騎士団と衛士隊、禍福はあざなえる縄のごとし
大変遅くなりました。
年を重ねるごとに師走の意味が身に染みてくる今日このごろです。
本来は大晦日に更新する予定だったのですが、ズルズル伸びて本日になってしまいました。
お待ち頂いていた皆様がいるとすれば本当に申し訳ございませんでした。
今後も見捨てずに頂けると幸いです。
騎士団の場合
爆発音と共に全身鎧の騎士たちが纏めて吹き飛ぶ。全員、騎士団の支給品であるミスリル製の大盾で防御していたため命に別状こそないが、盾は歪み変形しており吹き飛ばされた本人達は衝撃によるダメージで起き上がることすら出来ないでいた。
彼らルーベンス城塞都市の騎士団員は冒険者ランクにしてBかC⁺に相当する猛者達であり、特に防御に関しては特出している。それは一般団員であっても周辺に生息する大型魔獣、鋼猪の突進すら盾で受け止てみせるという逸話からも想像できるだろう。それがたった一振りで数人纏めて吹き飛ばされるという光景は見ていた団員達の表情を驚愕に染めていた。
本人にも信じられなかった様子で、呆然と自分の持っている大剣を見上げている。なにしろ数日前まで一対一でも騎士団員に勝てなかったのだから。さらに、彼が見上げている訓練用大剣は鋼で鍛えられて頑丈さは保障されているはずだったが、先程の一振りに耐えられず大小の亀裂がいくつも入ってしまっている。
彼の名はルーク=ルーベンス、この城塞都市の領主で形の上ではナンバー1であり、三日前に樹海で迷って奇妙な神様に助けられていた幸運?な人物である。
「やはり相手になりませんでしたか。」
「だよなー。俺ら、凄く強くなっちゃてるからなー。」
そんな彼を見ながら側近でありレネとフォルの二人が呟く。この二人にしても先程二十人ほどの騎士達を相手に無双し、一分も掛からずに全員倒してしまっていた。
そんな三人を見ながら、現在はこの都市の最高責任者代理である騎士団副団長は、たった三日でAランクにも届かなかった彼等がSランクを遥かに超える強さになってしまうという理不尽を見て頭を抱えていた。
彼女の名はターニャ。この世界の例に漏れず女性であり、騎士団の筋金入りの叩き上げであり、この城塞都市のナンバー4でもある。外見は赤髪赤目のやや太めの体、ただし見る人が見れば筋肉が発達しているのが分かる怪力肝っ玉母ちゃんという感じだ。
ルーク以下三人が“最果ての樹海”から無事生還してから三日ほど。帰って来た三人は当然のことながら心配していたターニャに説教を喰らった。もう少しで騎士団による全滅覚悟の調査団が編成される所だったので当然だが、その後の彼等の説明を聞いて副団長の顔色は見る間に急降下し、青を通り越して白くなった。
彼等の持ち帰ってきた武器やマジックアイテムを鑑定させた結果、全てがドワーフやエルフでも製造出来ない高度な魔術技術と製造技術が使われていた。鑑定した全員が間違いなく神造の品であると太鼓判を押した。さらに彼等を騎士団と戦わせて見た所、ごらんの結果である。ターニャの顔が憂いと諦めに満ちる。
「・・・・・・完全に確定か。」
帰って来た三人の説明や情報を総合すると“最果ての樹海”にが出来たということだ。そして、出来た場所が問題だった。“最果ての樹海”の動向はルーベンス侯爵領の収入に大きく影響する。
Sランク殺しなどと恐れられている“最果ての樹海”ではあるが、ルーベンス侯爵領とは巨大で切り立った“巨竜の爪牙”と言われる山脈によって隔てられている。“最果ての樹海”を囲んでいるそれは、その名の通り爪牙のごとく切り立った山々と、奈落のごとき深い谷が複雑に入り組んだ天然の要害である。創造神がこの世界が創造する際に行使した力の跡と神話には記されており、上空から見ると巨大なクレーターであることが分かるだろう。
その山々は特殊な魔素を吸収する鉱石を多く含み、さらに魔素に強い影響を与えるミスリルやオリハルコンを豊富に含んでいる。それらは“最果ての樹海”から発生し押し寄せる多量の魔素を吸収、増幅、撹乱、暴発、などなど様々な現象を引き起こし、それらが複雑に絡み合い更なる現象を引き起こす。
