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ブロッサム・プリズン ~全寮制女子校物語~  作者: 新田まるぼ
―五月― 牢獄よ、こんにちは
3/42

<3>

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◆◇◆

 校外へ自由に外出できるのは週末のみ。その際は、寮母と寮長に外出理由を申し述べ、許可証をもらう必要がある。寮の門限は午後六時。寮外で宿泊する場合は、外出許可証とは別に宿泊許可証を取らなくてはいけない。宿泊許可証には、寮母と寮長だけでなく保護者の了承がなくてはならない。

 携帯電話などの通信機器の持ち込みは禁止。外部への連絡は、校内及び寮内共用スペースの公衆電話を使うこと――

「当学園は、多感な時期にあるお嬢さまの心身の高潔をお約束します。――うへぇ~」

 歩きながら学校案内を読んでいて、思わずえずいてしまった。

 なんつー堅苦しさよ。明治時代じゃないっつの。

 まだ授業中なのか、寮はしんと静まり返っていた。窓から差す柔らかな光が、廊下の床に格子模様の影を落としている。

 広大な桜冠学園の敷地には、大小合わせて八つの寮がある。

 今日からあたしのねぐらになったのは一番小さい〈若菜寮(わかなりょう)〉。それでも、四十人以上が住んでるっていうから驚きだ。長い板張りの廊下には、同じ扉がずらりと並んでいる。けど、病院みたいに無機的な感じはしない。どっちかっていえば、古いけれどよく手入れされたホテルの雰囲気だ。

 ――なんてことを考えてたら、部屋の前についた。

 茶色のプレートに流れるような金の文字で、〈303〉と描かれている。

 校長先生にもらった鍵でドアを開けたあたしは

「ほ~」

 溜息(ためいき)をもらしてしまった。

 十二畳くらいのスペースには、真新しいシーツがかかった二段ベッドが一つに、デスクが二つ。入り口のすぐ脇には下駄箱らしい背の低いチェスト、その横にミニサイズの冷蔵庫。

 広さこそ贅沢だが、普通のマンションの一室という感じ。

「おじゃましますよーっと」

 独り言のつもりで呟いたので

「どうぞ」

 間髪入れずに返ってきた返事に、とびあがってしまった。

「あら。ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったのですけれど」

 衝立の(かげ)から現れたのは、あたしと同じ制服を着た女の子。

「月島要さんですね? はじめまして。冴木(さえき)塔子(とうこ)と申します。今日からあなたのルームメイトになります。いろいろご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしく」

 腰を折るおじぎに合わせて、つやつやの黒髪が肩からすべり落ちた。切れ長の目に、卵形の輪郭。なだらかな山型を描いた眉の上で直線を描く前髪。高価な日本人形みたいにきれいな子だ。

「ど、ドーモご丁寧に……。こっちこそよろしく」

 あたしも慌ててペコペコ頭を下げた。

「分からない事があればなんでもお聞きになってね。あなたが早く〈ブロッサム・クラウン〉に慣れてくださると嬉しいわ」

「ブロッサム・クラウン……?」

「ああ、ご存じないのね」

 不可解顔のあたしに、冴木サンは完璧な笑みを向けた。

「当学園のニックネームのようなものですわ。〈(はな)〉の〈(かんむり)〉だから、ブロッサム・クラウン」

 ははは、ブロッサム・クラウンねぇ……。

 どっちかっつーと、クラウンっつーより、プリズンって感じだよなぁ。

 〈ブロッサム・プリズン〉。

 うん、なかなか言い得て妙じゃないの。

 自分の命名センスに満足しているあたしの心中なんか知ったこっちゃなく(当たり前だ)、冴木サンはテキパキと続けた。

「わたくし、寮の中をご案内するよう、先生から言いつかってますの。さっそくですけど、荷物を置いたら、ついて来てくださる?」

「は、はあ……」

 〈ワタクシ〉〈イイツカッテマスノ〉〈クダサル?〉なんて言葉、リアルでは初めて聞いたぞ、おい。

 そうだ。この学校ってば〈名門お嬢さま学校〉なのだ。ってことは、この冴木サンも、いわゆるご令嬢という種類の生き物に違いない。

 築四十年の風呂なしアパートに住んでた人間が、果たしてうまくやっていけるんだろうか?

