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ブロッサム・プリズン ~全寮制女子校物語~  作者: 新田まるぼ
―七月― 夏がはじまるよ
21/42

<2>

◆◇◆

 二泊三日の臨海学校。その間、あたしたちのねぐらになるのは、砂浜から歩いて三分の位置にある宿泊施設。その名も〈桜浜舎(おうひんしゃ)〉。クロマツに抱かれるようにして立つこの木造建築は、なんと昭和初期に建てられたものだという。桜冠学園がまだ〈桜冠女学校〉という名前だった頃。あたしにとっちゃ大昔だ。

「あらあら、ようこそ。遅かったのでねえ、心配しましたよう」

 広い玄関で迎えてくれたのは割烹着(かっぽうぎ)のおばちゃん。

「国道が込んでまして。これから三日間、お世話になります」

 学年主任の先生が頭を下げるのに合わせて、あたしたちも「お世話になりまーす」と元気いっぱいに挨拶した。

「はいはい、こっちこそよろしくねえ」

 おばちゃんは三好(みよし)さんというお名前で、普段は近くで民宿を営んでいるらしい。この三日間、あたしたちの食事の采配(さいはい)をしてくれる。ふっくらしたマトリョーシカみたいな体型と優しい笑顔。ちっちゃな手はつるつるだ。とりあえず、ご飯の方は期待できそう。少なくとも寮のあの恐ろしい食餌よりは。

「さ、みなさん、部屋に荷物を置いて、三時にこの玄関前に集合ですよ。もう十五分しかありませんから、急いで。スケッチブックを忘れずにね」

 先生の言葉に首をかしげる。

 は? スケッチブック?

「え、海は? 泳がないの?」

 あたしの呟きにかぶさるように「ばーか」の声。案の定、塔子だ。べちっと、鼻先を小さな冊子ではたかれる。薄い水色の表紙には〈臨海学校のしおり〉の文字。

「今日の予定は班ごとに海浜(かいひん)植物の観察とスケッチ。その後は夕食とレクリエーション。泳ぐのは明日。……あんた、日程表くらい見ときなさいよね」

「まじ? やっばい、スケッチブックなんか持ってきてないよ。メモ帳でもいいと思う?」

「いいわけないでしょ。――入れといたわよ、あんたのカバンに。スケッチブックも色鉛筆も。どうせ忘れるだろうと思ってたら、案の定ね」

「ありがとおっ、塔子さま!」

 がばっと塔子に抱きついて感謝を伝える。耳の後ろで、「もう、ほんとバカなんだから」と苦笑する声。

「……あれ?」

 塔子の肩越しの視線の先、さっきまでのあたしと同じような顔をしているエリカと目があった。びっくりして、ちょっぴり青ざめてもいる。

「どしたの、エリカ。あ、さてはあんたもスケッチブック忘れたんでしょ」

「〈も〉ってことは、お前もかよ。聞いてねえよな、スケッチするなんて」

「しおりに書いてあるでしょう」

 耳の後ろから、再び塔子の声。さっきまでの苦笑を含んだあったかいものじゃなく、大理石みたいな声音。

 あたしの肩に手を置いて体を離してから、塔子はじっとエリカを見つめた。

「出発前に目を通して忘れ物のないよう、と注意したはずよ。それで忘れるんだからただの怠慢ね。あるいは頭が悪いだけかしら」

「知るかよ、イヤミ女」

 ぴりっとした、嫌な空気が流れる。見えない電撃が走ったみたいに。

「おい、要。スケッチなんかサボろうぜ。お前も忘れたんだろ?」

「あいにくだけど、要の分は、あ・た・し・が用意しておいたの」

 ぴりぴりっ! 

 ああ! やだやだ、この空気。たまらんよ。

「ま……、まーまーまーまー、二人とも! ほれ、エリカ、あたしのスケッチブック一枚やるから、楽しくお絵かきしようじゃないか!」

「なんだよ、俺は別にスケッチなんか――」

「いいからいいから! ほらほら、色鉛筆も半分貸してやるから!」

「要、ほっときなさいよ、そんな人。大体――」

「そんじゃ、あたし、たまちゃんと一緒の班だから! さらばだ!」

 エリカの手に無理やり紙と色鉛筆半分を握らせて、ダッシュでたまちゃんの元へ向かった。

 たまちゃんは、まぶしがってる猫みたいな印象の細い目に、深い深い(あわ)れみを浮かべてあたしを迎えてくれた。

「……見てた?」

「見てた。月島ちゃん、あっし、涙が出そうになったよ。嫁姑に挟まれた気弱なダンナみたいだった」

「同情に感謝だよ、たまちゃん」

 三時間くらい、ハマナスやらハマヒルガオやら、正体がよくわかんないツル植物やらの観察をした。あたしの班は、たまちゃん、クラスメイトの長谷部(はせべ)さん、黒岩(くろいわ)さん、(おか)さんの五人組。くじびきで決まったメンバーだ。たまちゃん以外の子とはあんまり話をしたことなかったけど、三人とも、おっとりタイプ。終始なごやか・仲良しムードだった。