結果、それによって山々は魔素が非常に高密度かつ非常に不安定になり、本来は物理的性質が薄いはずの魔素が突風の様な物理的な現象になって荒れ狂うという異常現象を引き起こす。
そしてさらに、滅茶苦茶に吹き荒れる魔素の嵐は生物の体内の魔力に強い影響を与え、流れや制御を混乱させてしまう。そのため、魔力を持った生物はこの場所に入り込むと肉体や精神の調子が崩す破目になる。
人類の場合は物理的性質の無い精神と魂によって魔力を制御している為、訓練等によって影響を緩和、もしくは遮断できることが出来る。しかし、魔獣は膨大な魔力を持ちながら魔力の制御を肉体の機能や特殊な器官に依存している。そのため、魔素の嵐の影響を非常に強く受け、体調を崩したり場合によっては死すらありうるのだ。
そのような“巨竜の爪牙”が“最果ての樹海”を囲んでいるため、中にいる国すら滅ぼしかねない超高位の魔獣が外に出てこないのだ。もし“巨竜の爪牙”が無かったら世界は魔獣の闊歩する世界になっていたことだろう。
そんな魔獣にとって鬼門な場所な“巨竜の爪牙”であるが、所によっては魔素が安定している場所もある。そんな場所は“竜の額”と呼ばれており“最果ての樹海”で生存競争に負けた弱い魔獣達や傷ついたりして弱った魔獣達が逃げ込んで住み付いている。
前置きが長くなったが、この“竜の額”こそがルーベンス侯爵領の大事な収入源なのだ。武具や薬の材料になる珍しい魔獣が豊富にいる優良な狩り場、他の場所では見られない貴重な薬草の群生地、ミスリルやオリハルコンの高純度の原石がゴロゴロ転がっている場所、探索に成功すれば莫大な報酬や強力な装備の素材が手に入る場所が多く存在する。さらに気候の変動が激しく、魔獣もAランクが数多くいるためBランクより上を目指す者にとって格好のレベル上げの場所でもある。
Aランク以上の冒険者の探索場所として、またはBランク冒険者が一攫千金を狙ったり、より上を目指すための修行の場として多数訪れ、彼等と彼等の持ちこむ素材が侯爵領の経済を支えている。
だが、“最果ての樹海”に『神域』が出来たとなると今まで通りにはいかなくなってくる。
『神域』はこの世界に幾つか存在する。例えば聖国ロンバルディアの首都に隣接している空に浮かぶ神峰エアロ。ドワーフ達の聖地にして大陸最大の鉱石の産出地である神窟ガイアス。そしてエアロは禁域として周囲一帯にいたるまで一切の立ち入りが厳禁。ガイアスで取れる貴重な鉱物は神々との協定により国によって厳重に管理されている。
今回の件で“最果ての樹海”と“竜の額”が立ち入り禁止になったり、持ち出せる素材に制限が掛かったりした場合、侯爵領の経済を破壊しかねないのだ。それ以前に結果がどうなるにしても、まず相手の神と交渉しなくてはならない。普通の人間なら卒倒しかねない事態である。
「勘弁して・・・・・・。」
思わずターニャは天を仰いだ。
彼女は最高責任者代理である。本来は彼女の上に軍人と文官の事実上のトップである騎士団長と行政官がいるのであるが、二人とも現在は王都に所用で出かけている。一応トップが残っているが、森で遭難して神様に助けられてたアレである・・・・・・頼りにはならない。
出来れば騎士団長と行政官が帰って来るまで待ちたい所ではあるが・・・相手は神。放置して何か問題が起きたら本気に国とか滅びかねない。火急的速やかに接触して話ぐらいは聞きたい所だが・・・・・・。
一応のトップの、状況が明らかに分かっていない呑気そうな顔を見て、深く溜息をつく。激しく不安だが、神へのツテは全く当てに出来ないがアレしかいない。自身に掛かる責任の重さにターニャは少々太めな自分の体重が倍になった様な錯覚を覚えた。しっかりしなければと自分自身に言い聞かせるが不安ばかりが大きくなる。
苦境に陥った時、人は過去にすがる。過去に乗り越えた苦難、共に手を取り合った仲間達との思い、そう言った物が背骨になり未来に立ち向かう力になるのだ。彼女の脳裏に騎士団に入ってからの思い出が浮かんでくる。騎士団員の入団試験、団員に成り立ての時の失敗、魔獣の討伐、戦争、口に出せなかった初恋の思いや先代侯爵への恩義や今は亡き朋友との友情。
