所詮、現実はこんなもの。
「迎えに来るから」
そんな風に幼いころに笑いかけてくれた人がいた。
安直で、自分でもどうしようもなく単純だと思うけれど幼いころにそういって笑ってくれたその男の子は私の初恋だった。
優しくて、温かい人だった。
その当時、体の弱かった私にとってその人は「王子様」だった。
私が「ロウ」と呼んでいたその人は、本当にわずかな時間一緒に居ただけだった。
当時住んでた私の街を後にする時、ロウは私を迎えにくるといった。私はそれが嬉しくてたまらなかった。
私はロウが大好きだった。
短い間だけだったけれど、それでも好きになった。
迎えに来てくれる、その瞬間を夢見た。
それから私は浮かれてた。ロウが居なくなって二年ほどたった時もまだ浮かれてた。
その頃には少しは体もよくなっていた。
というより、私が昔から体が弱かったのは私の中にある膨大な魔力のせいだと後から知った。
孤児院で私たち孤児の面倒を見てくれていた母様が私に魔力がありすぎて、それが体の負担になっていてそうだったのだと教えてくれた。今、大分私が丈夫になってきているのはようやく魔力が体になじんできたからだって教えてくれた。
私はそれが嬉しかった。
体が弱くて、皆に心配かけてきたからこれで心配かけずにすむと嬉しかったのだ。
その頃、七歳の私よりも二つ年下の女の子が孤児院に引き取られた。その子の名前はウタといって、五歳なのに凄く大人びていた。難しい本ばかりよんでいて、頭がよくて、まだ子供なのに母様に楽をさせようと色々と案を出したりもしていた。
ウタは天才だった。
そんなウタに私は他の子に話すように私の「王子様」の話をした。そしたら、他の子は「わー、ロマンチック」とか「いいなぁ」とかいってくれるのにウタの反応は…、失笑だった。
五歳児に失笑された時、私は思わず固まった。
そして、
「そんな子供の頃の口約束覚えてて実際に迎えに来るとかありえないでしょ」
という言葉でまずグサリと心に刺さり、
「それに話を聞く限り、そのロウって人貴族でしょう? 身なりとかが凄かったとか、従者らしき人がいたって言うんだし。それなら貴族の息子が平民――それも両親もわからない孤児の娘をめとるって無理でしょ」
冷めた目でそんな事を言われグサグサと心に刺さり、
「愛人とかならいいかもだけど、正妻はありえない。貴族としての世間体とかを考えると貴族の令嬢が、そうじゃなかったとしても大商人の娘とかそれなりに地位のある人を正妻にすると思うわ」
愛人という言葉を五歳児が口にするショックでグサリと心に刺さり、
「仮に向こうが本気でエル姉との約束を守る気だったとしても周りが絶対許さないでしょ。それに実際貴族に孤児が嫁いだら社交界とかでもちゃんと出来なくて大変だと思うの。貴族って只贅沢しているのが仕事じゃないし」
そういうウタの目が本気すぎて心にまたぐさりと突き刺さり、
「だから、現実ではありえないでしょ。いい加減そんな夢見るのやめようよ。それか本気で貴族と結婚したいならそれなりの地位に自力でついたら? ……まぁ、無理だと思うけど」
最後の方の言葉は小さくて聞こえなかったが、前半の言葉にもう私の心葉ボロボロだった。
ショックを受けて傷心した私をウタは放置して、「あ、私母様に呼ばれてるんだった」と言って去っていった。
その後一週間近く落ち込んでいた。具合の悪いふりをしてベッドから動かなかった。
母様達皆に心配されたけれど、私の頭の中はロウのことで一杯だった。このままではロウが迎えにきてくれない? ロウは貴族だから孤児院の私では駄目? そんなウタの言った言葉がぐるぐると頭の中でまわってた。
そしてウタの「本気で貴族と結婚したいならそれなりの地位に自力でついたら?」という言葉についても考えて、その結果――――私はロウが迎えに来てくれないなら、こっちから会いに行こうという結論に至った。
ウタのいった『貴族と結婚出来るそれなりの地位』。それについて私はウタに聞きにいった。
ウタは「本気にしたの? …無理だと思うけど」なんていいながらも教えてくれた。
平民から女優や歌姫として国中で有名になって貴族どころか王族と結婚した人とかも居るとか、騎士だったらこの国ではそれなりの地位だとか教えてもらった。
最初は私も女の子だし、「それなりの地位」を目指すなら女優か歌姫を目指そうと思った。だけど駄目だった。私には演技の才能なんて皆無だった。歌に関しては壊滅的な音痴と言われてしまった。それに加え私は決して見た目がいいわけではなかった。
