表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

滝川一穂の独白《3》




 美月が来てから二度目の夜だったー。


 俺の左隣では・・彼女が深い眠りについていたーー。



 昨日はほとんど寝てないし、今日も朝から緊張の連続で・・とにかく疲れ切っているようだったー。


 もともと体力がない方だと倉田から聞いていた。 ・・恐らく今日は、朝までぐっすり眠るに違いない・・。



 ・・それにしても・・


 俺は・・死んだように眠る美月の顔をじっと見つめたー。



(・・こいつ・・子供の頃に見たアニメの’トト○’にそっくりだ・・。) もしくはポケモ○のカビゴ○か・・?


 この・・でかくて無害そうな雰囲気といい・・着ているグレーのスウェットといい・・似ている・・。


 そういえば、子供の頃は・・あの柔らかそうな腹の上で寝るのが夢だったー。



(・・今の体型じゃ腹で寝るのは無理だな・・。)


 あと五回り程でかくなったら可能かもしれない。 今でも枕ぐらいにはなりそうだが・・。


 俺は苦笑して、もう一度美月を眺めたー。



 普段は無害なこいつだが、自分に危害が加わりそうになると、意外に戦える奴だと知ったー。


 その証拠に・・昨日のあの絶体絶命のピンチの状況で、こいつは見事に乗り切ったのだった・・!


 あれにはさすがに驚いたー。 普段は下を向き・・ろくに顔も見ないコイツが、突如敏腕の交渉人に変身したのだから・・!


 全く見事なものだった。 ああいう出方をされなければ・・恐らく俺は最後までやめなかったと思うー。


 でも俺も・・あきらめるつもりはなかったから、こいつが逃げれなくなるような条件をつけ返してやったー。



 ・・美月は絶句していたー。


 そちらも必死だろうが、こっちだって必死だ。 ・・代わりになる人間なんて、誰もいないんだからー。



 青ざめる美月を残し、俺は自分の部屋を出た。 このままじゃ明日の朝に渚が来たら逃げられてしまう・・。


 そう思い、倉田に電話をするよう差し向けてから部屋を出た。 ・・もし失敗したら、倉田に電話をさせるように言われていたー。


 俺は・・美月が逃げないよう、部屋の外から鍵をかけて馨の所に向かったー。


 ・・強姦未遂の次は監禁・・俺も堕ちる所まで堕ちたなと思った・・。



 馨の部屋に入ると、馨は「美月さんは?」と聞いてきた。 俺は何も言わずに苦笑して、部屋の中に入っていった・・。


 馨は俺と倉田の’計画’を知らない。 美月を’母親候補’にしている事は知っているが、そのために・・俺があいつに何をしようとしているかなど・・全く知らなかった。


 ・・というか、馨にこんな事言えるわけがない。 


 俺は馨の前ではいつも’女性’として振舞っていたし、彼の前では男の言葉を使った事すらなかったー。


 馨はもともとノーマルで、俺の事も女性と間違えて好きになった。 ’地’を出したら、捨てられそうで怖かった・・。


 ましてや美月にしてきた事なんて、言えるわけがない。


「ごめん、なんか疲れちゃって・・。 ・・ベッドで寝ていい?」


 馨は頷いたー。 俺は彼の寝室に行き、ベッドに潜り込んだ。 ・・馨は何か聞きたそうな顔をしていたが、結局何も言わずにバスルームに入っていった・・。


 

