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ブロッサム・プリズン ~全寮制女子校物語~  作者: 新田まるぼ
―五月― 牢獄よ、こんにちは
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<9>

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◆◇◆

「きゃあっ――むがっ!」

「しっ、大声を出すな」

 寝起きの塔子の口を右手でふさいで、あたしはすごんだ。左手には懐中電灯。あごの下から照らしている。

「な――、なによ。今、何時だと――」

「夜中の二時。んなこたぁーどうだっていいんだよ」

 あたしは塔子の腕をつかんで乱暴に起き上がらせる。

「黙ってあたしについてきな」

「な、なんであんたの言うこと聞かないといけないのよ。大体、話しかけないでって――」

「へえ。この月島要さまにそんな台詞、吐いていいわけ?」

 ニヤぁっと思いっきり悪い笑顔を浮かべてやる。懐中電灯の光のせいで、きっと不気味な顔になってるだろうなあ。

「あんたがあたしの命令をきかないなら、今すぐ大声でデスメタル歌ってやるから。一晩中。困るよねぇ? クラス委員様の部屋から騒音なんて。品行方正な冴木サンの評判に傷がついちゃうよねえ」

「き、汚いわよ」

「なんとでも言えばぁ? さあ、ついて来るのか来ないのか、はっきりしなよ。あたしはどっちでもいいんだからね」

 ああ、安っぽいドラマの悪役みたい。このシチュエーション、ちょっとぞくぞくする。ま、こんな台詞を吐く役は、終盤あたりに主人公にやっつけられちゃうんだけど。

 塔子はしぶしぶ、立ち上がった。

 彼女の手を引いて部屋の外へ向かう。

 一階の廊下の端、突き当りから数えて三つめの窓を開けようとしたら、たまりかねたように塔子が声をあげた。

「ちょ、ちょっと。そこから外に出る気じゃないでしょうね!? こんな時間に自分の寮室の外にいるだけでも規則違反なのに、その上――」

「あー、あー。ごほんごほん。♪Hate crow Black デェエエエエ~~ス!」

「わあっ! わかったわよ、ついてけばいいんでしょ!」

 よろしい。

 窓から身を躍らせ、柔らかい芝生の上に降り立つ。空にはこのささやかな冒険を祝福するような、満天の星が瞬いていた。

 塔子の手を引いて星の光の落ちる小道を歩きだす。足音を立てないようにこわごわ歩く塔子がなんだかおかしい。規則破りなんて初めてなんじゃないだろうか。

 彼女が再び口を開いたのは、あたしが煉瓦(れんが)色の建物の裏口のドアノブに手をかけようとした時だった。

「あんたなにしてんの! これ、高等科寮の〈八重寮〉よ」

「知ってる」

「ま、まさか忍び込む気?」

 沈黙を了承と取ったのだろう。塔子はさらに言いつのった。

「鍵がかかってるに決まってるで――」

 言い終わるのを待たず、ノブを軽く引いてやる。

「僕に不可能はないと言わなかったかね、明智くん」

 呆気にとられた様子の塔子を、ドアから押し込んだ。

 非常灯の淡い灯りが照らし出しているのは、白銀に輝くステンレスの調理台に流し台。二口コンロ、大型の電子レンジ、テーブルと椅子のダイニングセット。

「中等科寮の若菜寮(うち)と違って、高等科の寮には学生が自由に使っていい調理室があるんだよね。……って塔子なら知ってるか」

 塔子をテーブルにつかせ、あたしはあらかじめ運んでおいた段ボールに顔を突っ込んだ。

 取り出したのは、艶めく中華鍋。まな板に包丁、菜箸(さいばし)。頼りになるあたしの相棒たち。

 続いて取り出したのは醤油や片栗粉の調味料。そして丸々太ったキャベツ、しいたけ、玉ねぎ、にんじん。筍は、校内に自生してたのを失敬したものだ。

「あんた、その野菜、どうしたのよ」

「盗んだ」

「はあっ!?」

「温室からね。いい? あたしはその気になったら盗みくらいなんでもない女なんだからね。怒らすと怖いよ」

 目を丸くする塔子にフライ返しを突きつけてやった。

 野菜をざっと洗って、まな板の上に乗せる。食感を損なわないよう、繊維(せんい)に沿って切っていく。我ながら()()れするくらいリズミカルな音。

「……上手いわね」

 塔子がぽつりと言った。

「まあね。母ちゃんが働いてたから、食事の支度はあたしの仕事。なんでもよく食う人だったのよ、うちの母ちゃん。工事現場で体力使ってたからかな」

「なんでお嬢さまのお母さまが工事現場で働いてるのよ」

「だからお嬢さまじゃないんだって」