平民から女優などになった人達ってウタに聞いた所皆絶世の美女と言えるべく人達だったらしい。その時点で私が諦めるには十分だった。
あまりにも自分の才能のなさに落ち込んでいた所にウタはいった。
「魔力が異常なんだから騎士めざしなよ。剣の腕がそれなりでもそれだけ魔力があればどうにかなると思う」と。
騎士は魔物や刺客と戦ったり大変な印象しかなかった。そんなの怖いから正直やりたくなかった。
だけどそんな言葉に慰められて今度は私は魔法と剣技をほぼ自己流で学んだ。だって孤児の私には剣技をたしなむ知り合いなんていない。魔法に関しては母様が少しだけ使えた(生活魔法的なものが主)から使い方とかは学んだ。
魔法書を買うお金もない私は、魔法も本当に自己流だった。
そもそも魔法ってそれなりに魔力がないと使えない。そして魔法が使えるだけの魔力を持ち合わせてる人は結構少ないのだ。
でも魔法や剣技は楽しかった。
まだ体に魔力が馴染みきれてないのか時々具合が悪くなってたんだけどそれでも私は頑張った。
四年ほど自己流で魔法や剣技を学び、時々実際に魔物と戦ってみたり(これもウタのアドバイス。実践経験ないと駄目との事)した。
実際に魔物を倒して孤児院に持ちかえった私に「え、本当にやったの」とウタは驚いて私と魔物を交互に見ていたけれど。ウタの驚いた顔は珍しくて、何だか悪戯に成功したような愉快な気分になったのをよく覚えてる。
その頃、私の住んでいる孤児院は経営が厳しくなっていた。
母様は必死だった。
ウタも経営をよくしようと色々頭を使っていた。
私は頭は正直よくない。馬鹿だったから、魔物を倒して食料を調達することにした。この頃にはもうすっかり体が丈夫になっていたから問題はなかった。
母様には「十一歳の女の子が連日魔物を狩るだなんて…」と最初は嘆かれたが、そうもいってられなかったため結局認めてくれた。だって食糧も手に入らないぐらいになってきてたもん。
まぁ、そんな努力も無駄で、結局私が十三歳になった時私の育った孤児院はなくなった。
皆それぞれバラバラになって、私は食堂で住み込みで働かせてもらう事になった。育った街とは違う街の食堂でだ。
正直細かい作業が苦手な私は、野菜の皮むきも出来なかったりと食堂の人達に迷惑かけた。
食堂の店主さん達は優しかったけど、「アイツ、役に立たないよな」という他の人の視線に耐えられなかった私は何が出来るか考えた。
このまま放り出されたら私は死んでしまう…。そうしたらロウに自分から会いに行くことも出来ない。どうにか、黒翼騎士団の入団年齢である十五歳まで生きなければ! と思った。
あ、ちなみに黒翼騎士団は実力主義で平民だろうと実力さえあれば入れるって噂の所なの。女騎士も数人だけど居るの。逆に白翼騎士団は貴族が多いみたい。そっちは実力がなくても地位があれば入れるって感じなんだって、ウタが言ってた。
だから私は黒翼騎士団に入る事を目指してる。騎士になればロウに会いにいけるかもしれないって気持ちと、魔法や剣が好きだから騎士としてなら生きていけるって気持ちがあるから。
そんなわけで、私は考えて考えた。
その結果、私は魔物を狩った。
魔物を狩って持ってきた私に食堂の人々は唖然としていた。
孤児院という狭い世界しか知らなかった私はあんまり気にしてなかったけど、普通十三歳の人間は魔物を狩れないらしい。えっ? と私は思った。私がはじめて魔物を狩ったのは八歳だったからだ。
あれ、私ってびっくりされるぐらい強いの? あれ、っとなって混乱した。
その日狩ってきた魔物は急所がわかっているからそこに剣でひと突きするか、魔法をあてればすぐに倒せる。私は食糧としての部分を損なわないために孤児院の経営難時代から剣で倒していた。
正直、上空から突進してくる鳥型のその魔物はさっと避けて、すばやくさす! というそれだけで倒せるので私的には誰でも倒せるお手軽な魔物という感覚だった。
「え、簡単に倒せますよ」といったら「無理」、「素早いから厳しい」などと言われて心の底から驚いた。
凄い驚かれたんだけど、私が狩ってくれば仕入れを少なくしてすむと店主さんは喜んだ。それから私は食堂で食糧調達担当になった。
それから十五歳になるまで、食堂に貢献した。
その結果、信頼関係が築けた。私が「騎士になります!」といった時、皆寂しがってたけど、応援してくれた。「落ちたら戻ってきていいんだから」と笑ってくれた。
もし駄目だったとしても居場所がある。それは嬉しい事だった。
騎士団の試験は王都である。だから私は王都まで一人でやってきた。
