滝川一穂の独白《2》
今回の内容はR15でお願いします。
初めて見た美月は・・でかくてまるで山のようだったー。
身長は俺と同じ位・・172、3だと思う。
さすが倉田の娘だ。 あいつは学生時代にモデルをしていたから、その遺伝子を受け継いだに違いない。
顔は・・倉田がかなり精悍な顔立ちなのに対して、美月は柔らかな女顔だったー。
たぶん、母親に似たんだと思うー。
俺は・・特に目が気になったー。 とても綺麗な目をしている・・。
肌も、肉付きも、年相応に老化の兆候が表われ始めているのに・・まるでそこだけ、歳月から取り残されたみたいだった・・。
汚れた物を一度も目にした事のないような・・無垢な瞳だったー。
・・実際そうかもしれなかったー。 30にもなるくせに、こいつは中学卒業時からひたすら家に引きこもり、何も見てきちゃいないんだから・・。
・・俺はまずいなと思った・・。
倉田はこいつが15年引きこもってた上、でかくて太っているから、他の男は一切寄り付かないだろうと言っていたー。
ところが、今目の前にいる女は・・確かにデカくて丸みのある体型をしているが、決して魅力がないわけではなかったー。
むしろ、今ついている無駄な肉がとれれば、男の目をひきそうな感じすらあったー。
(・・クソッ。) 俺は舌打ちした・・。
(・・これじゃあ、こいつが痩せたら・・余計な『虫』が付きそうじゃないかー。)
・・年齢も良くない。 30といえば・・まさに結婚適齢期・・。 30~40代の結婚を考える男からすれば、完全にストライクゾーンだ。
あの倉田に’それ’が分からないわけがなかったー。
(・・あいつも信用できないな。)と、俺は思ったー。
何せ、自分の娘を他人に売る男だ。 いつ裏切られてもおかしくなかったー。
とにかくこいつは倉田の一人娘で、こいつと結婚した奴には・・ウチの事務所がついてくる。
ニートだろうが何だろうが・・野心的な男からすれば、こいつは間違いなく垂涎の物件だったー。
(肥えさせよう・・。)
俺は決心したー。
とにかくこの女を・・肥えて肥えて肥えさせまくるんだ!
・・そうすれば、邪魔になる存在は・・排除できるはずだ。
なにせ、男にとって女は’見た目’が一番。 こいつがバルーンのように丸くなれば、誰も寄ってこなくなるに違いない。
趣味の料理がここで役立つとは・・俺は内心ほくそ笑んだー。
(・・それにしても・・。)
渚が帰った後、一人残された美月を見て・・俺は唖然とした。 何故だか知らないが、真っ青になってブルブル震えているー。
(おいおい、大丈夫かよ・・?)
人間恐怖症だと聞いていたが、なんだか大変な事になっているぞ?
何かを一生懸命言おうとしているが、全く言葉になっていない。 ・・しまいには、痙攣し始めたーー!!
(・・ヤバイ・・!!) ・・俺は咄嗟に美月を抱きしめたー。
美月の体が一瞬、固まったー。
「・・大丈夫よ美月さんー。 渚さんから聞いてるから・・。心配しなくていいから・・。」
そう言い強く抱きしめると、体の痙攣は止まったー。 ・・でも、まだ震えているから、とりあえず・・落ち着くまで抱きしめ続けたー。
ブルブル震える姿は・・臆病な大型犬みたいだ。 心なしか抱き心地もそっくりだー。
体からは・・かすかに石鹸の香りがしたー。
(・・・これで30だって・・!? ・・まるで子供じゃないか・・!!)
俺は驚愕していたー。 どう考えても・・大人の行動じゃない。
自分がまるで’母親’になったような錯覚を覚えつつ抱きしめ続けていると・・ようやく震えがおさまった。
顔を見ると茹で上がったタコみたいに赤くなっているー。
俺は苦笑した。 ・・本当に30かよ?
