゲームで勝った人が負けた人に質問な?」
聖流は通信の準備をしながら言った。
その提案には正直、乗りたくない。
だから、素直に
「えーー。」
と、すっごく嫌そうな顔をした。
「なんだよ。リズムゲームはお前、割と得意だろ。」
「でも、ボタンを連打するの苦手だから、そこで点差付いちゃうじゃんか。」
ゆづは聖流みたいにゲーム大好き人間じゃないから、ボタンを早く打つ事が出来ない。
ゆづと聖流のリズムゲームの腕は互角だから、ゲーム慣れしてないゆづが必然的に負けてしまうのだ。
「うるさいな。はい、スタート。」
聖流はゆづの意見を聞かずに、ゲームをスタートしてしまった。
「え?うぁ!?ちょ、おま、っ……ずるい!」
慌てて画面に目をやり、必死にリズムを打っていく。
すると、不思議な事に、とっても助かるナイスなお助けアイテムがたくさん出てきて、その名の通りゆづを助けてくれた。
ゆづの点数が跳ね上がり、聖流にはお邪魔キャラが飛んでいく。
「うわっ!何だ、こいつら!邪魔だし、どけよ。」
……結果、お邪魔キャラにやられた聖流と結構な点差を付けて、ゆづは見事勝つ事が出来た。
「…何このムリゲー。」
意外と負けず嫌いな聖流は、そう捨て台詞を吐いた。
「じゃ、ゆづの勝ちね。質問だっけ?」
「その賭け無しで…」
「女々しいぞ、聖流。」
ゆづは何を質問しようか、考えた。
聖流の事は大概知ってるから、別に聞きたい事なんて無いけど、せっかく勝った訳だからこの特権は使いたい。
「あ、じゃあ、好きな人は?」
普段は教えてくれないものを考えたら、それはやっぱり“好きな人”だった。
「は?やだ。」
賭けを持ちかけて来たのは、そっちなのに相変わらず女々しい奴。
「聖流、負けたよね。答えろよ。好きな人は誰ですか?」
「……なんで柚月に好きな人を教えなきゃいけない訳?」
「それは、聖流がゲームに負けたから。」
「意味不明。」
自分で言ってきたくせに、なんて奴だ。
お前の言ってる事が意味不明だよ。
まぁ、いいよ。
ゆづの方が誕生日少し早いし、それも含め、いろんな意味でゆづの方がお兄さんだから優しく諭してあげるよ。
「…じゃあさ。聖流は、もし勝ったら何を聞くつもりだったわけ?」
「……それは…。まぁ、いろいろ。」
「言わないと、お前の恥かしい話をクラスの女子に話しちゃうけど、いい?」
「…お前、の。好きな人…とか。」
………。
ゆづと一緒じゃねーか。
「やっぱ、弱い所って言ったら、そこだもんね。」
なんとなく、そんな予感がしてなくもなかったから、ゆづは何でもない事のようにそう言った。
「は?お前、弱点聞こうと思ってたの?」
「え?そうだけど?」
なんか見つめ合ってポカーンとする、ゆづと聖流。
マヌケな光景だけど、さっきまでの流れがおかしかったんだ。
聖流がゆづと同じ事を考えてるとか、そんな奇跡そうそう起こらないんだから。
それにしても、弱点じゃないなら、一体何が目的で同性|(しかも幼馴染)の好きな人なんか聞くんだろ。
やっぱ、変な奴。
「で?聖流?好きな人は?…まさか、言わない、なんて事はないよな?自分も聞こうとおもったんだもんね?」
「……シノ。」
聖流が小さな声でぼそりと言った名前は、同じクラスの気の強い女子のだった。
「へー。あいつが好きなんだ。」
ゆづの趣味と真逆。
まぁ、いつもの事だけど。
「…あと、レナと、サヨと、チサト。」
「…は?」
聖流は続けて3人もの名前をあげやがった。
いやいや。気が多すぎだろ。
しかも、全員ストロングガールときた。Mか、お前は。
てか、そんなにいっぱいを“好き”とか無理だろ。
そんなの本当の“好き”じゃない。
「それ、本当に好きなの?」
気付いたら、そう聞いていた。
「は?好きに決まってんだろ。」
ちょっと怒って、そう答えた聖流。
「…どこがどんな風に好きなの?」
どうしてもその“好き”が恋じゃない気がして、そう聞いたけど、聖流は
「お前には関係ないだろ!それより、ゲームしようぜ。次は勝つからな!」
と、言って教えてくれなかった。
どうせ、“可愛い”とか“オシャレ”とか、たわいの無い内容なんだろう。
同じクラスで席だって近いのに、授業中に聖流がその女の子達の事を無意識に見ちゃってる所を見た事がない。
そんなの恋じゃない。恋の手前だ。
きっと、聖流の初恋はまだなんだろうな。
いつも割としっかりしている聖流が意外にも子供だった事がおかしくて。
真面目な顔してゲームをしている横顔を見て、プッと吹き出したら
「何だよ…。」
って睨まれた。
いつか聖流が本当の恋を知った時、聖流はどんな顔をするのかな。
聖流に恋を教えるのは誰なんだろう。
でも、まだまだ子供のまんまでいい。子供のまんまの方がいい。
それは、夏休みの宿題を先延ばしにするのと、どこか似ている気がした。
なんでそう思ったのかを知る事さえも、なぜか先延ばしにしたい俺は、それから目を逸らすかのように聖流から手元のゲーム機へと視線を移した。
……まだまだ子供でいたい……。