10 聖流side
俺の名前を震える声で呼んだ柚月は、明らかに怯えていた。
は?
なんで?
怒鳴ったから?
いやいや、それくらいで柚月がビビるわけ。
てか、ここは怒るところなんじゃないの?
男に無理チューされたんだからさ。
俺は、さっきのキスで痛いほど興奮している下半身を無視し、なんでもない口調を意識して、柚月に、
「怒んないの?」
と、聞いた。
柚月は、口をパクパクさせた。
…喋ってるつもりなのかな。
「…っでぇ。」
やっと、声が出始めたみたいだ。
「…なん…でっ?」
…質問に質問で返すってお前…。
言葉も足りないし。
まぁ、それだけ余裕が無いって事だろう。
…俺も別の意味で無いけど。
「うーんと、したかったから?あ、でも、柚月の所為でもあるよ?俺の事すっごい女好きだと思ってんだと思ったら頭にきて、衝動で、さ。」
俺は、質問返しには触れずに、質問はキスについてだと決めつけ、素直に答えた。
疑問系なのは、自分の行動と気持ちが、まだよくわかんないから。
…てかさ。この姿勢ヤバくね?エロくね?
俺、柚月押し倒して、上から見下ろしたまんまなんだけど。
「女好きだと思った事はゴメン。そうとしか見えなくて…。でも、…えっと…俺、男なんだけど…。」
柚月は、ポカンっとした後、申し訳なさそうに言った。
いやいやいや。
知ってますから。
こいつは何を言ってるんだか。
「うん。知ってる。」
と、俺はいたって普通に返す。
柚月と話しているうちに、少しずつ平常心は戻って来たようだった。
下半身の熱は収まらないが。
俺の言葉を聞いて、柚月は少し困った顔をした。
俺のいつも通りの態度を見てか、柚月はいくらか落ち着いたように見えた。
怯えた様子は、もう見えない。
柚月は、俺をジッと見た。
そして、“いつもの柚月”になった。
俺の主張する気のない、ようは薄い胸板を片手でグイッと押して、
「とりあえず、どけ。」
と、言う柚月の声は、学校モードの少し低くした声で、その声から柚月が取り戻した冷静さと、冷静さから生まれた余裕が読み取れた。
先ほどまで女の子のように泣いていた面影は、もはや何処にもなく、怯えていた瞳は、こちらの心情を見透かすかのような落ち着いた瞳になってしまった。
…学校や外で会った時とは違う柚月を見るのは、特別感があって良かったんだけどな。
俺は、渋々柚月の上から退いた。
俺が退くと柚月は、静かに体を起こした。
その間、柚月は1度も俺の目から目を離さなかった。