表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

探索者シリーズ

探索者と軟体生物とダンジョン③

作者: 鰰家

 その世界は最初、白紙のキャンパスだったそうだ。

 今、世界を色で表すと二色になる。

 人間の色。

 人外の色、魔物の色。

 その二色によって額縁内は支配されている。

 挑み戦い破れ勝ち、殺し殺され、憎み憎まれ、連鎖の連鎖。

 互いが全ての敷地を塗り潰すために。

 元々、世界には人間色と白紙しかなかった。

 ところが、ある時代に魔物が世界に出現した。

 魔の時。

 王の代。

 魔王の時代の到来である。

 かつて魔物は大陸のほとんどを斡旋し独占状態だった。

 人間の行動範囲はわずかにしかなかった。

 ここまで一方的になった理由がある。

 その時代の「名」にまで上がった魔王のせいでもある。

 魔物の共通のルール。

 「強き者が上に立つ」。

 「弱者に発言権無し」。

 豪腕にして賢才、カリスマをもって下を率いる。

 最強にして最高の魔王。

 しかし、魔王が全てだったというわけではない。

 なぜなら大将が先陣を切って戦うわけではない。

 戦場を任せた将が戦う。

 将の矢面が立ったのは魔王に続く権力者。

 魔物を構成する十の魔族の長たちだった。

 それらが魔物を率いて各地制圧に身を乗り出していた。

 魔族たちは分布図を広げ、大陸の東の果てにまで人類を押さえ込む。

 覆るわけがない、この戦力差。

 そう思ったかに見えた世界の勢力はひっくりかえった。

 窮鼠猫を噛むがごとき反撃、火事場の馬鹿力を発揮し、魔族に一矢報いる。

 魔王の城までほぼ一直線による人類の猛進撃の末だった。

 魔王の「死」によって「魔王」の時代は終焉を迎えた。

 魔物の十の部族は人間達と停戦協定を結んだ。

 人魔和議協定。

 書物は今も、とある大事な場所に保管されていると言い伝えにある。

 そうしてまもなくして魔族は魔界に帰った。

 「人」の時代の到来である。

 人類がかつて失った分布図を取り返すべく大陸に足を運ぶ。

 魔族が残していった迷宮や集落、城といった奥の奥に魔物が巣を作っていた。

 魔物の巣。

 地下迷宮。

 魔物の群勢はいまも息を潜めて地下で這い回る。

 これらを駆逐し危険を退けて人類は色を広げた。

 半世紀から一世紀。

 人類活動領域セーフティエリアは大陸の52%。

 戦争が終わった。

 魔王がいなくなった。

 魔界に魔族が帰った。

 しかし。

 それでも。

 世界はまだ半分しか平和を手にしていない。


 ***


 世界には探索者以外にも有名どころとする職業があり、、あるいはそれを『称号』ともいう。

 勇者。精霊の加護を得た使徒。

 騎士。王血族を守護する守人。

 傭兵。金を糧に力を売る兵士。

 勇者、騎士、傭兵の順に難易度が重なっていく。

 勇者は精霊教から精霊の加護を授かる、もしくは王族といった上級階級から地下迷宮攻略という名目で勅命を受けた時点で「勇者」になれる。任務続行が不可能な身体状態になるか殉死をもって任期が解かれる。基本的に死ぬまで「勇者」という勲章はついてまわる。ビッグネームである。現在、世間に認識されている勇者の数は50にも満たない少数。それぞれの勇者は戦い方や生き様、持っている武器等によって二つ名が左右される。有名な勇者は「二つ名」と「○○(二つ名)の勇者」といった名前がつけられる。

 騎士は王族を守護する警備隊にも等しい。親衛隊という見方もある。王族だけという事でもない。国を守護する者もいる。武術に秀で、知慮に富んでいる。才色兼備。ガチガチに固められた鎧を身につけている(基本的に完全装備であるだけで、軽装という人もいるが少数)。大型な武器を持つ者が大半。魔王と戦ったとされる大国は騎士職が長年続いていることから一日の長を周国から認められている。だからといって、その大国のみならず各大国の騎士隊の長は豪傑揃いである。

 傭兵は騎士と勇者に比べると称号よりも職業柄の意味合いが強い。傭兵の役割はとても広い。用心棒、探索者の護衛、積み荷の送迎護衛、兵数の減少による期間限定雇用等。個人的な雇用から政治的背景と幅広い。また前者二職に比べ自由度が高い。勇者は地下迷宮の攻略、騎士は常に国内の護衛を義務づけられているのに対して傭兵は任期、任務内容を選択できる。最近は傭兵を集めて傭兵の人材派遣を目的とした会社ができたりしている。傭兵にも有名になると仕事先も多くなる。金をもらえるならなんでもやる、といった目的の人もいるために犯罪者レッド落ちしやすい。


 この地下探索時代において、その三つの職業が有名になった理由は存在する。

 勇者においては説明するまでもないかもしれない。元々有史で活躍していたおかげでもある。魔王の殺害の第一任者でもあり、世界を救ったかつての英雄。それが、今も地下迷宮探索において貢献しているのであれば有名にもなるだろう。