そして、再び前を向いた彼女の顔には、困難へと立ち向かう確かな覚悟と決意があった。
とはいえ、そうそう上手くはいかないのが世の中というものである。というか、こうときに纏めてぶち壊すに来たりするのがこの物語の主人公であったりする・・・・・。
「や!!コボルト共が片付いたんで見に来ましたよ。ついでに飯も差し入れです。」
「あ、神様どうもわざわざ有り難うございます。」
「やーすいませんね。お、美味そう。」
「ポトフとローストビーフ、ついでに焼きたてパンとチーズも持って来てやったから有難く食べる様に。」
「ちなみに料理に使ったのは何の肉ですか?」
「ローストビーフには獄帝牛、ポトフに入れたソーセージにはジャイアントオークを使っているが?」
「あ・・・・そうですか(両方SSランクの魔獣ですか)。」
「あ、ルークの希望でステータスの上昇効果は無いから。」
「え、何でさ?」
「料理の力で強くなっちゃうと騎士としての精神が疎かに成るでしょう。あと、どうもヒューマンはコボルトやゴブリンと違って色々弊害があるって分かったから、強化したステータスに感覚が付いて行かないみたいなんだよね。なんというか適応力が無いみたいで・・・・・やっぱ実験は必要だよね。」
「「え、それって・・・・・・・・。」」
「まあ、特訓で矯正しておいたから・・・・気にするな実験台達。」
「「「言い切りやがった!!!」」」
そんな会話しながらもテーブルの上に積み上げられていく不穏だが凄く美味そうな食材を尻目に、唐突な展開に全く付いて行けないターニャさんのフリーズが解けるのはさらに数分の後、騎士団が食い物を巡ってガチバトルを繰り広げる寸前になる時まで待たなければならなかったとさ。
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「“巨竜の爪牙”?ああ、森の周りの山のことですか・・・・えらく大げさな名前付けてますね。別に、好きにしても良いいですよ。」
結局の話、ターニャの心配は数秒で解決してしまい、あんまりと言えばあんまりな展開に力が抜けてしまう。何か安心したら腹が減ったのでパンにチーズとローストビーフを挟んで食べる。凄まじく美味しかったのだが、残念な気分になってしまったせいでテンションは上がらなかった。ちなみに他の騎士団員は騒いだあげく食事中に埃を立てるという愚挙を犯したので、神の制裁を受け死屍累々な状態になっている。
だが、安心した所に爆弾を落とすのもこの物語の主人公であったりする。
「あ、そうだ。コレ市場に流して見てくれません?」
そう軽く言って亜空間から取り出されたのは数種類の牙や爪、鱗に骨、一言でいうならドラゴン素材である。
ドラゴン素材、一攫千金の代名詞であるそれは市場に出ることがあれば天井知らずの値が付き、それらで作成された武器やアイテムは凄まじい力を示す神秘の素材である。
製法が分かっている物だけでも万病を直しあらゆる肉体の損傷や精神まで修復する薬や、振るだけで大魔術に匹敵する炎や吹雪を生みだす武器、さらには局所的に天候を操ることの出来る宝珠など使い方によっては国家戦略にすら影響を与えることの出来る効果を持つ物が作れる。さらには多くの国家や個人が推進しながらも現在停滞気味である、新たな武器やアイテムの開発に多大な進展が期待できるだろう。
つまり、市場に出ると間違いなく国家予算級の金額が動き、下手すると国家騒乱の引き金にすらなりかねない火種をポンと渡されたのだ。コレは酷いムチャ振りである。
「とりあえずは火竜と氷竜、ついでにそれぞれの亜種である吹雪竜と溶岩竜の四種です。まあ、市場調査みたいなものなので気楽に・・・・・・。」
「できるかあああああああああああああ。」
結果として王都から緊急で帰って来た残り二人と共に、ドラゴン素材を巡る国家間を股に掛けた争奪戦の収集する羽目になる彼女であった。流石に悪いと思った神様がフォローしたためルーベンス侯爵領が被害を受けることは無かったそうです。煽りを食って幾つかの国家と組織が崩壊したのはご愛敬である。
衛士隊の場合
