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事情の説明


「それならば見目のよい男を集めればよいではないか」


 王は切り替えが早かった。単純な思考回路ゆえか、事もなげに言う。


「ノースナン家のギュルターとかゲレンバルト家のローライとか、いるだろう、色々。この際だからハーヴィルもいいかもしれんな。あやつ、容姿はいいがひどい無能だ」


「いえ陛下、それが……」


「なんだ」


「わたくしもそれは提案してみたのですが、勇者殿は、しばらく恋愛はしたくないときっぱり仰いまして」


「……そうか」


 王をため息をついた。財産、名誉、地位、そして美女。それ以外に魅力的で王家が与えられるものは? そんなものはなかった。


 完全に手詰まりだ。

 この世界に生きる人間ならともかく、レイトは異世界人なので、世界を救いたいという願望は抱かせづらい。

 召喚されたからには魔王を倒さないと元の世界には戻れないと脅せばいいのかもしれないが、それだと王家に対して恨みを持つ可能性がある。魔王を倒せるほどの力を持つ男を敵に回すのはごめんだった。


「勇者殿は今どうしておる」


「姫さま方とお話しなさっておいでです」


「ふむ。……仕方があるまい、しばしあれに任せよう」


 王はビロード張りの玉座の肘掛に肘をつき、侍従がつぎ足した盃をあおった。誰からも好感を持たれるリリエスなら、ひょっとして勇者と打ち解けて魔王討伐を説得してくれるかもしれない。

 どうしても勇者が嫌がるようなら、最悪不意打ちで殺して、新しくほかの勇者を呼べばいい。

 召喚の儀の大変さを知らない王は、楽観的にそんなことを考えていた。






 周りの思惑をよそに、レイトと美少女たちは、客間の一室でふかふかのソファに座り、仲良く話し始めた。


「あのさ、まず聞きたいんだけど、どうして俺のことここに連れてきたの? あと、どうしていきなりハーレム作成なんてことになるの?」


 もっともな疑問に、リリエスが背筋を正して答える。


「レイト様をお呼びしたのは、魔王を倒すためにお力を貸していただきたいからです。

ハーレムというのは……まぁ、大抵の男性は喜ぶだろうという安直な理由ですね。女性に囲まれ、人々に敬われ、贅沢な暮しをしたいと望む者は多いですから」


 即物的な報酬だが、それだけに効果は抜群だ。普通の相手だったなら。


「えーと、俺が魔王を倒したくなるようにするための餌ってこと?」


 レイトが確認すると、ミーファが目じりを釣り上げた。


「そのような品のない言い方はしないでいただきたいですわ!」


「あ、ごめんな。それで、俺あんまりそのご褒美には魅力感じないんだけど、魔王討伐したほうがいいのかな? そもそも魔王がどんな奴なのかもわからないし、できれば家に帰らせてほしいな」


「悪いんだけど今すぐは無理よ」


 エリアナが答えた。


「いつでもってわけにはいかないの。レイト様がいた世界が、この世界と接触する時間、場所じゃなくちゃいけない。それに私も召喚したばっかりでだいぶ消耗してるから、休みが必要だし」


「そうなんだ。一番早くて、いつ?」


「全てが順調に行ったとしても一年後ね」


「うわぁ。結構厳しいね」


「そうね。でも、ひょっとすると魔王が何かいいアイテム持ってるかもしれないわ」


 いたずらっぽく笑うエリアナに、レイトは苦笑した。


「策士だな。あんまり期待しないでおくよ。

しかしそうすると、少なくとも一年俺は帰れないわけで、その間誰かの世話になるなり働くなりしなくちゃいけないのか」


 働くためには身元の証明をしなくてはならないだろうし、運よく働けたとしても、すぐに給料が出るわけではないだろうから当座の生活費が必要だ。結局は、いくらか貸してくれるよう誰かに頼まなければいけない。


「俺としては、好きでここにきたわけじゃないから、俺を召喚させた人にちょっとだけ面倒見てもらいたいところだけどね」


「もちろん、レイト様が生活するにかかる費用は全てこちらでお出し致します。

ただ、是非とも魔王討伐を考えていただきたいのです。二年前に姿を現した魔王は、初めに旧コキゴ王国西端の村を制圧し、そこを拠点に次々と人々を殺戮してゆきました。魔王は滅ぼした国の周りに障壁を張るため、亡くなった者の縁者は遺体を引き取ることすら叶いません。

魔物の数は恐ろしい勢いで増え続けており、今まで二人騎士がいれば倒せたような魔物に対し五人以上必要になったりと、強さも飛躍的に跳ねあがっています。

魔王と接触を果たし無事に帰ってきた者がいないので、魔王の目的は明らかになっていませんが、おそらく全世界を支配下に治めるつもりでしょう。既に世界の半分、キルクス山脈の辺りまで侵攻は広がっています。今食い止めねば、この国どころか人類が滅亡してしまうのです。

お願いします、どうかお力をお貸しください」


 真剣に嘆願するリリエスに心動かされないでもなかったが、どうしたものかなぁとレイトは決めかねていた。

 助けてくださいと言われれば何かしてあげたくなる。が、そんな簡単に人をばんばん殺していくような大量殺人鬼に自分が何をできると言うのか。この世界に来てからずっと、勇者様と持ちあげられているが、体が強くなった気も特別な力が備わった気もまったくしない。