 騎士は人類活動領域の内における大国を守るシンボル。王族を守ることは民にとって光栄であることこの上ない。統治すべき主の膝元で力を発揮できるのだから。他にも、優秀な騎士達が集うこともあり、剣の腕もたつ。年に二回、夏と冬に騎士同士が腕を振るう大きなイベントがあり、それが大衆にも披露され普段は間近でみることのできない騎士の腕を目下でみることができるので観客は魅了される。そういったサイクルが騎士候補を募らせるのだろう。

 勇者は外、騎士は内。とはよく言ったものである。傭兵はその点に関して、自由度が高い。外にも内にも仕事があるのだから。失業者の中、こういった傭兵に流れていくのも致し方ない。

 傭兵。様々な現場で正規雇用者に混じる有給の兵士。強い者から弱い者まで。現在、世界(といっても人類活動領域内の)各国では人材がまだまだ不足している。そういった人材不足が傭兵という文化を生み出したのかもしれない。金を貰い現場で働く。職が無いなら傭兵に、という言葉も作られた。仕事は多いので、事実食いぱっぐれは無いだろう。

 傭兵業界は戦火や争い事に敏感なので、大きな戦いが起きると傭兵はそこに集中する。人類活動領域が30%の時代に、大きな魔物の移動による侵攻戦においては優秀な傭兵が活躍したとされている。


 勇者や騎士、傭兵が同時に活躍するという異例事態にして特例のパターンが存在する。

 遠方遠征「大迷宮」攻略。

 大迷宮。

 これについて言及する前に説明する必要がある。

 魔物は強い。

 人間は脆い。

 これはこの世界でも同じである。素人十数人集めても、ゴブリンには勝てないだろう。

 魔物に対する技術や経験において発生するアドバンテージは計り知れない。正しい角度でゴブリンの柔らかな肉質の部分に刃を全力でたたき込まなければ、致命傷にはならない。

 強靱な肉体で、人間のように片腕を切り落とされても何時間も動く魔物もいる。ゴブリンに限っては腕を切り落とせば、時間の経過による出血死で事足りる。

 しかし。前記したとおり、何時間も動く魔物もこの世界にはいる。その魔物に対する知識や経験が無ければ全滅することは間違いない。

 魔物は強い。これは覆らない。けれど、魔物に勝てないわけではない。勝率を更に上げなければならない。では、どうするか。

 それに対する打開策が「大迷宮」攻略である。

 最前線から魔物が闊歩する魔物達の世界の奥に点在するため、遠方遠征と銘打っている。

 人類活動領域から一歩外に出ても、魔物の世界の奥へといけば行くほど死亡率は高まる。

 「大迷宮」は奥にあるため、必然と人類がたくさんいる世界から離れるために魔物が強くなる。

 人類界の近くでは魔物は弱まり、魔物界の近くでは魔物は強まる。

 いつかにも書いたが、迷宮は魔物の力を強くする。

 「大迷宮」は魔物をもっと強くする。

 それでも、「大迷宮」攻略は人類の有史において十六度しか行われていない。つまり、次行われるのは十七回目。「大迷宮」の総数は未知。 

攻略達成における恩恵は凄まじい、「ボス」もまた鬼のように強いのだとか。

 「大迷宮」の死者はこれまでに1万人を超えている。少ないように見えるが、これは確認できている身元だけ。未確認者数を含めれば、その数は更に膨らむと目されている。

 そんな危険地帯に騎士、傭兵、そして勇者は探索者に参戦する。

 騎士は安寧と平和を。

 傭兵は手柄と名声を。

 勇者は経験と勇名を。

 探索者は宝と見聞を。

 各々の思惑は交差する。少数投入、少数精鋭をもって攻略に向かう。

 遠征の参加条件はいくつかある。

 過去に達成クリアを経験しているか。

 国王からの指名。

 仕事としての依頼。

 職業によって人材は様々なため、色んな人間が集まる。そのどれもが強いということは変わらない。探索者にとってこの遠征に参加することはどれほどの讃辞を送られることか。歴史に名を残すことは間違いない。

 要約すると、「大迷宮」攻略は歴史に名を刻むチャンスである。


 青年はそんな名誉ある「大迷宮」攻略に参加することを拒み、別のダンジョンを走っていた。

 今までにジメジメした地下深くとはうってかわって石畳に石の柱、石造りの天井。石材を中心とした造りは新鮮そのもので、むしろ良い体験であると思われる。

 下に下にと進んでいくのがダンジョンだと思っていたのに青年が進むのはずっと平行線が続いている。地下に降りるのではなく、奥に奥にと進むダンジョンの形式も又青年にとっては初めての体験である。

 ここまでの道中で財宝は見つけなかったが、このダンジョンでの体験は今後生かせるであろう、と青年は己に言い聞かせる。彼も人間だ、本音を言えば宝を見つけて後の旅の資金に充てておきたいところだった。しかし、本来の目的は違う。隣にいる魔法使いが戒めるように呟いた。

「早くユニコーンを見つけましょう」

 そう、青年は一角獣の角を探しに来ていたのだ。


 ***


 青年は傷が癒えてきたのを見計らい移動を始めていた。

 全ては「大迷宮」攻略への参加を回避する為である。青年が出した答えは「不参加」である。くだん達成クリアしたダンジョンの功績は青年だけの力ではなかったと思っている。むしろ不当に得た功績ではないかとも感じている。元々、手負いのようにも思えたボスの撃破にしか過ぎない。