そして騎士団の入団試験の場には―――、女は私一人だった。女騎士が国内でも数えられるだけしかいない事は知っていたけど、実際に来るとちょっとショックで、不安になった。
周りの騎士団の入団試験を受ける男の子達は私よりも背が高くて、強そうに見えた。黒翼騎士団に入団出来るのはこの中でも数えられるだけ―――。
入団試験はまず、騎士志望の私たちを戦わせることから始まる。それでまず実力を見て次の試験に通すかが決まるのだと言う。負けたら駄目なわけではない。勝てなくても実力があれば通される。
私には対人戦の経験はない。
魔物とばかり戦っていた。魔物と戦うなら自信があるが、対人戦はよくわからない。でもやれるだけやろうと思った。
だって騎士になってロウに会いに行くって可能性があったから、私は此処まで頑張ったのだ。
私だけがその場で女だったから、周りからの視線が嫌だった。特に女の私とあたりたいという声に、ちょっと悔しくなった。
女の私になら勝てる、騎士団の人達にいいところを見せられると思ってたのかもしれない。その言葉に緊張よりも悔しさとか、怒りが勝った。
……絶対女の私を甘く見てる奴には勝ちたいと思った。
私の対戦は一番初めだった。
私が戦う事になったのは、金髪の派手な男だった。
その男は私を最初甘く見ていたように見えた。だけど、私が剣を取り、数度撃ち合うとその目が真剣になった。
悔しいことにその男は強かった。すぐには倒されてくれなかった。でも、結局最後には私が相手に膝をつかせることが出来た。
魔法は使わなかった。
相手が魔法を使わなかったから、剣だけだったから、剣で倒した。
必死だったから、終わってから思わず座りこんでしまった。疲れきっていた。私に膝をつかされた男も、疲れたように息を吐いていた。
その後、その男と仲良くなった。
名前はクレーラといった。
「自分の剣に自信があったから、負けて衝撃だった」と奴は言った。
私が「対人戦初めてだったから緊張した」と言えば心底驚かれた。
その後、他の入団希望者の試合を見た。正直、私は勝てそうだと思える人達ばかりだった。数人だけ、あ、負けるかもって人がいたけど後は勝てそうだと感じた。
馬鹿にしているわけじゃない。ただ直感で、勝てると思った。
食糧到達のため魔物を狩るときも私は直感に頼った。負けると思ったら即逃げた。勝てると思ったら素早く殺した。
だから、多分やれば勝てる。
そして私は最初の試験を通された。次は、騎士団のメンバーと戦うという試験らしい。
本物の騎士と戦うのは緊張する。
私が戦ったのは女騎士のミラルダさんだった。ミラルダさんは美しい赤髪の女性で、戦う前に「女の子が騎士を目指してくれてうれしいわ」と笑っていた。
ミラルダさんは強かった。
私の剣はことごとく塞がれた。どうにかミラルダさんの剣を受け止め、避ける事は出来ていたら本当にギリギリだった。
「……これ、魔法も使っていいんですよね」
私は勝ちたいと思った。出来るなら負けたくないと。だから、そう問いかけた。そうすればミラルダさんは一瞬驚いた顔をした後頷いた。
だから今度は魔法を思いっきり使って戦った。ミラルダさんも魔法が使えたようで、魔法を使いながらこちらに攻撃をしてきた。
肌を炎の玉が掠めた時はひやっとした。
どうにか、くらわないように避けて、頭を使ってミラルダさんにとって予想外の攻撃をしようと企んでやってみたけど、結局避けられてしまった。その後、剣を手から弾かれて私は負けた。
結局一撃もミラルダさんにくらわせることが出来なかったと私は落ち込んだが、ミラルダさんは「エラルカは凄いわ」と過大評価のほめ言葉をくれた。
クレーラには「エラルカは魔法も使えたのか…じゃあ、俺も使えば良かった」と言われた。どうやら先日の戦いでは私同様相手が魔法を使わないからとつかわなかったらしい。
騎士団の人達は流石といえるべく強くて、結局騎士志望の人達は誰ひとりとして勝つことが出来なかった。
その後、結果として私は黒翼騎士団に合格した。合格者の中にはクレーラも居た。
王都で入団式が行われた。
ミラルダさん含む女騎士の人達に囲まれた。新しい女騎士の誕生が嬉しいらしい。それで何で騎士目指したのか、聞かれて恥ずかしいけど正直に答えたら、「いいわね、そういうの。「ロウ」って呼ばれそうな貴族の男ね」と笑った。ミラルダさんって黒翼騎士団でもそれなりの地位にいるから貴族とも会う事があるらしくて、「ロウ」を探してくれるといってくれた。
それが嬉しくて、もっと頑張ろうと思った。
はじめての騎士としての仕事は魔物退治だった。正直なれたことだから私は全く緊張してなかった。他の子は緊張してたけど。