「どうかなさって?」

「い、いや、なんでもないです!」

 カバンを放り出して、廊下で待っている冴木サンの後を追った。

 一階の食堂に始まって、学習室、図書室、ピアノ室にレクリエーションルーム。

 びっくりしたのは何台もの洗濯機と乾燥機が並んだランドリールームだ。

「洗濯って、自分でするんですか?」

 驚いてたずねると、冴木サンの目がすっと細くなった。瞳の中に冷たい光が灯ったように感じたのは気のせいだろうか。

「ええ。当寮のモットーは自立です。今まではお家の方にやってもらっていたかもしれませんけど、ここでは自分のことは自分でしなくてはいけません。使い方なら寮案内に書いて――」

「いや、さすがに洗濯機の使い方くらいわかりますって。ボタン押すだけだし」

 狐につままれた表情で、冴木サンが首をかしげた。

「意外に庶民的だなあって思っただけです。お嬢さま学校って聞いてたんで、てっきり汚れ物はクリーニング屋さんにでも出すのかと思ってました。まー、考えてみりゃそんなわけないですよね。たっかいですもんね、クリーニング」

「え、ええ。まあ。確かにお高いかしら……」

「高いですよ。シャツ一枚洗うのに三百円も取られるんですよ」

 冴木さんが不思議そうに眉をひそめる。

 あ、そっか。この人はあたしと違って正真正銘のお嬢さまなんだ。寮にいる間は規則だから自分でやってるってだけで、実家じゃやっぱり全部クリーニング屋まかせ、ってクチなんだろう。クリーニング代が高い、なんて感覚はわっかんないんだろうなあ。

 と、いうようなやり取りをしていると、廊下の向こうから華やかな笑い声をまき散らす一団がやってきた。制服を着た女の子たちが五、六人。ちょうど四時を過ぎたばかりだから、下校してきたところなのだろう。

「あら、冴木さん」

 一団の先頭を歩いていた女の子が足を止めた。

「冴木さん、急にホームルームを抜けられたから、どうなさったのかと思って心配したわ」

「転校生の方をご案内していましたの」

 なぜか、冴木サンがずいっと一歩前に踏み出した。あたしを背でかばうような格好だ。

「そちらが転校生さん? お名前は?」

 先頭の子の脇にいた、小柄な女の子がたずねた。好奇心で目をきらきらさせている。

「はあ。月島要って言いま……」

「どちらからいらしたの?」

「クラスはどこ?」

「お茶室はもうごらんになった?」

「ご実家はなにをしてらっしゃるの?」

 あたしに答えるヒマすら与えず、怒涛の質問タイム。

「ちょ、ちょっと待って――」

 な、なんなんだこの子雀ちゃんたちは。転校生が珍しい気持ちはわかるけど、そんなに一気に聞かれても。女の子特有のふわふわのいい香りと甲高い声が、ますます頭を混乱させる。

 だから、

「ご質問は後になさってくださる? まだご案内する場所が残っていますので」

 冴木サンがぴしゃりと言ってくれた時は、正直ありがたかった。

 子雀ちゃんたちは素直に「それじゃまたあとで」と言って去って行った。思わずぽろっと

「ありがと。助かった」

 と言うと、冴木サンはニッと笑って

「どういたしまして」

 と答えた。

 これが、あたしが見た冴木塔子の初めての笑顔だった。

 

 

 

 事件が起きたのは自室に帰った直後だった。

「案内、どうもありがとう。手間かけさせちゃってごめんね」

 あたしが言うと、ベッドに腰かけた冴木サンは人形のような薄い笑みを浮かべた。

「お気になさらないで。これからも何かお困りになったらご遠慮なく――」

 ぴたり、と冴木サンの言葉が止まった。いぶかしむ間もなく、突然、彼女は両手で自分の頭を抱え、

「ああもうっ! やめやめやめやめっ! バカバカしい!」

 がしがしと頭をかきまわした。つややかな黒髪が、一気に鳥の巣みたいになる。

「さ、冴木さ――」

「ちょっと。同い年なんだから冴木〈さん〉はやめてよ。塔子でいいわ。私も月島さんのこと、要って呼ぶから。あ、コーラ飲む?」

 目を丸くしているあたしを放置して、冴木サンは冷蔵庫の中から缶ジュースを取り出し、ゴッゴッゴッゴ、と音を立てて飲んだ。しかも、腰に手まで当てて。

「っかーあっ、うまいっ! ……あ、ごめん、コーラ切れちゃった。オレンジでもいいよね」

 呆然としたまま、コクコクうなずく。冴木サン――塔子はよく冷えた缶を乱暴に放ってよこした。

 おいおいおいおい。

 さっきまでの「大和撫子の見本でござい」みたいな楚々とした立居振舞いはどこやったんだよ。

「あ、あんた、そっちが〈()〉なわけ?」

 こっちの言葉づかいも思わず雑になってしまう。塔子は片頬だけでニヤリと笑って見せた。

「そうよ。びっくりした?」

「そ、そりゃあ……。さっきまで〈デスワヨ〉〈マスワヨ〉言ってた人間が、急にコーラ一気飲みして〈かーっ、うまいっ!〉だもん」

 塔子はからから笑いながら、胸の前で手を振ってみせた。

「今どきの女子中学生が本気であんな言葉づかいするはずないでしょ。あんたが〈桐〉か〈宮様〉かわからなかったから、なかなか素が出せなくって。どう見ても〈桐〉だし、安心して猫かぶりをやめられるわ」