 青年自身の矜持プライドがそれを許せなかった、濡れ手に粟、の戦績にしか考えられない。遠征には参加しないこと、これが青年の下した判断である。

 ベルンから離れて次の目的地を目指す事に決めた。旧知の友がいるとされる大国とはまた違った形式で有名とされる自治区へ向かうことにした。道中で魔物―――モンスターに出会うこともなく、自治区へ後数日という地点で問題が発生する。

 今まで万全が続いたとされるスライムの体調に急激な変化が起きた。

 水やコケを主食とするスライムが大好物である(最近、青年が見つけた)砂糖水を全く飲まない程の落ち込みとなる。

 食糧を食べないからといって、何日間にも渡ってスライムが何も食さないとなると大問題である。モンスターに対する知識は持っていても、モンスター自身の知識とはまた別である。

 例えるならば、パソコンを造る知識とパソコンを扱う知識では工学に関する知識と操作に関する知識という風に違いが発生するようなモノである。それらは全くの別物だし、同じ枠内やカテゴリーには入らない。

 青年は焦った、自らの命に押し迫る焦りといった感覚とは別に。自分がスライムと共に旅していることはごく数人の仲間である探索者にしか知らせていない(魔王娘をカウントに入れるか入れないかは悩みどころだ)。

 モンスターと一緒にいるという事自体が人々の畏怖の対象に成りかねない。モンスターは平和を乱す化け物、という偏見が人の中での常識になっているからだ。

 青年は自治区への道を急激に変更して、スライムの体調修正へと奔走する。結果は芳しくなかった。一日、一日とスライムの身を削るように時間が経過する。

 少しは水を吸収たべるスライムだが、それでも今までの吸収量に比べれば微々たるものである。

 体調を崩してから一週間が過ぎてから、スライムへの処置へ光が見えてきた。魔法大国付近の集落外れに住んでいる有名な薬剤師ならば効くのではないかという話が青年の耳に入ってくる。

 その話が入った訳は、ちょうど一週間前に友人に当てた手紙の返答が返ってきたからだ。

 変更した通り、自治区への道から反れて魔法大国付近への指針へと変更する。目標もなくウロウロしていた足取りは、目的が生まれることによって軽やかな足取りへと変わった。

 四日という時間をかけるところを昼夜問わず歩き続けること三日で、魔法大国全てをぐるりと覆う巨大な外垣が見えてきた。

 魔法大国は国外への魔法技術の流出を制限すべく、巨大な破壊不可能、よじ登る事も不可能な塀で国全体を全て囲ったのだ。無論、国内へ入国する事は可能である。

 魔法大国にある東西南北にある巨大な門と小さな門が備わった入国管理所を通過することで入国できる。但し、入国は簡単だがいざ出るとなると困難という程に難易度が跳ね上がる。

 入国者ならば検閲をいくつも繰り返してようやく出ることができる困難、大国内の出身者となると何十枚にも及ぶ書類が必要とされている。

 では、空から進入すれば良いのでは無いかという結論になるが、球体上の魔法壁が魔法大国の空を防ぐために空からの進入も不可。

 徹底した鎖国ぶりから、魔法の技術が国外へ出ることは少ない。

 かろうじて近年では物を出し入れする事が便利で有名になってきている水晶クリスタル魔導装飾マジックコーティングされた武器といった「商品」が輸出されているくらいのものだ。

 魔法大国の別名は「鎖国国家」と呼ばれて、的を射ていると自分は常々思う。

 巨大な鳥籠にも見えてならない塀を眺めながら、薬剤師が近くに住むという集落へと向かう。  

 更に半日かけて集落に辿り着いたときには、疲弊しきった体から青年は立ち上がれなくなる。

 仕方なく一日を休もうとするが、苦しんでいるスライムを見ると不思議と力が腹の底から湧いてきた。宿屋の利用を諦め、薬剤師の元へ向かう最中の集落で変わった噂を聞いた。

「薬剤師は魔法使い?」

「そうさ、人を材料にして自分の研究の贄とするんだよ」

 道端で集落の外れに向かうところで初老の男が話してかけてきた。どこへいくんだ、と聞いてきたから、薬剤師のところへ行く、と伝えると途端に話を始めた。

 集落の一員と思われる初老の男が話したがりなのか聞いてもいないことをペラペラと話してくれた。外から来た旅人がそんなに珍しいのか、事情をしゃべる。

 それとも、薬剤師のところへ行かない方が良いと遠回しに言ってくれていたようなニュアンスにも聞こえないことはなかったが、スライムを助ける手がかりが自力で見つからなかった以上は友人の話の薬剤師を頼る他選択肢はなかったのだから。

 ここまで来て、そんな話を聞いても引き下がるわけにもいかなかった。初老の男に軽く会釈と礼を申し上げて別れを告げた。

 初老の男の話曰く、薬剤師ならぬ―――魔法使いは一人で住んでいるとか。

 薬を取り扱っているらしく、腕は良いらしい。集落で重い病にかかった重病人が最後の頼みの綱として魔法使いに助けを求めると、その日の内に薬を届けられる。薬の程は効果覿面で、正しく処方すれば病は立ちどころに治ってしまうとか。