その後のこいつも笑えたー。
料理を作れば十日間絶食してたガキみたいにパクつくし、ケーキを見せれば初めて見たかのように顔を輝かせるー。
表情はあまり変わらないが・・目が全てを語っていたー。
俺はなんだか、こいつを見ているのが楽しくなってきた。
特に物を食ってる時の顔がいい。 『至福』って顔をしているー。
・・でも、こいつを知れば知る程、まずい気がしてきたー。
長年引きこもっていたと言うから、暗いヤツかと思っていたらそうでもない。 これで痩せて化粧でもしたら、すぐにも’売れそう’だったー。
俺は嫌な予感がして、美月にメイクをさせてみた。 案の定、予感は的中したー。
ヨロリとした雰囲気は一切なくなり、もともと整っていた顔立ちは強調され、際立って綺麗な瞳は輝きが増し・・吸い込まれそうだったー。
(・・コイツは目がヤバイ・・。) ーー俺は思わず目を逸らした・・。
ーーまるで眼球がブラックホールみたいだー。 一度あったら最後・・抜け出せなくなるー。
ーーこんな顔、絶対に他の男に見せるべきじゃないー。
(今後こいつには、一切メイクをさせないようにしよう・・。) 俺は、心に固く誓ったー。
・・更にこいつの体型ー。 明らかに長年の引きこもりのせいだと推測されたー。
おそらく運動も、ほとんどしてこなかったに違いないー。 ーーそれだけに、毎日仕事で駆け回れば、すぐにも痩せそうだったー。
たとえ化粧をしなくても、痩せたら痩せたで男の目を引きそうだー。 何せ背がでかい。 良くも悪くも目立つのだ、こいつはー。
(とにかく・・食わせるしかない・・。) 俺は再度確認した。
どっかの魔女みたいに、ひたすら食わせ続けよう。 こいつがボールみたいになるまでー。
どんな外見になろうが、俺にはどうでも良かった。 ・・俺の子供を生んでさえくれればいい・・。
とにかく・・トンビに油揚げをさらわれるような事態だけは、絶対に避けたかったー。
明日には渚から美月に、俺の「本当の性別」が明かされる。 そしたら間違いなく警戒されるー。
(今晩『計画』を実行しなきゃな・・。) 美月を見ながら俺は思った。
初対面の相手にこんな事をするなんて、我ながら『鬼畜』だと思うが・・こいつの意思など尊重していたら、一生’そういう関係’には成りえないと、倉田から言われていた。
最初、あいつの口からこの『計画』を聞かされた時は(・・どんな親だよ・・!?)と、呆気にとられたものだったー。
俺は父親を知らないが、父親とは、普通・・息子より娘を溺愛するものだと聞いていた。
・・しかも’一人娘’で、あいつにとっては妻の「忘れ形見」だ。 そんな娘にこんな仕打ちをするなんて・・正気の沙汰とは思えなかった。
だが、よく考えたら・・目の前の女は’15年’どころか”一生”引きこもり続けようとしていた、とんでもない女だー。
ヤツの堪忍袋の緒が切れてもしょうがなかった。 ・・実の父親にここまでさせるコイツが悪いー。
(・・・自業自得だー。)
何一つ疑っていない美月を前に、俺は思ったー。
(・・人としてやるべき事をしてこなかったから、こういう目にあうんだ。・・自分で蒔いた種だ・・。)
そう思い、自分を納得させたー。
・・まさか自分に「こんな日」がくるなんて、夢にも思っちゃいなかったー。
・・『女』を襲うなんてー。・・逆ならありそうだがーー。
でも、女優を辞めずに自分の子供を残すなら・・俺にはこの方法しかなかった。 ・・俺は罪悪感にきっちりと蓋をしたー。
・・準備は数日前から進めていたー。
美月は俺と同じ位の身長で、俺より体重があると聞いていたから、逃げられないよう・・あちこち鍵をつけまくった。
抵抗するなら縛っちまえと思い、サイドテーブルにはロープまで忍ばせていたー。
何せ俺はひょろいー。
成長期に男らしい体型にならないよう、絶食ばかりしてきたから、軽く吹けば吹っ飛びそうな体型だった。
そんなにデカイ女なら、間違いなく’のされる’に違いないと思い、万全の準備をした。
卑怯だとわかっちゃいるが、手段など選んじゃいられなかったー。
ーー美月が洗面所で化粧を落としてる間、俺はソファーの上で薬を見ていたー。 数日前、医者からもらってきた薬だー。
俺は、それを飲むかどうか迷っていた・・。 今でも女がダメなのか・・正直試してみたかったー。
俺は迷った挙句、飲むのをやめたー。
時間はあるし、もし’ダメ’なら後から飲めばいいと思い、薬をポケットに入れ、代わりにいつも飲んでいるビタミン剤を飲んだー。
・・「一緒に寝る」と告げると、美月はとことん嫌がったー。 ーーこれ如きで嫌がるなら、これからどれだけ抵抗されるんだろうと思い、憂鬱になった・・。
実際、あいつは抵抗した。 それは予想通りだったー。
予想外だったのは、巨大な熊みたいに見えた女が、実際は・・小熊ほども力がない事だったー。
一生懸命暴れているが、全く逃げられる気がしないーー。
・・これは向こうも予想外だったらしいー。 あいつの顔は・・みるみる恐怖に歪んでいったー。
俺は拍子抜けした。 それと同時に・・自分が物凄く『卑劣』なヤツに思えてきたー。
目の前の女が、かつての’自分’に見えてきて、’俺自身’が、あの’変態親父’に思えてきたー。
心底自分が嫌になったが、それでも・・やめるわけにはいかなかったー。
こいつだって・・最初は抵抗しても、そのうちあきらめるに決まってる。 ーーあの時の俺みたいに・・。
そう思い、手に力を込めたー。
ところが、更に厄介な’幻覚’が俺を襲い始めたー。
目の前の顔が、あのババア・・俺を捨てた「あの女」の顔に見えてきたのだーー!!