一番多く魔物を倒せて、総団長のイーグルさんがほめてくれて嬉しくなった。黒翼騎士団って人数多いから内部でまた細かく団がわかれてるんだ。イーグルさんは黒翼騎士団の団長さん。
何もかも上手くいっていた。びっくりするぐらいに。怖くなるくらいに。だから、このまま「ロウ」に会いにいけて、ずっと一緒に居られるんじゃないかって夢見てた。
だけど、夢は所詮夢だった。
騎士団に入団してしばらく経った頃、ミラルダさんが「ロウ」を見つけたといった。嬉しかった。だけどミラルダさんの顔は曇っていた。
理由を聞いた。
そして、私はショックを受けた。
「ロウ」は―――、ロウト=バレッドという侯爵家の三男には婚約者がいた。……平民の婚約者。周りの反対を押し切ってまで、一年もかけて認めさせた儚げな印象の「エルナ」という少女。
ショックを受けて、でも「ロウ」は私を迎えにきてくれるっていってくれたと馬鹿みたいに思って、実際にミラルダさんとロウト=バレッドを見にいった。
……昔の記憶の中の「ロウ」の印象があって、私はああ、「ロウ」だと思った。会いたかった「ロウ」が居る。でもその隣には、幸せそうに笑う一人の少女が居るのだ。
ウタに昔言われていたのに、夢なんだって。そんな事現実ではないって。それでも馬鹿みたいにショックを受けた私は一晩泣いた。思いっきり泣いた。
そして、所詮、現実はそんなものだと心に納得させた。
それからは「ロウ」のことを考えないようにするためにも騎士として前よりも必死にやった。忘れるために、考えないために、ただ私は必死だった。
その三年後の十九歳の時―――私は最年少で黒翼騎士団六番隊の隊長に任命された。……「ロウ」の事を考えないようにしようと必死にやっていたらいつの間にか凄い実績が出来ていたのだ。
あれから騎士として「ロウ」に会ったがもちろん、「ロウ」は私の事欠片も覚えていないようだった。ウタのいったように子供の口約束なんて「ロウ」は覚えてなかったのだ。
「ロウ」はもう結婚してる。平民の「エルナ」さんと幸せに暮らしてる。もう子供も生まれてる。
私もあれから三年も経過してもう「ロウ」は過去になった。
――――隊長になった私には一つの悩みがあった。
それは、結婚したい願望があるのに相手がいない事だった。「ロウ」が居るからと他の男に目はいっていなかった。馬鹿みたいに迎えに来た「ロウ」と幸せになりたいと夢見てた。
私は結婚したいし、子供が欲しい。
出来れば私を愛してくれる人と。
……騎士で魔物相手でも動じないような女らしさの欠片もない私がこんなこと考えてるから友人には笑われたことがあるが、本心だ。
「あー…何処かに私を愛してくれる人いないかな」
そんな風に私は思わず誰もいない隊長室の中で呟くのだった。
―――――所詮、現実はこんなもの。
(子供の頃の夢は夢のままだった)
「あー、エラルカさんって本当可愛い」
一人むなしく呟く私は、扉の前で私の独り言を聞いてそんな事をいっていた男が居た事を知らない。
そして、もちろん私はその男――六番隊副隊長が私に好意があるあまりに私の傍に近寄る男を排除していたことも知らないのであった。
エラルカ
孤児院育ちの主人公。初恋の子に会いたいあまりにウタの言葉を真に受け、騎士を目指す。
魔力異常で、魔法と剣技の才能が滅茶苦茶あった(本人に自覚は特にない)。そのため、八歳で魔物をはじめて狩り、最年少で隊長になったりと色々普通じゃない事をやらかしてる。
迎えにきてくれるという言葉を夢見てたような乙女な一面もある。いつか自分を愛してくれる人が現れるかもと思っているが、騎士生活中告白の一つもされてないため、女としての自信はない。
ロウ
エラルカの初恋の人。侯爵家の三男。平民と結婚。幼い頃のことを覚えてるかどうかは本人にしか不明。
ミラルダ
女騎士。初恋の人にあうために騎士にまでなったエラルカが可愛くて仕方がない美人さん。
クレーラ
騎士団入団時からのエラルカの友人。こいつも才能あるからエラルカほどではないけど、それなりの地位についてたりする。
副隊長
名前は出てないけどエラルカが隊長になった時の副隊長。こちらも最年少副隊長。エラルカの後輩。
魔法はほとんど使えないけど剣技に関しては才能溢れてる人。
かっこよくて可愛くて強くて乙女な所のあるエラルカが可愛くて大好きで仕方がない人。
「エラルカさん、エラルカさん」といつもエラルカの近くに居る。エラルカが告白されないのはこいつのせい。
幼い頃の約束のために頑張ったけれど恋が実らなかった女騎士の話が何故か書きたくなって書きました。