 そこそこ、名が知られ渡っているということだが、友人が知っていたことと初老の男の話から裏付けは取れた。

 小屋の前に来て、戸に触れようとしたところで再度、気づいた。

「緊張するな……」

 フードの中に入って弱々しく体を丸めているスライムに触れながら、手が震えてくる。薬剤師に会うのではなく、魔法使いに会うということを想像すると自然と胸の鼓動が早まってきた。

 生涯で魔法使いと出会ったのは二度しかない、それも探索者にもなるなんて考えていなかった遠い日の記憶だ。記憶は薄らぎつつあるし、本当に魔法使いだったのかも疑問な二人だったから。

 つまり、もしかしたら今から出会う薬剤師ならぬ魔法使いが正真正銘の最初の出会いかもしれない。

 意を決し戸を開いた先で待っていたのは毒毒しい緑色の液体が入ったフラスコを覗き込み、木綿の生地の服の上から裾が長く、腰を通り越して膝の近くまである白い服を着た人物が立っていた。

 中性的で均等のとれたはっきりとした目鼻で男性でも女性とも取れる。どっちの性別であっても違和感は無い美形だった。

「おや?」

 一人暮らしだと聞いていたが、情報に真実かどうか青年には聞く必要があった。

「薬剤師、ですか?」

 いきなり魔法使いと聞くのはいけない。最初に聞いていた認識を固定したまま目の前の人物に尋ねたが、目を丸くしていたのは突然の来訪だっただけのようで落ち着いた物腰で彼、もしくは彼女は言った。

「いいえ、魔法使いです」

「……魔法使い?」

 何かの間違いではないかと聞き返してしまった。自らが公認しているならば、もう目の前の人物は魔法使いで確定しているわけだ。

 魔法使いはニコリ、と笑って近くの空いた木製の椅子に座るように促してきたので黙って腰をかけると、魔法使いに面と向かってスライムについて発言しようとすると遮られた。

「僕の性別はどっちだと思いますか?」

「は?」

 聞き直してしまう。しかし、これは染みついた自立行動が原因だ。理解不能な質問には聞き返す事を前提に話を進めてきた自分が行う言動だ。

 魔法使いの言葉を飲み込んで、頭の中で咀嚼する。

「だから、僕を一目見て男か女……どっちだと思いましたか?」

 悩んでしまう。どっちの性別でも通ってしまうような顔立ちで、服装からは白い服のせいで分かりにくい。それに、凹凸が少ない事から女性らしさは薄れる。

「凄い目つきですよ?」

「ああ、悪い」

 自分がどういう目で魔法使いを見ていたのか分からず、視線を外して思考の海へ投身する。

 今回ばかりは真剣に思考せざるを得ない命題である。見れば見るほどどっちの性別か分からなくなってきた。

 こうして見ると、線の細い体といい肩幅は狭く男とも言いにくい。容易に発言してはむしろ魔法使いを傷つけてしまうのではないかと考える。

 ここでの正解は沈黙が答えであろう、向こうが痺れを切らして答えを言うのを待つべきだ。

「正解は」

 答えが言うのを押し黙って、耳に届くのを待つ。自然と膝の上で握っていた手を握りしめてから開く。

「男」

 どうやら、彼、のようだ。心の中で少なからず湧いていた期待を払う。青年も男なのだから。整った容姿から、もし女だったらと期待はしていた。

 青年は本題に入るべく思考を切り替える。

「頼みがあります、魔法使い」

「聞きましょうか」

 スライムを助けるべく、ここまで来た経緯を全て残らず打ち明けた。信頼足るには真実を包み隠さず話さなくてはならない、という青年の持論だ。


 スライムへの害が無いことを伝えなくても魔法使いのスライムへの敵意は話していても分かりきっていた。良い印象でも無かったが、話が進むほどスライムが青年と信頼で結ばれている事が分かると印象は変わっているようにも受け取れた。

「事情は分かりました、スライムに処方する薬はあります」

 希望の助け船が来たのだと安堵する青年だった。が、魔法使いの発言で安心の表情は崩れを見せる。

「条件があります」

 静かに言い並べた魔法使いの言葉は青年の胸に突き刺さり、溶け込む。

 当然だ、この世界はギブアンドテイク。物には対価が発生するのは至極当たり前のこと。

「何をすればいい?それとも払えばいいか?」

 金の問題なら簡単に解決できる。

 換金し損ねて、今も余っている8割近い(旅費や情報集めに一割近く使った)黄金が自分にはある。請求には応じるだけの財宝を自分は持ち合わせていると自負している。

 しかし、予想していたのは金ではなかった。

「僕が造りたい、と考えている薬の材料を一緒に探しに来て欲しいのです」

「材料探し?」

「はい」

 ニッコリと頷く魔法使いからきな臭い危険の香りが漂ってきた。しかし、スライムの症状に対する薬がある、と断言された今である。

 スライムの体調が死に直結するかは分からない以上、早急に薬を受け取り与えなくてはならない。予断をする暇も時間もないのだ。

 どんな条件であろうと飲む、と決めて承諾の意を伝えると魔法使いは嬉しそうに笑った。

 惹きつけるような魅力がある笑みに、同姓ながら心動いたせいで青年の精神にショックを与えていた。魔法使いの知るところのない余談である。

「探索者でしたね?」

 自分は黙って頷くと、自分の職業にあった条件に驚きを隠せない顔をしたに違いない

「この集落の近くにある既に達成クリアされたダンジョン内にある、ユニコーンという魔物の角を取りに行きましょう」


 ***


 こうして自分はかつての名高い探索者によって達成クリアされたダンジョンに魔法使いと共に訪れていた。材料を探すべくダンジョンの奥へと向かう。二十四番目に達成クリアされたとされているところだ。集落から1km近く離れた所にそれはあった。