「新しい部署ですか?」
衛士隊十三番隊隊長ジリアは青いポニーテールを揺らして首を傾げる。
衛士隊とはルーベンス城塞都市の治安を守る存在だ。分かりやすくいうと戦闘力や防衛力に長けた騎士団が軍隊で、諜報力や機動力に長けた衛士隊は警察と言う所だろうか。必然的にガチガチな戦闘系の人材で固められた騎士団と違い、事態に即応性や柔軟性を求められるバランスの良い人材が求められる。装備にしても揃いの全身鎧にハルバードや大剣、大盾などが主武装である騎士団に対し、軽鎧や皮鎧に片手剣やショートソード、弓など非常にバラエティに富んでいる・・・・・統一感が無いとも言えるが。
その様な立ち位置である衛士隊であるためメンバーは少々癖のある人物も多く、そんな彼等を取りまとめる苦労人が今ジリアと話している大隊長である。歳の頃は六十ほどのいかにも曲者という感じの歳と経験を重ねた老婆である。
その中でも十三番隊は代々“優秀ではあるが扱い辛い”というのが周囲からの評価である。
「そうだ。ある場所の防衛と警護が任務となる。」
「え!!今度こそ左遷ですか!!!」
「「・・・・・・・・・・」」
何と言うか微妙な空気が流れる・・・・・・・・。大隊長は溜息をついて一言。
「・・・・・自覚があって結構なことだが残念ながら違う。」
「・・・残念ですか。」
再び微妙な空気流れるが大隊長はさっさと話を進めることにした。この問題児に文句を言い始めると確実に半日は掛かるからだ・・・・・優秀ではあるのだが。
事情を説明された彼女は・・・・・・・。
「辞めて良いですか。」
「ダメに決まっているだろう。」
彼女に言い渡されたのは“最果ての樹海”への直通通路の防衛と警護だ。何でも新しく神様が作った都市に通じているらしい。
「正気ですかその神様。“最果ての樹海”には神殺しの竜、地皇竜が居るんですよ。とばっちり喰らうの嫌ですよ。」
「・・・・・それがな。その神は地皇竜を倒したらしい。」
「・・・・・マジ?」
「・・・・・・・・・一応調べさせたが調査員が地皇竜の頭骨を確認している・・・・都市の中心にある大樹の幹に飾られていたそうだ・・・・・・・信じがたいことだがが事実であるらしい。」
「「・・・・・・・・・・・」」
・・・・・・先ほどとは変わった重苦しい空気が流れ、時計の秒針が三回ほど廻った後にようやくその沈黙は破られた。
「いやですよ!!関わりたくねえよそんなおっかない神様に!!!私まだ死にたくないですよ!!!!」
「しょーがないだろ!!!下手な奴に任せたら何が起きるかわかんねえし!!!優秀かつ死んでも良い奴となるとお前しかいないんだから!!」
「今思いっきり死んでも良いって言っただろ!!!ざけんな!!!!」
「神域の守護だぞ!!!名誉なことじゃねえか!!!あたしゃ死んでもやりたくないが!!!」
「本音ダダ漏れだぞクソババア!!!!!」
三十分聞くに堪えない罵詈雑言の嵐が続いたが、双方が疲れ果てることによりそれは終結。結局ジリア達十三番隊はこの仕事を押し付けられることとなった。
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二日後。十三番隊はルーベンス城塞都市を出発してその場所へと向かっていた。二十人いる隊員達の表情は一様に暗い。まあ、左遷どころか人身御供にされたとなれば無理も無い所である。
「はあ・・・・隊長そろそろ目的の場所ですが、どうなっているんですか?」
「何でも住む場所は神様が用意しておいてくれるらしい。まあ、どの位かはわからんが屋根位は付いているだろう。」
「私らも年貢の納め時ですか・・・・・・。」
「縁起でもないこと言うんじゃねえよ!!・・・・・ってアレ何だ?」
彼らの前に現れたソレはちょっとした村程の大きさを持ち、外観は近代の鉄筋コンクリート製のトーチカに酷似していて、ファンタジーな世界に置いて明らかに浮いていた。というより思いっきり前世の近代防衛拠点を参考にして作られているので似ているのは当たり前であった。周囲には水のたたえられた堀が張り巡らされ、外壁は非常に強固で継ぎ目のない一枚岩で出来ており対魔法対策でミスリルのメッキが施されている。