 小さなお椀にお湯と片栗粉を解いてかき混ぜる。ダマにならないように丁寧に。

「あたしはれっきとした庶民よ。ひと月前まで、じいちゃんがいるってことも知らなかった。なんでか遺産の一部をもらうことになっちゃったけどさ」

 かんかんに熱した中華鍋に油を敷く。ここからが勝負だ。炒め物は時間との戦い。炒めすぎても、短すぎても駄目になる。

 菜箸で注意深くかき混ぜながら、あたしはいろんな事を話した。

 ボロアパートの壁の薄さ。初めて作った料理。母ちゃんが死んだ日のメニュー。

 運命の使者、弁護士さんがやってきた時のこと。あの日、ただよったお線香のにおいの話までも。

 水溶き片栗粉をかけ回すと、じゅうっとおいしそうな音がした。

 食欲をそそる、焦げたお醤油の匂い。塔子がのどを鳴らすのがわかった。

「……五年後にじいちゃんの遺産をもらえたら、欲しい物があってさ」

「欲しい物って?」

「お墓」

「え?」

「母ちゃんと父ちゃんのお墓。母ちゃんは父ちゃんのお墓が欲しくて、一生懸命働いてたんだ」

 にんじんを一つ取って、味見してみる。うん、まずまずだ。今日はご飯がないから、これくらい薄めの味付けの方がいいはず。豚肉が手に入らなかったのが残念だ。

「お墓ってめちゃくちゃ高いのよー。百万円とか二百万円とか、平気でしやがんの。普通の中学生やってたんじゃ、とっても買えない」

 湯気の立つ野菜炒めを皿に盛る。醤油と片栗粉のおかげで表面がつやつやした野菜たちは、作った自分の目で見ても、食欲をそそるできばえ。

 皿を塔子の前に音を立てて置いてやる。目を丸くする塔子にぶっきらぼうに箸を差し出した。

「さ、食べな」

「は?」

「いいから。お腹空いてんでしょ。あんた、ここんとこ、ほとんど食べてないじゃん」

 おそるおそる、塔子が箸でキャベツをつまんで口に運んだ。数回、咀嚼(そしゃく)してから、びっくりしたように

「……おいしい」

 呟いた。

「当たり前じゃん。主婦歴十年を()めんなよ」

「すごく、おいしい……。ほんとに」

 塔子の箸は止まらない。さわやかな食感の筍、肉厚のしいたけ、目にも鮮やかなにんじんが、気持ちいい速度で消えていく。

「な?」

 片眉を上げてニヤッと笑ってみせ、言ってやった。

「たかがお嬢さまがこんなにうまい野菜炒め、作れると思う?」

 言い終わるか終らないかのうちに、塔子の切れ長の目から涙が落ち始めた。ぽろぽろぽろ、と音が聞こえそうなくらいの勢いで。

「ちょっ、どうしたのよ、塔子?」

「……ごめん、要」

 ぼろぼろ泣きながら、でも、塔子は箸を止めない。

「あたし、あんたが〈桐〉じゃないって知ってすごく悲しかった。やっと気を張らずにしゃべれる人ができたのにって。裏切られたと思った。傷つけられたような気がしてた。勝手だよね」

 頬をリスみたいに野菜炒めでいっぱいにしているせいで、塔子の言葉は聞き取りづらい。

「あんたとケンカして、あたし、すごいさみしくて辛かった。要としゃべったり笑ったりできないの、ほんとに辛かった。前は一人でも平気だった。猫かぶりしてるのも苦じゃなかった。でも、あんたが来て、久しぶりに笑って、楽しくて……」

 ひっく、ひっく、としゃくりあげる塔子。そして、恐れるように聞いた。

「――友達、だよね? あたしたち」

「塔子ぉ……」

 彼女の向かいに腰かけ、あたしは頬杖をついた。

 さて、なんと答えたものだろう。彼女が望むなら、そうだよって百万回でも言ってやるけど。

 ――けど、なんだか気恥ずかしいじゃないか。

 だから、あたしは変わりに言ってやった。

「その野菜炒めさ。ほんとは豚肉入れた方がおいしいんだ。白いご飯に合わせて、味付けももっと濃くしてさ。いつか食べさせてあげるよ」

「……期待してる」

 ぐずぐずと鼻を鳴らし、塔子は黙って食べ続けた。

 真夜中の晩餐(ばんさん)は、泣き虫のゲストのせいでちょっぴりしょっぱい味がした。




 後片付けを済ませて、自分たちの寮室に戻ると、真っ赤な目のままの塔子は強固に主張した。

「ごちそうしてくれたのはうれしかったけど、やっぱり盗みは良くない! あの温室、園芸部の管理だよね。正直に話して謝るべきよ、絶対に!」

「あー? いいのいいの」

 ひらひらと手を振って、布団にもぐりこむ。

「ばれりゃしないよ。野菜の一つや二つ」

「ばれるばれないじゃないよ。モラルの問題! 聞いてるの、要!」

 塔子がぎゃあぎゃあわめいている。

 相変わらずくそまじめの、怒りん坊。

 あたしは彼女のがなり声をBGMに、幸福な気持ちで目を閉じた。

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