・・そういえば、女と関係を持とうとする度に、あいつの顔が浮かんでいたのを思い出した。
鬼の様な形相で俺をぶん殴り続けたあの女。 ささいな事でキレるから、そうならないよう・・いつもあいつの顔色ばかり窺ってたー。
それでも、’その顔’が気に食わないと言い・・俺を、何度も殴り、蹴り、怒鳴り続けたー。
あいつの・・目を血走らせた顔が・・ヒステリックな怒声が・・脳裏に浮かぶ・・!
(・・クソッ・・!! 一生俺を苦しめ続けるつもりかよーー!? あのババア!!)
俺は、目の前の女を見据えたー。 体には何の反応もない。 あのババアの顔が重なって見えるんだから当然だー。
次第に・・俺が受けた苦痛を・・こいつにも味わわせてやりたくなったー。
・・俺は女の顔を見つめ・・人差し指で、頬をゆっくりとなぞったーー。
何かを察知したのか・・女は一瞬で凍りつき・・やみくもに暴れ出したーー!
・・その瞬間・・俺の理性の糸が、プツリと切れる音がしたーー。
「・・ち・・父に言うから・・!!」
その一言で・・俺はハッとしたー。
倉田の顔が頭に浮かび・・目の前に、美月の顔が見えてきたー。
俺は美月に感謝したー。 ・・その一言がなければ・・正直何をしていたか分からなかったーー。
美月は今までと、全く別人の顔をしていたー。 年相応の、成熟した女の顔が・・そこにはあったー。
そして・・先程までと本当に同一人物か?と、疑いたくなるような、見事な逃げ口上を・・ベラベラとまくしたてたのだったー!
人間追い詰められると隠れた能力を発揮すると言うが・・まさにそんな感じだったー。
(・・こいつ・・こんなに話せるのかーー!?)
・・俺は、驚愕しながらあいつを見つめていたー。
「人間恐怖症」だの「どもり」だの・・どう考えても嘘としか思えないはっきりした口調で・・あいつは話し続けたー。
しかも、それがいちいち的を得ているー。
・・だが、俺は怯まなかったー。
一連の出来事の首謀者が倉田で、こいつが倉田の娘である限り・・どこにも逃げ場などないと、分かっていたからだー。
唯一こいつを助けそうな’渚’は、倉田が封じると言っていた。 15年引きこもってたせいで、こいつの味方は誰もいない・・。
親から匙を投げられた時点で、こいつの運命は決まっていたー。
『まな板の上の鯉』とは、まさに・・今のこいつの事だったー。
俺は・・美月の両手を頭上で束ね・・左手で押さえつけたー。
白く滑らかな首筋に唇を這わせると・・逃げるように顔を背け、首を左右に振ったー。 腹部に右手を忍ばせると・・拒絶するように全身を強張らせたーー。
それを無視してそのまま手を進めていくとーー終いには死んだ魚のように・・ピクリとも動かなくなったー。
観念したあいつを見下ろしーーついに俺も、あの「変態親父」の側にデビューするのかと思いながら・・あいつの服に手をかけたーーその時だったー。
ーー雲に隠れた月が顔を出し・・月光が、あいつの顔に降り注いだー。
ーー蒼白い光の中・・美月は、じっとこちらを見つめていたーー。
『ーー本当にこれでいいの・・?』
ーあいつの瞳が問いかけていた。
次の瞬間・・
「ーーわかりました・・。」
ーーあいつの澄んだ声が部屋中に響き渡った・・。
・・俺は思わず「は・・?」と、聞き返したー。
「あなたが子供が欲しいと言うなら・・協力します・・。」
・・俺は訝しげな目であいつを見つめた。
「ーーただし・・『今日』は・・絶対にイヤですーー!!」
(・・・そうきたか・・。)
俺は・・コイツのあまりのしぶとさに・・何故か拍手を贈りたい気持ちになっていたーー。
動物の比喩に凝ってまして、隙あらば書いてます。
最後まで何種類書けるか・・ちょっと楽しみです。
次回は『ヴィーナスプロダクション』の方を書きますのでよろしくお願いします。(^^)