 以前、自分が達成したダンジョンみたいに洞窟のような大穴が開いているのではなく、石造りの建物が森の入り口に佇む。森のせいで全体像が掴めない奇妙な印象を感じた。

 入ってみると前記していた通りに、下ったり登ったりの様式ではなかった。ひたすらに奥へと探索していく広域型のダンジョンである。

「潜って、もう二日になりますね」

 ダンジョンの中では日にちの時間感覚が麻痺する、定期的に確認しなくては自分が何日潜っていたか分からなくなる。

 白衣(という名前だと魔法使いから聞いた)会ったときに着ていた服とは打ってかわり動きやすい活発そうな服に着替えていた。

 二日、という時間の流れからスライムの安否を考える。魔法使いの話だと、症状からスライムは魔物の軽い病気にかかっていたらしい。人間で言うところの風邪みたいなものだが、放っておけば免疫力が低下して別の病気を併発していたかもしれなかったらしい。

 命に関わるものではなかった病気で良かった、と心底安心した。小屋に帰ってくるまで時間がどれくらいかかるか分からないから、前払いで魔法使いから薬を貰っていた。スライムに薬を与えて、ダンジョンへ出発。

 スライムは小屋で待機、食べ物である水やコケは十分に置いてきた。必ず帰ってくるから(言葉を少なからず理解してくれたのが嬉しかった)と言い聞かせた。

 スライムが回復しているか心配だったが、魔法使いが、

「僕の薬だよ、きっと回復しているさ」

 その自信と腕が周りへの評価と信頼の基盤となっているような頼もしい一言だった。

 その一言のおかげで、安心できたような気がした。気がしたのではなく、もしかしたら安心していたのかもしれない。


 達成されたダンジョン内のモンスター数は激減する。遭遇率も低下し、モンスターの個体の強さも弱まる。

 達成済みのダンジョンが探索者に使われるのは、こういった大幅なモンスターの弱体化が大きい。

 そこから、青年だけでもモンスターとの戦いに苦労することが少なかった。むしろ、苦労している場面の方が無かったのではないかという、快勝を納めている。

「強いんですね。これならユニコーンも楽なのでは」

 自分自身が驚愕していた。こうも、上手くモンスターと難なく戦えていることが。

 もしかしたらモンスターとの戦いで経験や力量が上がって来ているのではないかと、青年の気分が高揚する。

 道中、魔法使いの手を借りることなく青年一人だけで戦ってきた。もしかしたら魔法使いは「魔法」が使えないのではないかと疑念に駆られたが、傷を負った時に「治癒」と目される魔法を青年にかけてくれた事から魔法使いは「魔法」が使えないという疑問は無くなった。

 回復の一つとされる「治癒」魔法の詠唱を唱えると、魔法使いの掌にうっすらと光が発生し、傷ついた青年の体表面の細胞を促進させ、傷口と出血を塞いだ。回復に時間がかかるのに対し、魔法は奇跡の産物だ。一瞬にして傷口を塞いで見せた。

 口を開けて、圧倒されたのは勿論である。目の前で行われた神秘の体験だ。

 唯一、青年が残念に思うことといえば「攻撃」に使う魔法を見ていないことだった。

「……いないな」

「いませんね」

 ひたすらダンジョンの中で出現するユニコーンを待っていたが、三日目の今日も終ぞユニコーンは出てこなかった。


 ***


 粘りに粘ること、5日目の終わり、というところで待っていた得物が現れた。

 戦うに適した広い空間なら都合が良かったが、一本道の通路のど真ん中に立っていた。

 地上にいる普通の馬よりも大きい体長、美しい白い毛並み、力強さを感じる立派な蹄。何と言っても、別名「一角獣」とも言われているに相応しい一本角。

 螺旋を描く表面から十分な硬度と強度を感じる。見たこともない現象が起きていた。

 青年はユニコーンを仕留めるべく先制攻撃に繰り出す。共に居た魔法使いが何かをしゃべっていたようにも思えたが、聞く耳を持っていなかった。モンスターを見れば先制で叩き潰す習慣が身に染みている。

 角さえ手に入れば良いというのが、今回の第一目的。切り落とす為には角の堅さを推し量らなければならない。片手で振るうのではなく、両手で柄を握りしめて体と腰の力の流れを生かして力強く振った。

 ガキィィン、と金属と金属がぶつかり合ったような音が耳をつんざく。想定していたよりも強い反動を受け、握っていた手が痺れる。距離を取らければならない。脚への切り返しに返す刀でロングソードの軌道を下方へと撫で斬ろうとした。

 だが、ユニコーンに体当たりをされたわけでもないのに自分の体全体に不可視の力が直撃して、軽々しく吹き飛んでしまう。理解不能な謎が起きて、思考が止まる。

 体全体のバランスを崩したところへ、ユニコーンが両前足で青年の頭蓋を踏みつぶすべく行動していた。後ろ脚で一時的に擬似的な二足歩行で支点を保った状態で、浮いた前足が頭へと踏みつぶす。