 ーー俺は傷ついていた・・。 美月も傷ついただろうが、俺だって・・いろいろショックを受けたのだ。


 男性として・・やっぱり’機能’していなかった事もショックだったし、母親の顔が浮かんできた事もショックだったー。


 ()()最中に母親の顔が浮かんでくるなんて・・あり得ねえだろう・・!! ・・どうやら俺は()()()の意味でも変態らしかったー。


 そんな自分が心底穢らわしかった・・。 俺は自分が想像していた以上に”重症”だと知ったー。



 ・・何より一番こたえたのは・・美月にとことん拒絶された事だったー。


 嫌がるのは当たり前だと頭では分かっちゃいるが、男の俺自身を否定されたみたいで・・傷ついた。


 俺は15年以上男として生きてきたし、こちらの方が本来の俺の姿なのだー。


 ・・なのにあいつは俺が()で話すたびに、あからさまにビビっていた・・。


 実は俺は・・女性の姿で生活し始めてから7年・・男の言葉を使った事がなかったー。


 さすがに倉田の前では昔のままに振舞っていたが、馨の前でさえ・・常に「女」を演じていた。


 でも性転換しても・・恐らく俺の内面は変わらないと思う。 要するに、俺の心の中は・・未来永劫『男』のままなのだー。


 なのにその「俺本来の姿」を徹底的に拒絶され・・俺は正直、ヘコんでいたー。


 俺は余計な事を考えないよう、とにかく寝た。 ・・その日は馨の所に泊まり、明け方に自分の部屋に戻った。

 


 部屋に戻りリビングの電気をつけると、ソファーの上で美月が眠っていた・・。


 赤く腫れた瞼が・・痛々しかった。 ・・この顔から察するに・・倉田は、娘の説得に成功したようだった・・。


 美月がくしゃみをしたので、寝室から毛布を持ってきて掛けてやったー。 美月は毛布をたぐり寄せて、芋虫みたいに丸くなったー。


 ・・それを見てちょっと笑った後、バスルームに行き、身支度を整えてからキッチンに向かったー。


 今日は絶対に食欲がないよなと思い、朝食は消化に良さそうなメニューにしたー。


 

 準備ができたのでリビングの扉を開けると、美月は起きていた。 ・・部屋のライトをつけ、俺はギクリとしたーー。


 ・・美月の瞼が完全につぶれて、全く開いていない・・! 本人は目を開けているつもりのようだが、全く開いていなかったーー。


 赤く腫れあがった瞼は・・あの後、こいつがどれだけ泣いたかを示していた・・。



(・・そんなにイヤなのか・・?)


 彼女の顔を見て、俺の決意は揺らぎ始めていた・・。



(・・本当にこれでいいのか・・?)



 ふらふらだった美月だが、バスルームから出てきた時には、意外にスッキリした顔をしていたー。 目の腫れも、先程よりはかなりよくなっていた・・。


 そして朝食をもりもり食べると、いくつかの質問を俺にぶつけてきたー。



(・・確かにこいつにしてみれば・・ワケがわからないよな・・。)


 そう思いながら美月の質問に答えていた・・。 美月は’性同一性障害’の俺が、女性と関係を持ってまで子供を持とうとしている事に納得できないようだった。


 俺だって自分がわからない。 そもそも俺の内面は’女性’ではない。


 女性に生まれるべきだったと思うし、女になろうとも思っている。 でも・・俺の心は「女」じゃない。


  

 美月は次に、自分の欠点を主張し始めた。 どうやら自分が’俺の相手’に相応(ふさわ)しくないとアピールしたいらしい・・。


 自分が’ニート’だの、’人間恐怖症’だの、俺に相応しい女が他にいるだの・・終いには「自分の子供は絶対ニートになる」などと言い始めた!!


 ・・その瞬間・・


「ぶぶぅ~~~~・・!!」


 俺は(たま)らず吹き出した!! ーーそしてそのまま・・笑いが止まらなくなってしまったーー!!



 大体こいつは面白すぎる。 見た目も笑えれば行動も笑える・・。 『一生引きこもる』って・・何だよ?


 普通’女’なら・・男と付き合いたいだの、結婚したいだの、綺麗になりたいだの・・周囲と自分を比べてあせったり・・それが普通だろう?


 それなのに、外部との接触を断ち一人でい続けたいなんて・・お前は修行僧か? 尼さんか・・?


 こいつなら、無人島に一人で置き去りにされても、(たくま)しく生き続けるに違いない。


 人目も常識も一切気にしないこいつの生き方・・あまりに『自由』だーー。

 

 いつまでも笑い続ける俺を、美月は不思議そうに眺めていた。



(・・もういい・・。)と俺は思った。 こいつを解放してやろう・・。


 そもそもこいつは人に縛られて生きるタイプの人間じゃない。


 大体俺みたいなのが’自分の子供’を望むなんて・・それ自体まちがっている。 ・・こんな男だか女だかわからない奴ー。



「・・あんたが俺を徹底的に(なじ)る事ができたら・・俺はあんたをあきらめるー。」


 美月は驚いた顔をしたー。


 そうだ・・。 こいつに抹殺してもらおう。 『滝川一穂』という男をー。


 その無垢な瞳で・・偽りのない言葉で・・永久に葬り去って欲しい。


 そしたら俺は女優の『大沢可憐』として、人が羨む様な人生を歩む事ができる・・。



 俺は・・目の前の女性が(なた)を振り下ろす瞬間を、静かに待っていた・・。


 彼女が無駄な希望を打ち砕いてくれたら・・今度こそ、新たな人生を踏み出すつもりだったー。


 ーーでも次の瞬間。 ・・その思いは・・完全に覆されたーー。


  

