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この堅牢な牢獄は、山の中腹に建っている。
最上階にある看守長室の窓から外をぼんやり見下ろしながら、あたしは脱獄の甘い夢を見る。
牢獄の広大な敷地を取り巻くのは、あせた血の色の煉瓦塀。侵入者を拒絶し、脱出者を許さないその高さを乗り越えることはとうてい無理。
と、なると唯一の脱出口は禍々しく黒光りする鉄の門だ。鉄柵に足をかけ爪先で蹴れば、ふわりと浮きあがった体は、見事、外界へ着地してくれるだろう。
鬱蒼とした森に囲まれた細い舗装路をひた走ること十五分。迎えてくれるのは騒々しい娑婆の空気だ。
きらめくネオン、世俗の喧騒、排気ガスの匂い。懐かしくも愛しいものたち。
この牢獄では、決して手に入らぬものたち。
ああ、けれど――
小さく嘆息して、目を閉じる。
逃げ出すことなど、できない。
あたしは自ら望んで、この牢獄へやって来たのだから。
まぶたを開け、視線を上に向ける。春の終わりの柔らかな青空に、真っ白な鳩が数羽、溶けるように消えてゆく。
「――いいなあ」
「なにかおっしゃって?」
堂々たるマホガニーの机の向こうの看守長が、いぶかしげに片眉をはね上げた。
「いえ。なんでもありません」
答えて、視線を看守長に戻す。初老の看守長はふちなし眼鏡越しにあたしを見た。値踏みされていると思うのは気のせいか。居心地が悪くなって体をもぞもぞさせると、黒いプリーツスカートが小さく揺れた。
「これで手続きはすべて終わりですよ、月島要さん。今日からここがあなた家です。しっかり規則を守って清らかな生活を送ってくださいね。急な転校で大変だったでしょうけど」
「ありがとうございます。――校長先生」
この牢獄の名を〈私立桜冠学園〉という。