「私たち、ほんとはもっと早くに月島さんとお話ししてみたかったの」

 にこにこ笑いながら言ったのは岡さん。まあるい頬に浮かぶえくぼがチャーミングだ。

「えー、いつでも話しかけてくれればよかったのにー」

「でも、月島さん、いつも冴木さんか筧さんとご一緒でしょ? お邪魔したらいけないから」

「邪魔にするわけないじゃん。別に塔子とエリカだって怒りゃしないよ」

「でも……」

 岡さん、長谷部さん、黒岩さんは、三人そろって困惑顔。

「月島ちゃん、月島ちゃん」

 酸っぱい梅干を口に含んだような顔で、たまちゃんが首を振ってみせた。

「あの二人の間に割って入るのはきっついよ。あっしだって遠慮しちゃう」

 あ、なるほど。

 まー、言われてみりゃ確かに、って感じではある。

 片や帝国軍人も真っ青の規則(きそく)遵守(じゅんしゅ)の鬼・冴木委員さま。

 片やビジュアルからして破壊力抜群のパンク三色頭・世紀末権化エリカ。

 近づきづらいわなぁ。

 二人とも、なんとなーくクラスから浮いてる雰囲気ではあったけど、やっぱり怖がられてたか。

「だから、私たち、今日は月島さんと同じ班になれて嬉しい」

 気を取り直すように、黒岩さんがにっこりほほ笑んだ。

 ううん。こういう、ふんわり空間って久しぶりだなあ。

 ブリザードのピリピリ感がないのが、こんなにいいもんだとは……。

 晩ご飯楽しみだねーなんて、まったり話しつつスケッチしてたら(またた)く間に時間が過ぎた。

「……月島さん、いけないと言っているのではないのですが」

「なんでしょう、先生」

 担任の(しま)先生が、じいっとあたしのスケッチを見つめている。穴が開くほど。

「クロマツの葉を、その、真っ赤に塗っているのはなにか理由が?」

「はっ、クロマツの生命力とか、燃え立つ情熱ですとかを、自分なりに表現してみました!」

「……そうですか」

 しょうがあるまい。

 色鉛筆の半分は、エリカに貸しちゃったんだから。

 生徒の独創性を伸ばす教育方針の先生で良かったよ。

「なんですってえっ!」

 先生からスケッチを受け取っていたあたしは、びっくりして大声のした方を向いた。

 クロマツの林のあちらこちらに散っている生徒の群れ。みんな、スケッチのためにしゃがんだり座ったりしている。その中で、立ち上がっているのは二人だけ。

「今なんて言ったのよ、筧さん」

「聞こえなかったか? なんならもういっぺん言おうか。 へ・た・く・そ!」

 あああ、もう、またあんたらかよ……!

 どこのくじの神様だよ、こいつらを一緒の班にしたのは!

「まーまーまーまー、どうどうどうどう。レフェリーストップだよ、お二人さん」

 あわてて二人の間に割って入る。

 牙をむきあう二人の足元には、スケッチが二枚、裏返って落ちていた。一枚拾い上げて、見てみる。

「……うまいじゃん」

 描かれていたのは、ハマアザミだ。本来は紫色のはずの花が、緑一色で塗られている。それでも、あたしの無理やりなクロマツとは違って、不自然な感じは全然しない。まるで、プロのイラストレーターが明確な狙いをもってわざとあべこべな色をつけた印象。

「これを下手って言っちゃダメだよ、エリカ。むっちゃくちゃ上手だよ」

「まじ? サンキュ」

 エリカが気持ちよさそうな顔をする。

「それは俺のスケッチ。冴木のはそっち」

 もう一枚のスケッチを拾い上げ、裏返す。

「うっ――」

 絶句したあたしを許してほしい。

 使われている色は、緑と、紫。

 一生懸命描いてるのはわかる。伝わる。

 だけど、肝心の〈なにを〉描いたかがぜんっぜんわからーん!

「じょ……、上手だと、思うよ、うん」

「そうでしょ? 筧さんの目がおかしいのよ」

 つん、とあごを上に向ける塔子。

「う、うん、そうだね……。い、芋虫の質感とか、よく出てる、よね?」

 次の瞬間、ギャハハハハ、とエリカの爆笑。

「聞いたか、冴木? 芋虫だってよ! お前、芋虫描いてたのかよ?」

 顔を真っ赤にした塔子が、あたしの手から紙をひったくった。

「……エンドウ」

「へ?」

「これはハマエンドウよ! バカッ!」

 肩をいからせて、ずかずか歩いて行ってしまう塔子。

 笑い続けるエリカ。

 あたしの背に、生温かーい視線の感触。

 振り向かなくても、視線の主はわかっている。

 優しいたまちゃん、お願いだよ。

 やらかしちまったあたしを、また慰めてくれるかい?

 ああ、胃が痛い――。

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