 美月は泣いていた・・。


 彼女の双眸(そうぼう)からは・・透明の雫が・・次から次へと溢れ出ていた・・。


(・・何故、ここで泣く。)


 昨日俺に・・何をされても泣かなかったくせに・・。



 その瞳はあまりに美しかった・・。


 真っ黒な瞳を縁どる柔らかな睫毛を伝い、大粒の涙がこぼれ落ちた瞬間・・俺はその瞳に吸い付いていたー。


 美月の体が硬直し、動揺しているのが分かった。 でもそのまま・・涙の跡を唇で辿っていったー。


 ・・そして、唇の上の水滴を舐め取ろうとした瞬間・・彼女の体がビクリと震えるのを感じたーー!


 俺は顔を離し、美月を見つめたー。 彼女は真っ赤な顔をして、目を泳がせていた・・。



 それを見た時・・俺の中の「あいつ」が頭の中で囁いた。


(・・コイツがいい・・。)



 美月は俺を捨てない・・。 時間はかかるだろうが、一度扉をこじ開けたら・・恐らくこいつは・・二度と、俺を見捨てる事はない。


 なぜだかそう確信できた。


 ・・時間はかかるかもしれない。 でも、それだけの価値はあるー。   

 

 30にもなり・・キスにビビる女を前に、俺は長期戦を戦い抜く覚悟を決めたー。

 

 


 ー深夜0時・・

 

 俺の横には美月が眠っている・・。


 先程一緒に寝ようとしたらイヤがられたので・・咄嗟(とっさ)に嘘をついた。


 俺の心は『女』で、「女性には全くその気にならない」と言ったのだー。 ・・実際、薬もあるし信憑性は抜群だったー。


 ’女同士’だって事にでもしておかないと、こいつのガードは固すぎて・・全く隙がない。


 いくら鉄壁の守備を誇るこいつでも、睡眠状態ならば・・さすがにガードが緩むはずだ。


 その隙をついて、こいつの内面に潜り込むのだー。


 ・・とにかく一緒に寝てさえいれば、二人の間の分厚い壁が・・溶けていく気がした。


 実際・・目の前の女性は、とことん無防備な姿をさらしていた・・。


 俺は月明かりに浮かぶ美月の白い首筋を、指でなぞってみた・・。



 美月は驚くだろうか・・。 俺の心が「女じゃない」と知ったら・・。


 元々俺は、男の体に興味がなかった。 ・・女性と関係が結べないから男に走ったに過ぎない。


 俺の欲望の対象は・・元々、「男」ではなく・・『女』なのだー。


 ・・そう、俺は性同一性障害ではない。 問題は・・それとは全く別の所にあったー。



 俺は自分の指を美月の髪に絡めた・・。


 美月と一緒に寝るのにこだわった理由は二つあった。


 一つはこいつに俺を慣れさせるため・・。 そしてもう一つは・・()()()が、こいつに慣れるためー。


 ・・何故女性がダメなのか・・俺は、その「理由」に気付き始めていたー。


 

 俺は、美月の肩に顔を(うず)めた・・。 


 ・・自分と全く同じ香りがするはずのそこからは・・何故か’日なた’の匂いがしたー。



 母の顔は浮かんでこなかった・・。 


 俺は・・かつて感じた事のない安らぎの中で・・静かな眠りについた・・。


 

 なあ、美月。 あんたなら・・いつか継ぎはぎだらけの俺の事を・・受け入れてくれるだろうか?


 そんな期待を胸に・・穏やかな・・夢の世界に入っていった・・。


 


  


    


  




 


 








  

  


  


 

 



 


 

 可憐視点の小説、終了しました。(^^)

 本編は続くのですが・・なんだか、一通り終えるっていいですね。

 次回からは本編のみ進めていきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