衛士隊は戦闘のプロではないが、戦時には偵察や諜報の役目も負うために城塞や拠点に対する知識を持っている。そんな彼等から見てソレは防衛力や使われている技術だけ見ても異常であった。堀の前で呆けていると跳ね橋が降りてきて中から誰か出て来た。
「あんたらが此処の警護を担当する人達ですか。とりあえず中を案内しますから付いて来て下さい。」
完全に空気に呑まれた彼等は大人しく付いていく。天井は透明な素材で出来ており日の光が差し込んでいて非常に明るい。
「何で出来てるんだ?あの天井。」
「神力で特殊加工した超高硬度魔水晶ですよ。見た目に反して頑丈でベヒモスが上空100メートルから落ちてきても傷一つ付きません。さらには通常の物理攻撃と魔術を反射しますよ。」
「「「え・・・・・・・・・。」」」
「ちなみに外壁は呪術処理がしてありまして、ある一定以上の攻撃を受けると自動で半径1キロの周囲を魔術で薙ぎ払います。属性は今はランダムに設定してありますが状況に応じて設定し直してください。」
「・・・・・・・何それおっかない。」
内部には事前の情報通り巨大な扉があり、その両脇に三階建ての建物がそれぞれ一戸づつ建っている。右側の建物の脇には厩舎や駐車場が、左側には鍛冶場や武器庫らしき建物がそれぞれ付随している。
「左側があなた達が寝泊まりする寮になります。右側が一般用の宿泊施設になる予定ですが建物だけですね。」
「・・・・・・凄いですね。」
自身の常識を遥かに超えた事態に、もはや全員が虚ろな表情を浮かべている十三番隊であった。そんな中辛うじて意志の欠片を残すことに成功しているのは隊長のジリアであった。このままでは相手のペースに呑まれるのは不味いと、会話の主導権を取り戻そうすために果敢に話しかける。
「ああ・・・・そう言えばお名前きいてませんでしたね。」
「クロエだ神様やっている。」
「「「え・・・・・。」」」
全員の時が止まる。その脳裏に事前に知らされていた此処の神様の話が浮かぶ。曰く神殺しの地皇竜をぶっ殺すバリバリの武闘派・・・・・・次の瞬間、十三番隊全員がジャンピング土下座という人生初の経験をするのだった。
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どんな状況にも慣れるのが人類という物である。一週間が経ち、十三番隊もこの場所での生活に完全に適応した。
午前7時ごろ、ジリアはいつもより遅めの起床をした。今日明日は休日であり緊急の場合以外は仕事は無しだ。城塞都市にいたころは月に二日も休めれば良い方であったが、この場所では“週休二日”とか何とかで週に二日の休みが貰える。
起きて洗面所にいって顔を洗う。洗った顔を拭いていると水道の蛇口が目に入る。これを捻ると水が出るだけでも凄いのだが、隣の蛇口からは何とお湯まで出る。最初に見た時はどこの王公貴族の部屋かと思った物だが、これと浴室が全ての部屋に付いていると聞いた時には一瞬気が遠くなったものだ。
服を着替え一階に下りる。一階には衛士の仕事場の他に24時間営業のコンビニ兼食堂があり、隊員達は三食全てをそこで調達していた。個室にも調理場は設置されているのだが、今の所自炊する隊員は皆無だ。いつもの通り食堂のドアをくぐると挨拶が頭の中に響く。
『おはよう。』
「おはよー。」
そこには店長兼調理師であるサッパリした格好をした骸骨、リッチがいた。なんでも元Sランク冒険者であったが“最果ての樹海”で死亡し魂だけになって彷徨っていた所を、人手不足解消のために神様によって復活させられたらしい。本人はもう戦いには懲りたらしく、料理人として余生を過ごしたいと神様に言った所、此処を任されることになったのだそうだ。アンデットなので疲れや体力とは無縁のため24時間営業な店を一人で廻している。
いつものセットを頼むとすぐに出て来た。ホットドックとハッシュポテトにコーヒーのセット、朝食の好みは隊員達によって分かれるがジリアはこれが一番のお気に入りである。食事は三食を十分に賄える金額を給料とは別に支給されていたが、一週間を待たずに殆んどの隊員が暴飲暴食で使い果たしてしまい、給料の前借りを頼み込んで来たのは苦い経験である。
