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ブロッサム・プリズン ~全寮制女子校物語~  作者: 新田まるぼ
―五月― 牢獄よ、こんにちは
2/42

<2>

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◆◇◆

 母ちゃんは、ことあるごとに言っていた。

「父ちゃんと母ちゃんはね、ロミオとジュリエットだったんだよ。父ちゃんの親父が母ちゃんのこと大っ嫌いだったからさ、カケオチしたっつうわけよ。思い出すよ、あの嵐の夜、力強くあたしの手を引いてかけ出す父ちゃんの雄姿を」

 父ちゃんの遺影を恋する少女の瞳で見つめて、胸の前で節くれだった指を組む母ちゃん。

 あたしはもちろん、

(力任せに引っ張ったのは母ちゃんの方じゃないの)

 とつっこんだりはしなかった。例え、母ちゃんのランニングと作業ズボン、安全第一ヘルメットに包まれた長身が〈エイリアン〉シリーズの女主人公そっくりだったとしても。

「だから、要。お前も覚えときな。もし母ちゃんになんかあっても、お前は一人で生きていかなきゃなんないんだ。頼りになる親戚なんてもんはいないと思いな」

 そう聞いたのはつい先月だったのに。

 人生ってわかんないもんだ。

「要ちゃん! お、落ち着いて、落ち着いて聞けよ! お母さんが――芽衣子(めいこ)さんが、仕事場で倒れたって――」

 ベニヤ板のドアを蹴破るように転がり込んできたのは、下の階に住む売れないホストの兄ちゃん。同時に吹き込んできた、桜の花弁の薄紅を、妙によく覚えている。

 くしくも、あの日は父ちゃんと母ちゃんの結婚記念日だった。あたしは台所で母ちゃんの好物のお好み焼きと、父ちゃんが好きだったガトーショコラを作っている所だった。

 結局、あのお好み焼きとガトーショコラはどうなったんだろう。

 お通夜やお葬式の間に、大家さんや兄ちゃんが片づけてくれたのかもしれない。

 最後の弔問客が帰った後。

 ぽつんと座り込んでいたあたしの前に現れたのは、黒塗りのベンツをあやつる運命の使者。早い話が弁護士だ。線香の煙が色濃く残る四畳半で、使者は淡々と口にした。

「あなたにはおじいさまがいらっしゃいます」

「残念ながら、半月前にお亡くなりになってしまいましたが」

「生前、あなたをずっと探しておられた」

「私はおじいさまのご遺言をお伝えしに参ったのです」

 高そうな書類鞄から出された紙束に書いてある内容は、ちんぷんかんぷんだった。

 唯一、〈桜冠学園〉という文字だけを目で拾えた。

 事態を飲みこめないあたしに、「つまりですね」と弁護士先生は中学生にもわかる言葉で説明してくれた。

 じいちゃん――つまり、父ちゃんの父ちゃんは、死ぬ間際、あたしになにやら遺してくれたらしい。けど、相続には条件があった。〈桜冠学園〉という全寮制の学校に転校し、無事卒業すること。なんでも中高一貫式の女子校なのだとか。あたしは今、中学二年生になったばかりだ。ということは、遺産を受け取るためには、丸五年、その学校に通わなくてはならない。

 なんでそんな妙な条件を付けたかっていうと、どうやら母ちゃんのせいらしかった。じいちゃんは、母ちゃんのよく言えばざっくばらんでたくましい、悪く言えば粗野でガサツなところが気に入らなかったらしい。自分の血を引く孫――あたしのことだ――が、母ちゃんみたいになるのが許せなかった。だから、いわゆる〈お嬢さま学校〉で、自分の孫にふさわしい品位を持つ人間になれたら遺産を譲ろう、とそう思ったようだ。

「学費や生活費など、学園生活で必要な資金の心配はいりません。すべて遺産とは別に用意してありますので」

「でもねえ――」

 母ちゃんに似てリアリストのあたしは口をとがらせた。

「じいちゃんの遺産ったって、どうせ盆栽とか、きったない掛け軸とか、ゲートボールセットとかでしょ? そんなもんもらっても……」

 弁護士さんがやれやれ、と言うように微笑した。そして黙ったまま、書類の端を指差した。¥マークの横に澄まして並んでいるゼロの数は、いち、にい、さん、し、ご、ろ――

「うそっ!?」

「他にも、いくつかの貴金属等を遺されています。詳しい目録はそちらに――」

 弁護士さんの言葉が耳を素通りしていく。呆然と書類を見つめたまま、あたしは思わずつぶやいた。

「じいちゃん、お金持ちなんだ……」

「ええ。あなたに遺されたのは、資産のほんの一部です。ほとんどはご子息――つまり、あなたの叔父さまがたが相続されました」

 ほんの一部。これで。

 目を回しそうになりつつも、頭のすみではしっかり計算が始まる。

(たしかに五年は長い。友達と離れ離れになるのもさみしい。でも、このお金があれば、〈アレ〉が買える――)

「どうなさいます? もちろん、放棄(ほうき)もできますが」

 弁護士さんが人を化かす狐の顔で(わら)った。

 ――こうしてあたしは、黄金週間(ゴールデンウィーク)が終わる頃、望んで牢獄の扉を開けたのだった。

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