「い、意味わかんない。キリとかミヤサマってなに。暗号?」

「んー。つまり民草か貴族か、ってこと」

「余計わかんないよ……」

 塔子が説明してくれた所によると、この桜冠学園には二種類の学生がいるそうだ。

 一種類目は、生まれながらの純粋培養お嬢さま。重役令嬢に社長令嬢、果ては血筋を辿れば本物の宮家まで行くっていうとんでもない子も混じってるらしい。いわば「銀の匙をくわえて生まれてきた」種類の人たちだ。

 だがこのお嬢さまたち、お育ちの高貴さに反して勉学の方はなんて言うか……その……頭の中身も慎ましくていらっしゃるというか……。

 これじゃまずい。女性の社会進出が奨励されて久しい昨今、いつまでも良妻賢母にしがみついてちゃ学校の名前に傷がつく。

 ってことで全国津々浦々から、優秀な子供をかき集めた。学費寮費オール免除の、いわゆる特待生だ。成績のずば抜けた子はもちろん、芸術分野やスポーツ方面での才能のある子も募ってる、って話だから念がいっている。

 この二種類を学園では〈宮様〉と〈桐〉と呼びならわしているそうだ。

 〈桐〉の名前は、源氏物語に登場する、低い身分だけど帝に愛されたお妃〈桐壷の更衣〉が由来らしい。対して〈宮様〉の方は――これはもう、言うまでもないか。

 そして、この二大派閥は常々(つねづね)、気まずい関係にあるようだ。目立った対立があるわけではないが、どうしてもグループが別れがちになってしまうそう。

「まあ、そりゃそうだよねー」

 転校祝いよ、とっておきなんだからね、と前置きして塔子が出してくれたドーナツをかじりながら、あたしはため息をついた。

「スーパーの特売品食ってる人間に、コックのいるご家庭のご令嬢と仲良くやれって言われてもねー。なに話していいのかわかんないよ」

「なんで例えが食べ物なのよ。あんた、食い意地張ってるでしょ。……でもまあ、そういうことなの。夏休みはどちらの別荘においでなの? なぁんて聞かれても、答えようがないじゃない」

 うんうん、とうなずいてから、ふと気になって聞いてみた。

「ん? でも、塔子って〈桐〉なんでしょ? なんでわざわざお嬢さまぶってんの? 〈ワタクシ〉なんて言っちゃってさ。普通にしてりゃいいじゃん」

 塔子は、ふいに口をつぐんであたしを見つめた。

 そして、こちらが居心地悪くなる直前のタイミングでつんとあごを逸らし、

「主義よ」

 ときっぱり言った。

「シュギ? お嬢さま言葉が?」

「もしくはごく個人的な主張ってところね。下らない話だから、これ以上つっこまないで。あと、あんた、これだけは言っておくけど――」

 ギロリ、という擬音がぴったりの切れ長の三白眼がこちらを見下ろした。

 おまけに指までつきつけられる。

 おいおいなんだよ。怖いんですけど。

「あたしの〈素〉を他の子にばらしたら許さないわよ。これでも品行方正成績優秀容姿端麗眉目秀麗な優等生で通ってるんだから」

「……自分でそこまで言うかね」

「何か言った?」

「イイエ、なーんにも。……ま、ルームメイトがあんたみたいな子で良かったよ」

 チョコドーナツの欠片を口の端にこびりつかせたまま、塔子は首をかしげた。

「いや、お嬢様学校だって聞いてたから、けっこう緊張してたんだよね。きっと周りはすっげーお嬢さまで、あたしなんかとは話が合わないんだろうなって。だから、あんたみたいな付き合いやすそうなのがルームメイトで良かったなーって、こう思ったわけさ」

「……ばっかじゃないの」

 褒めたつもりが、にべもなく切り捨てられてしまった。

 つんと横を向いてしまった塔子は、なぜだか唇を尖らせている。

 あれ? 機嫌、損ねちゃった?

 ややあって、

「……あたしも」

 ぽつりと塔子がこぼした。

「は? なに?」

「……だからっ、あたしもあんたがルームメイトで良かったって言ってんの。あ、あたしだって、〈素〉を出すのは勇気がいるし、そ、そもそもこの学校の人の前で本音でしゃべったのだって初めてだし……」

 塔子はまた、黒髪に乱暴に手を突っ込んでかき回した。

「で、でもルームメイトとくらい、自然に話したかったって言うか! だから、そのっ! ああもう、なに言ってんのよ、あたしは!」

「……塔子チャン?」

「なによっ!」

「……ひょっとして、照れてる?」

 うるさいわねっ、という怒号と共に、クッションが飛んできた。

「だ、大体、あんた、ドーナツ食べ過ぎなのよ! ちょっとは遠慮しなさいよ!」

「ケチケチすんなって。大丈夫、晩ご飯の分は胃袋空けとくから」

「そう。夕食、ね」

 ふっと塔子が変な顔をしてあたしを見た。おいしいドーナツが唐突に酸っぱくなってしまった、みたいな表情。

「警告しておくけど――」

 たっぷり間を取ってから、彼女は恐ろしい予言を口にした。

「ここの食事は、地獄よ」

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