 格好悪く、もがくように横へと必死に転がる。回避したすぐ横の地面ではユニコーンの蹄が石畳の床を踏み抜いた。蹄の形がくっきりと地面に食い込んでいた。ぞっ、と恐怖が青年の神経に突き刺さる。ゴロゴロ、と転がって距離を開いたところで立ち上がろうとするが、ユニコーンが追撃してくる。

 ダメージを覚悟して、ロングソードを前に構える。ユニコーンの攻撃は止まった。いや、止まらざるを選択しなければならかったのかもしれない。自分の頭上を強風が過ぎ去った。

 ユニコーンの角から発せられる白光が強く輝く。強風がユニコーンのほんの二歩三歩手前で消えてしまう。何だ、これは。

「戻るなら、今ですよ」

 魔法使いの声を受けて、後ろに後退する。改めてユニコーンを見る。一角獣の周りを白い光がうっすらと膜を張るように明滅していた。一本角は一層強く白い光を発光している。

「あれは、第五元素エーテルですね」

 魔法使いの話によると、魔法に使う源の一つが引き起こす現象らしい。それが意味する符号が頭の中でかみ合う。

「ユニコーンは魔法を使うのか!?」

「はい」

 魔法を使うモンスターがこうやって達成されたダンジョンに出現することにも驚かされたが、今から戦わなくてはならないことを思い出すと胃が重くもたれた。

「どんな、魔法を使っている?」

「魔法現象反射と物理攻撃の耐久の壁ですね」

 でも、と付け加えて彼は言う。

「衝撃を与え続ければ、壊れます。けど破壊するには打撃しか無いのです。魔法で削ることは出来ますけど」

 そう言って魔法使いはユニコーンの視界に入る。それに気づいた一角獣は縄張り意識から敵意を剥きだしにして、先程聞いた通りに透明な膜にも似た壁を自分の周りに作り出す。

 あれを受けたせいで剣戟が阻まれたのかと青年は理解する。

 壁を看破していた魔法使いは詠唱する、と彼の周りにダンジョンの中だというのに強い風が吹き荒れ、風が視認できるほどの固形となり刃の形と変化して壁に襲いかかる。



 探索者は魔法使いと戦うな。

 探索者は理を扱う者達、つまるところ魔法使いに勝てないとされてきた。

 絶対に勝てない、という名目でないところがこの相対の厭らしい勝率である。探索者が日夜潜るダンジョンという世界では「攻撃性のある魔法」を使うモンスターの総数が少ない。少ないどころか、会う方が難しいとされている。

 モンスターにも「理性」があるモノの方が少ない、と見られている。魔法は「理性」と詠唱が必要であるから。

 魔法使いに探索者が負ける敗因は二つ。

 敗因を説明する前に、探索者に最も多いとされる負けパターンというモノが存在する。

 「攻撃性のある魔法」というモノに触れる機会の少なさ、から相手取られた時に魔法に対して熟練の経験か正しい知識が無いパターンが多い。

 目の前で起きている現象が何であるのか、を理解することができない。

 突然の大火球の到来による大火傷。

 突然の大岩石の出現による大怪我。

 対処する間もなく、そうして勝つ為の戦いをすることなく戦いが終わる。否、戦いと呼べないほどの一方的な猛攻で、探索者の敗北によって。

 そう、敗因の一つは魔法への知識不足。魔法への対処や知識を十分に持ち合わせている探索者ならば勝つことも不可能ではない。只、それをすることのできる探索者の人数が少ないことだけが原因だ。

 もう一つは近距離武器を使う探索者が多いことだ。魔法は遠距離からの詠唱によって攻撃が可能。探索者が距離を詰めなければ、ひたすらに回避を強いられる展開になることは必須。埋められない距離が大きすぎるし、遠すぎる。

 探索者にとって幸運なことは魔法使いと全然、出会わないことだ。魔法使いの出身は基本的に魔法が有名とされる大国に集中している。魔法大国は魔法の才能がある人材が流出を極力抑えられている。

 国外に魔法使いが出てくる事が少ない、これが一番であろう。国から出てこないのだから、遭遇しないし戦わない。その流れを受けて魔法使いとの交流、対戦が少なくなる一方である。この「三無い事情」から魔法使いと魔法への知識が減る一方だ。

 

 だから目の前で行われる「攻撃性のある魔法」を見ることがいかに貴重か分かる。

 治癒や青年が使っていた探査魔法は我流でも辿り着けるレベルの魔法だが、攻撃魔法となると別。知識や魔導書、師としての魔導師からの指南が無ければ使う糸口すら掴めない。

 風の刃はユニコーンが展開した壁に弾かれると空気中に霧散する。刃が壁に激突した時に、ユニコーンの角が強く光り輝いた。

 魔法使いは詠唱を続けて、風の刃を次々と造ってはユニコーンへと向かう。だが、壁に激突すると前の刃と同じように空気へと霧散していく。

「僕の合図で走ってもらえるかな」

 魔法が繰り出す奇跡に見とれていた。魔法使いの声に我を取り戻して、言葉に耳を傾ける。

「それは良いが、どうすれば良い?」

「思いっきり壁に向かってぶちかましてくれれば良いから」

 それだけでいいのか、と切り返して聞いた。命令系統が単純すぎて逆に懐疑的になってしまう気持ちがあった。問題ないよ、と頼もしい答えが戻ってきた。頼もしすぎる。

 旋風の嵐でユニコーンは移動を制限されて、その場で釘付け状態だ。戦いを始めてからずっと風の魔法で壁を削っていることになるが、青年の目算ではどれくらい削っているのか見えない。