食べていると夜勤の二人が欠伸をしながら食堂に入ってきた。夜は交代で二名が徹夜で警備に当たることになっており、彼等は徹夜明けでこれから飯を食って寝るのであろう。
「よう!!異常な掛かったか。」
「あ、隊長。異常無かったっすよ。これから飯食ってシャワー浴びて昼まで寝ますわ。」
「ああ、ご苦労さん。ゆっくり休んで。」
部下とのマメで地道なコミニケーションを嫌がらずにやるのが彼女の良い所であり、なんだかんだで部下の信頼も厚い。そうでもなければ隊員達が一人も逃げ出さずにこんな場所に付いて来るはずが無いのである。
朝食を食べた後、一応仕事場に顔を出す。緊急の事態やその兆候が無いか一応確認するためだ。仕事場では副長が書類仕事をしていた。
「隊長。神様がまだ暇だろうから新型のゴーレムを試してみてくれと。ゴーレム格納庫に運んであるそうですよ。」
「新型?」
「鹿と熊だそうです。」
隊には三体の騎乗用鳥型ゴーレムが配属されており、周辺地域の巡回に使用されている。このゴーレムは飛べないが馬よりも高速で走ることが出来て、馬が使えない悪路も走破が可能、さらには疲れも知らないという優れ物だ。徒歩なら数日かかる巡回が僅か数時間で済む様になり、乗り心地も良いので隊員達が先を争って巡回任務に付く様になった。ジリア自身も風になる様な感覚が気に入っている。
「それなら丁度私が休日だ。新型でちょっと遠乗りでもしてくるわ。」
「遠乗りですか・・・・いいですね。次の休みは私もやってみますか。」
「そう言えば他の奴らは?」
「休みの奴らは部屋でテレビでしょうな。ああ、マイカの奴は魔力タブレット端末で魔導書読み漁ってるんでしょうけど。他の奴らは真面目に訓練しているはずですよ。私もこれが終わったら合流する予定です。」
「テレビと端末って個人に一個づつ支給されてるけど、アレ買ったらいくらになるんだろうな。」
「・・・・・・・考えない方が健康に良いでしょうな。」
「違い無い。後はよろしくな。」
仕事場から階段を下りると地下空間がありゴーレム格納庫になっており、ゴーレムが並んでいる。見ると確かに見たことの無いゴーレムが二体増えており、その前で一人のスライムヒューマンが忙しそうに作業をしている。
「忙しいですか。おやっさん。」
「ん、ああ。もうすぐ終わるぞ。・・・・よし。」
彼の名前はスラ蔵さん。神域からゴーレムの整備や修理のために通いで来ているが、よく夜通しでゴーレムを弄っているため半分この場所に住んでいる様な物である。おやっさんと呼ばれているのはテレビの特撮の影響である。
「新しいのは動かせるかい。」
「ああ、両方動かせるぜ。新型は鹿型のが魔導砲を加えて戦闘力を上げたタイプでな。鹿の角に見えるのが魔導砲でな無属性の魔力弾を一秒に五発発射が可能だ。熊の方は機動力こそ下がったが、オリハルコンを使用した装甲と爪を主体にした近接攻撃、口からは炎のブレスを吐ける戦闘タイプになる。」
「それは凄いな・・・・・。」
「運用実験も兼ねているから使った後レポートを提出してくれ。」
「分かった。まずは鹿型からちょっと辺りを流して見る。」
ジリアが鹿型に飛び乗ると天井が少しづつ開きパトランプとブザー音と一緒にリフトが上昇していく。俗にいう発進シーンの様式美というヤツだがツッコミを入れる奴は誰もいなかった。そのまま拠点から少し離れた複数の発進通路からランダムに接続され、そのまま外へと走り出していった。
「ひゃほおおおおおおお!!」
その後、労働環境の余りの違いが衛士隊内部で問題になったりもしたが、押し付けた手前何も言えなかったとさ。
追加情報
衛士隊寮個室
2LDK
バス、トイレ別
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家電完備(テレビ、冷蔵庫、掃除ロボット、洗濯乾燥機)
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