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偶然の産物

作者: 生野

 夏休み、である。

 一ヶ月以上ある(ただし北海道などの寒冷地を除く)からたくさん遊べると思いきや、宿題というイヤなトラップが待ち構えている。

 ドリル。これはまだいい。何人かで分担してやって、写しあいをすればいいのだ。ただし、時々わざと間違えることを忘れてはいけない。目ざとい教師は少なくない。バレたら呼び出し確実、親まで呼び出されかねないので注意だ。

 書き取り。これもまだいい。根性さえあればどうにでもなる。

 観察日記。恨みがあるにはあるが、あまりに個人的すぎるので割愛。

 読書感想文。滅びてしまえ。読みたい本を読むのではなく、ウケのいい本を読んでウケのいい感想を書かなければ評価されないなんてどうかしている。読みたい本を読んで書きたいように感想を書いた結果、再提出を命令されたのが知り合いにいる。他にも読書感想文への恨み節は書けば数限りないのだが、それはまた要望があれば(多分ないけど)

 さらに、自由研究・自由工作。テーマが自由で「好きなことをやれ」と言われても、あまりに好き勝手をしすぎるとそれはそれで問題児扱いされる。小学校低学年のときは親がテーマを決める手伝いをしなくてはならないため、それでなくても昼食作りに忙殺される主婦や主夫への嫌がらせかと今でも思っている。



 前置きが長くなってしまった。私の本棚には一冊の古い日記ノートがある。小学校一年生のとき、自由研究として提出したものだ。といっても、何かの観察日記ではない。ただ、夏休みの間の生活を書いただけのシロモノである。

 高校生のときにこのノートを発掘した。暇つぶしに読んでみると、これが結構面白い。昔から私は変わっていないことがよくわかる。運動を面倒くさがり、食事には並々ならぬ興味を示し、遊園地やプールより博物館が大好き。三つ子の魂百までとはこのことだ。


 さて、問題なのは八月三日の日記だ。

 両親の実家が札幌で、盆の墓参りのために毎年八月の頭ごろに帰省するのだが、この年は運よく寝台列車の切符が取れた。上野発の寝台列車は青森駅を通り過ぎて青函トンネルを抜け、翌日札幌に着く。

 当時六歳だった私にとって、青函トンネルを抜ける瞬間を見るのは不可能だった。そのため、目が覚めれば海峡を抜けた後だった。それでも目が覚めたら海を抜けて北海道についたとあればかなりの衝撃と感激がある。その感動をあらわすべく、小さな私はバッグからノートと鉛筆を取り出しこうしたためた。




『うみのそこのトンネルをぬけると、ほっかいどうでした』




 はて、どこかで見たような。そう思った私は家族にノートを見せてみた。するとノートを覗き込んだ兄はこう言ったのだ。

「……六歳のガキが川端康成を知ってたとは思えないんだが?」

 そう、川端康成である。ノーベル文学賞を受賞したあの「雪国」の冒頭そっくりなのだ。あれは『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』だ。

 言うまでもなく偶然である。確かに私は本が好きな子供だったが、当時は漢字などろくに読めず、ましてや川端康成の文の機微など理解できるはずもない。

 父は何も言わずなんとも微妙な顔をした。最後にノートを見ていた母が肩をすくめた。


「文豪が書くから後世に残る名文なの。」



 至言です、母さん。でも言わないで欲しかった。ノーベル賞受賞作家の後世に残る一文が、まさか漢字も書けないお子様にもかけるなんて思いたくないじゃないか。そこは「偶然だねー」で済ませて欲しい娘心を察して欲しかった!



 文豪。それは名文を生んだ文筆家だけが得られる称号だ。そして、ひとたび文豪となると、その手から生み出される文字の連なりは名文となる。

 ……だけどなあ。

 夏休みになるたび思い出す、なんとも微妙な思い出だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに、偉い人が言ったり、書いたりすると、なんでもない言葉が名文になったりしますね。 「鳴かぬなら○○○○○○○ホトトギス』も、信長とか家康がいってなければ、「それで?」って感じですし。まあ…
2011/07/25 22:56 退会済み
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