 ロングソードを握りしめて青年は待機をしている。猛風は吹き荒れていく。

「今、ですね」

 青年は合図と共に走り出す。魔法使いの風が止んで、青年の体が魔法によって傷つくことはなかった。風の攻撃を受けて足止めを食らって、ユニコーンの一本角は発光現象が弱くなっていた。馬の表情を見ても変化を確かめられない。けれど、最初の接触に比べてユニコーンの呼吸が荒くなっていたのは容易い。

 透明で白い膜はもっと薄くなってきている。膜へと右肩を支柱に右半身全体でぶちかませば、見えないというのにハッキリと感じる体感は奇妙で気持ちが悪い。膜(というか壁)が壊れて、空気中に消えていく瞬間は破片となった膜が光に反射して輝いて、そこは素直に綺麗だと思った。

 ユニコーンが自分の危険を察知して逃げるべく下がっていく。魔法を作り出している源泉である角を破壊―――いや破壊してどうする。せめて、根本から折るべきだ。

 腰の捻りと脚の踏み込みの同時動作から力の流れを剣先に伝える。薙ぎ払いの軌道は角の根元へ真っ直ぐに横一線した途端に、ユニコーンが悲鳴を上げた。弾かれなかった。斬った手触りが奇妙で、角の根元を見れば切り込みが入っている。角の傷の間から光が漏れて、さきほど角全てを包んでいた光と比較すると弱々しくなったものである。

 初撃の反動よりも柔らかくなった事には理由があると仮定した。二撃目で確実に折るべく、剣を振る体勢に戻す。振り切っていた線上から、ロングソードを引き、力を込めた。

 今度こそ、さくっ、と切れ込みに切っ先を入れた事で角をユニコーンの頭から切断してしまう。空中にくるくる、と光を失った一本角は主を失って宙を舞う。

 切り落とされた角があったはずのところから、光の粒子があふれ出ていく。ユニコーンが苦しみ雄叫びを上げた。

「ヒィィン―――――!!」

 暴れ馬からの追撃を恐れて、体勢を立て直す。だが、体勢を立て直すべきではなかったのだ。

ユニコーンが頭を下げたまま懐に突撃してきた。角が折れていて、串刺しにされなくて良かったと考えたのは誤りだと次の瞬間に思い知らされる。

「がっ、はっ……」

 瞬きをしている間に天井へと体がたたきつけられていた。どうなったんだ、と思考する間もなくすぐに気づいた。ユニコーンの首がテコの原理を使って、青年の体を上へ跳ね上げた。肺に溜まった空気が全部、衝撃のせいで吐き出される。

 背中がみしみし、と骨が軋む。せっかく直った傷にやけに響いた。

 魔法が無くなっても、角が無くなっても。ユニコーンはまだまだ戦えるということだ。手の中にあったはずの感覚は消え失せた。握っていたはずのロングソードはどこかへ消え失せた。

 世界を縛る重力が地面へと青年をたたき落とす。落ちてくる青年が見たのは、ユニコーンの白毛。死の危険が地表で待っていた。

 数秒しかない、考える時間は無情にもあっさりと過ぎ去る。次のユニコーンが繰り出す攻撃は何にせよ、落下してくる青年を狙い打ちできる位置にいた。

 一角獣の視線が目の前の男の怒りに向けられているおかげで、気づけなかったのだろう。

 詠唱を終えている魔法使いの指先から、真空波に似た性質を持つ風の鋭い刃が放たれ、ユニコーンの体を容赦なく切り刻む。白い壁の恩恵を失ったユニコーンは防ぐ術もなく、無惨に体を切断した。

 針を通す絶妙なコントロールによって一角獣の体はバラバラに分解されていく。ユニコーンだった肉塊は地面に落ちて、その場に赤い海を広げた。

 べちゃり、と赤い海に飛び込んだ青年は魔法によって助けられた事に感謝した。もし、あそこで助けが入らなければ、重傷を負う攻撃がユニコーンによって与えられただろう。

「助かった……」

 その一言と一緒にため息をはいて、近くにある紅に染まってしまった紅白色の角を拾い上げる。魔法使いが笑顔で近くまで歩いてくる。役目を終えてこれで帰れると考えると、尚更疲れが蓄積していく。これでスライムの元へ帰れるんだ。

 グッと、精一杯の力を込めて掌の中にある角を握りしめた。


 ***


 夜。集落の外れの小屋の中、応接間で対面しながら魔法使いと青年は椅子に座っている。

 今は静かに休んでいるが、薬の副作用の影響で時折スライムは暴れたりした―――所詮はスライムの暴乱なので簡単に止めることができた。

 すっかり元気を取り戻した友人は、今しがた食事を終えて自分の掌の上に乗っている。ゲル状にも似た水の体から心地よい感触や手触りが伝播する。スライムは与えられた薬を飲み、体調を以前のように取り戻している。