 しかし見るからに頼りなげなレイトにここまで頼み込むということは、それだけ追い詰められているということなのか。

 考え込むレイトに、エリアナが慰めるように声をかけた。


「ゆっくりお決めなさいな。時間はあんまりないけど、一日二日なら大丈夫でしょ。そりゃあこんな話突然されたら悩むわよねぇ。そういえば、レイト様の世界ってどんな感じなの? 召喚されたときって何してたのかしら」


「あー……」


 レイトは複雑な顔になった。


「俺ねぇ、絶賛失恋中で、しかもけっこう手ひどく振られたもんだから家にひきこもってしくしく泣いてたんだよ。有休取って」


「ゆうきゅう、ですか?」


 耳慣れない言葉を繰り返すリリエスに、レイトは頷く。


「うん。えっと、一年に何日間かだけ、お仕事休んでも給料払ってあげますよ、って日があるんだよね。まぁ普通あんま取らないけど・・・・・・でも久々に凄くキツくて号泣しちゃって、とても人前に出られる顔じゃなくてさ。三日たってやっと落ち着いてきたから、もう明日は仕事行こうと思って、頭冷やしがてら夜の散歩に出たら召喚されちゃってー。俺完全クビにされちゃうなぁ。どうしよ」


「どうしようもこうしようもありませんわ。あなたのここでのお仕事は魔王退治です。悪を打ち倒し、人々を絶望から救い出すのですわ。それ以上に崇高な仕事がございまして?」


 ミーファがキツい語調で言うが、別にレイトのことが嫌いなわけではない。わりと誰に対してもこうなのである。

 しかしこの言葉のせいで、エリアナが逸らしてくれた話題があっという間に戻ってしまった。

 レイトは、うーん、と唸り、躊躇いがちに聞いた。


「俺あんまりそういう気質じゃないんだよね。俺じゃないと駄目なの?」


「もちろんですわ」


 当然、というようにミーファが断言すると、リリエスもすまなそうに眉尻を下げる。


「大変申し訳ないのですが、私達の力は到底魔王に及びません。もう異世界の方にお願いするしかないんです。エリアナの召喚でいらしたレイト様は、確かに唯一無二の勇者様でいらっしゃいます」


「そーかぁ……じゃあしょうがないね。旅に出るよ」


「え、本当ですか!? ありがとうござます!」


 意外にあっさり了承したレイトに、少女達は口々にお礼を言った。


「さっすが勇者様、見た目より骨があるわね!」


「感謝します。微力ながらお力添えを致しますので」


「わー、ありがとうございます! 良かったぁ」


「お、お礼を言ってあげてもよろしくってよ。でもわりと早くお決めになりましたのね」


 ミーファの言葉に、レイトは、はは、と吹っ切れたように笑った。


「さっき言ったとおり俺失恋したてなんだ。もう余計なこと考えたくないっていうか、何か目標があった方が気が楽だと思ってさ。ちょうど旅行したいって思ってたとこだしね。まぁほんとはイタリアとか行きたかったんだけど」


「いたりあは存じませんが、もっと素晴らしいものを見せて差し上げますわ! ノムシア王国は気候も温暖で歴史ある美しい国ですもの、沢山の観光名所があるのですわ。魔王討伐が急務ですからあまりゆっくりとはしていられませんけど、通り過ぎるだけでも価値はありましてよ」


「へぇ」


 何処の世界にもそういうのはあるんだな、とレイトがおもしろく思っていると、今まであまり口を開かなかったロッテがぽつりと言った。


「魔王は強い……とても強いです」


 実感のこもった、重い言葉だった。


「ハザーン帝国の神聖騎士団は、魔物の群れにすら勝てませんでした。魔王は魔物を遥かに超える力を持ち、人間の目ではその正確な力を測ることができません。

勇者様に対し誠に失礼ですが、御命を落とされる覚悟はおありですか?」


 せっかく了承したくれたときになんてことを、と、場の空気が凍ったが、ロッテは引くつもりはなかった。

 半端な気持ちで旅に出られて、やっぱり魔物怖いから無理です、じゃ困るのだ。レイトがどんな能力を持っているにしても、心構えがなければゴミと同じだ。


 とはいえ事情を説明された直後に「命を捨てる覚悟はあるか」なんて聞かれても、普通は「え?」となるだろう。命の危機が身近にない現代日本人ならなおさらだ。ほかの少女たちは、徐々に実感してくれればいいと思っていた。

 しかし、ロッテは今まで魔物に散々痛い目にあわされてきた騎士団の一員として、魔王が絡むと冷静な気持ちではいられなくなるのだ。

 ほとんど睨みつけるように見上げてくるロッテの眼差しに、レイトは可愛いなぁと思う。まっすぐで純粋な瞳だ。


「大丈夫だよ。いや、大丈夫じゃないけど、うん、正直にいえば怖い。国を滅ぼすレベルの殺人鬼なんてできれば関わりたくないさ。でも俺しかできないっていうなら、俺がやるべきだ。どうせ部屋にこもりながら包丁片手にいっそ死のうかとか考えてたし、それに比べれば魔王と戦って死ぬなんて遙かに健全な死に方だよね。気にしないで」


「……そうですか」


 ほっとしたようにロッテは息をついた。

 傍で聞いていた少女達も、肩の力を抜く。

 それにしてもそこまで思い詰めるなんていったいどんな振られ方をしたのか気になったが、なんとなく嫌な予感がして聞けなかった。

 レイトの穏やかな笑みが逆に怖い。





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