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◆◇◆
翌日は、あたしの初登校日だった。って言っても寮と校舎は同じ敷地内にあるから、登校はたった五分の道のりだ。
校舎に吸い込まれていく白い上着に黒いプリーツスカートの制服の女の子たち。軽い足取りは、まるで花畑の上で踊るもんしろちょうの群れみたいだ。
「学年ごとに、セーラー服のスカーフが変わるんです。中等科一年生は藤色、私たち二年生は朱鷺色。四年生からは制服がブレザーに変わります」
横を歩く塔子が、合間にいろいろ教えてくれる。
「四年生って?」
「普通の公立高校の一年生です。本校は中高一貫なので、高等科四年生、五年生、六年生とお呼びします。ちなみに、中等科と高等科では校舎及び生活する場所も異なります。八つの寮のうち、中等生の私達が生活する寮が四つ、残りの四つは高等科寮です」
「ふうん。ところで冴木サン」
「なんでしょう、月島さん」
「その喋り方、どうにかなんない? あんたの素を知ってる身としてはおかしくてしょうがないんだけど」
「ごめんあそばせ。主義ですので」
つん、とあごを逸らす様子は、昨夜、あたしを叩き起こした鬼と同一人物とは思えない。
げえっと舌を突き出しているあたしに、
「おはようございます」
明るく声をかける女の子がいた。小鹿のように小走りに駆け寄ってきたのは、ラファエロちゃんこと岩峰郁ちゃんだ。藤色のスカーフが胸元で嬉しげに揺れている。
「おはよー。もう大丈夫そうだね」
「はい! 私、今朝はちゃんと朝食を頂きました!」
郁ちゃんの顔色は昨夜とは比べ物にならない。やっぱりお腹がいっぱいなのはいいことだ。
「おおー、えらいえらい。でも、ここだけの話、朝ごはん、やっぱり不味かったよねえ。特にあのクラムチャウダー。なんであんなに生臭くなるんだか」
「月島さんもそうお思いになりました? 私もあれだけは――」
郁ちゃんが続けようとした言葉を、塔子の咳ばらいが遮った。なぜか、ひどく硬質な視線で郁ちゃんを見ている。にらみつけている、に限りなく近い。郁ちゃんの体がびくんと硬直した。
「緊急時でない限りプリーツを揺らさないこと。お忘れになった?」
「あ――。も、申しわけありません」
さっと郁ちゃんが青ざめた。
プリーツ?
わけがわからない。
わかるのは、塔子が郁ちゃんを叱っているらしい、ということだけだ。後で知ったのだが〈校内ではスカートのプリーツが揺れないくらい、静かに歩きなさい〉って校則らしい。
「次から気を付けます」
神妙な顔で塔子に謝ってから、郁ちゃんはあたしを見て小さく微笑んだ。
「それでは、失礼いたします。――お姉さま」
そして、今度はしずしずと、しかし早足で一年生の輪の中に戻っていった。
「……と、塔子。あのさ、聞き間違いならいいんだけど、あたし今、オネエサマ、って呼ばれなかった」
「ええ。呼ばれてらしたわね」
「やばいよ。あたし、そっちの趣味はないんだけど」
「ばーか」
塔子は声を落とした。
「この学校じゃ、お姉さまっていうのは下級生が親しい上級生に使う、単なる呼びかけよ。ここが前時代的なお嬢さん学校だって忘れたわけ?」
ほっと胸を撫で下ろす。いくらかわいい子でもそっちの展開はご遠慮したい。
そんなことより、と、塔子はあたしの肘をつかんでぐいっと引き寄せた。
「いつの間に岩峰郁と仲良くなったの?」
「ん? 塔子、郁ちゃんと知り合い?」
「話したのは初めてよ。でも、校内有名人だからね。顔と名前は知ってる」
校内有名人。バスケ部のエースとかだろうか。そんなタイプには見えないけど。思ったままをたずねると、再び「ばーか」と罵られた。
「岩峰郁。岩峰重工の創設者一族の末っ子よ。おまけに、お母上は元・華族。桜冠でも珍しいくらいの、名実兼ね備えたご令嬢」
ああ、やっぱり。即席ラーメンを知らないところからして、そんな気はしてたけど。
「まあ、同じ釜の飯を食べた仲……みたいな感じかな。ところで、あんた、さっきちょっと怖かったよ。下級生をあんなに威圧しなくてもいいんじゃない?」
「致し方ございませんのよ。私、クラス委員ですので皆様のお振る舞いにも責任がございますの」
言葉をお嬢さまに改めて、塔子は肩をすくめてみせた。
「うえっ、ほんとに?」
「ちなみに成績は学年トップ。尊敬なさってもよろしくてよ」
「あんた、頭いいんだ……」
何を今さら、とあきれた表情を作る塔子。
「要だって〈桐〉なんだから成績はいいんでしょ? あたしほどじゃないにしても。それともスポーツ推薦か何か?」
いいえ、なんのとりえもございません。かと言って、お嬢さまでもありません。
――って、正直に答えるのもなんだかなあ。
かわいそうじゃないか、主にあたしが。
予鈴が鳴ったのをきっかけに、あたしはあいまいに言葉を濁して校舎へ急いだ。