 青年はいつものスライムの様子に安堵した。

「妬けるね」

 魔法使いが頬杖をつき、椅子に座ってこちらを見ている。楽しそうにニヤニヤと彼は笑っていた。

「言葉の意味が分からない」

 魔法使いが自分とスライムに向けて、その言葉を言ったのならば理解できない。困惑を浮かべた顔なのだろう、今の自分は。

「君の事は結構、気に入ったんだけどね」

 一角獣がかつて頭から生やしていた角を、魔法使いは手で弄び、こちらを見てそう言った。

 寒気がした。いくら美形だからといって、男の趣味は無い。

「遠慮しておく」

「ははは」

 魔法使いは笑っているが、目が笑っていなかった。もしかしたら、真剣マジだったのかもしれない。

 笑っていた表情を崩して、真顔をこちらに向ける。

「実は、これの話だけど」

 一角獣の角を目の前に差し出し、見せつける。紅白色になってしまった角も、磨かれて本来の白色になっていた。

 こうしてみると、綺麗な白色の角である。工芸品の材料にも使えそうだ。

「相場から言うと、君にあげた薬なんかじゃ釣り合わないんだよ。これ」

 魔法使いがスライムの薬を持っていた事も聞きたいところではあるが、喉から出そうになった言葉を堪える。

「一角獣という魔物は出現率が低くて、有名なのは知っていたかい?」

 首を横に振る。というか、魔法を使う事すら知らなかったのだ。そんなことは知らないに決まっている。

「5日で出たのはむしろ幸運な方だね。下手すれば一ヶ月は出なかったかもしれない」

「そんなものを、よく探しに行こうと思ったな」

 本音がうっかり出て失礼だったか、とすぐさま思ったところで魔法使いが、君と一ヶ月いるのも悪くは無かったよ、という発言でそんな考えは簡単に風と共に流された。

「貴重な品だから、薬だけじゃ心なしか申し訳なくてね」

「スライムが助かったから、別に構わない」

 青年の言葉を聞いて魔法使いは怪訝そうに眉をひそめる。目を細めて、青年を見つめてみる。

「欲が無いんだね、君は。そうだ」

 魔法使いが立ち上がり、奥の部屋へ消えていく。しばらくして、戻ってきた彼の手には古びた本を持っていた。

「魔法を君に教えようかい?」

「魔法を!?」

 ドクンッ、とその三文字の言葉に強く心惹かれた。子供のように目を輝かせる青年を見て、魔法使いはクスリと笑う。自らが笑われていることに気づき、青年はゴホンッと咳払いをして誤魔化した。

「才能があるか、無いかは君次第だよ」

 願ってもない申し出に青年は何度も頷く。

 探査魔法といった補助以外の魔法を取得できることが、これからの戦いやダンジョン探索でどれほどのアドバンテージを掴めるか。

 何がなんでも取得だけはしておきたい。次の戦いで楽をするためにも。

 魔法使いが語る言葉をしっかりと聞いている。魔法使いは本を片手に補助魔法を教わった時とは「別の」魔法の基礎から教えてくれる。新しい知識と力を身につけるために耳を傾ける。基礎を学び、「魔法」を使うべく実践する。失敗を繰り返し、成功をつかむため。

 夜はこうして更けていく。


 ***


 森の中、青年は自治区へ向かうべく獣道を歩いていた。

 魔法使いの小屋は一日だけ休んで後にした。薬剤師と呼ばれているだけあって、色んなクスリ(それはもう色々あったから、逆に恐怖を感じたのは青年の胸の内に秘めているだけ)を貰った。無料タダではもらえないので、いくらか代金は支払った。

 本当はもっと休みたかったのだが、あれ以上魔法使いと一緒に居ると駄目な気がしてならなかった。青年の危険信号が赤になりっぱなしで家を出るまで青にはならなかった(小屋の近辺ではずっと黄色だったような気がする)。

 スライムは青年の着ている服のパーカーの中に入り、いつものポジションで落ち着いている。

 ぷよぷよとした体の表面からは何も窺い知れない。けれど、このスライムと青年の絆は死線を乗り越えて強くなってきている。

 遠方遠征「大迷宮」攻略を断った青年がこの行く先で何が待っているのかはまだ誰も知らない。

 探索者とスライムは旧知の友がいる自治区をひたすら真っ直ぐ向かう。




「……あいつ」

 その歩いていく青年の後ろ姿を見ている女が居た。

 服装は動きやすそうな格好だった。下はハーフパンツで、白の肌着に上から袖の長い黒い上着を着ている。両手にそれぞれ、短剣を握りしめている。髪は後ろで括ったポニーテール。

 ポニーテールの名の通り括った髪の尻尾を揺らしながら、殺意と敵意と復讐の視線を込めて青年の後を追う。

ようやく③に辿り着きましたが、まだ③ですね

②からずいぶんと時間が経ってしまいました

サイドストーリーを書いたり他作品を書いたりしていました

④が書かれるのはいつになるやら…


今回ようやくファンタジーの王道である「魔法」を出せました

それに伴って魔法使いも出てきましたが、彼についてはまた色々と追記していきたいです


誤字脱字があるかもしれませんがご了承下さい

それでは、これで失礼します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