「人に捨てられ、王に選ばれた」
読んでいただけると幸いです
異変は、境界の夜から始まった。
獣人領と人の国を隔てる森。
そこに張られている結界が――
一晩で、異様なほど安定した。
歪みが、消えたのだ。
これまで、夜ごとに観測されていた空間の揺らぎ。
魔術師たちが何度調整しても抑えきれなかった裂け目。
それが、
まるで「最初から存在しなかった」かのように、
沈黙した。
「……あり得ません」
人の国、王都の塔。
老魔術師は、震える声で告げた。
「歪みは自然現象です。
土地に根ざした“病”のようなもの。
たった一夜で消えるなど――」
「だが、事実だ」
重々しい声が遮る。
王の側に立つ宰相が、
冷たい視線で水晶盤を見下ろしていた。
「獣人領の境界を中心に、
歪みは完全に沈黙している」
そして。
「同時期に、
街から追放された人間が一人、消息を絶った」
老魔術師の目が、見開かれる。
「……まさか」
*
その名は、
すぐに掘り起こされた。
リオ。
夜になると、
“見えないものが見える”と訴え、
各地を転々としていた人間。
「村では家畜の異変が止まり」
「街では子どもの高熱が収まった」
記録は、皮肉なほど整っていた。
「彼が滞在した場所では、
必ず、歪みが一時的に弱まっている」
王は、ゆっくりと指を組む。
「……偶然ではないな」
老魔術師は、
言葉を選びながら、続けた。
「もし彼が、
歪みそのものを“認識”できる存在なら――」
「制御も、可能だろう」
宰相が、静かに結論づける。
室内に、重い沈黙が落ちた。
「……国家にとって、
喉から手が出るほど欲しい力です」
誰かが、そう呟いた。
*
「問題は」
王が、淡々と告げる。
「彼が今、
どこにいるかだ」
「獣人領です」
即答。
「獣人王ガルドの城内に、
保護――いえ」
宰相は、わずかに言葉を切り替える。
「囲われています」
王の目が、細まった。
「……獣人王は、
気づいているな」
「間違いなく」
老魔術師は、苦々しく頷く。
「結界の安定度が、
異常すぎる」
「なら」
王は、玉座に深く腰掛ける。
「外交だ」
静かな声。
「“人間の国にとっても必要な人材だ”と、
そう伝えろ」
宰相の口元が、わずかに歪む。
「返還を求める、と」
「正式には、保護の申し出だ」
王は、視線を上げる。
「拒まれた場合は?」
一瞬の間。
「――代替案を用意する」
老魔術師が、
低く答えた。
「彼自身が、
“戻りたい”と思う状況を作ればいい」
*
その頃。
獣人の城。
リオは、理由も告げられないまま、
城の奥へと移されていた。
窓の外は、森ではない。
岩壁だ。
「……ガルド?」
問いかけると、
王は短く答えた。
「人の国が、
お前に気づいた」
胸が、ひくりと鳴る。
「……やっぱり」
「狙いは、力だ」
迷いのない断言。
「お前を“資源”として見る」
その言葉に、
過去の視線が、脳裏に蘇る。
不吉だ。
邪魔だ。
役に立たない。
――いや。
今度は違う。
役に立つからこそ、奪われる。
「……僕は」
声が、震える。
「どうなるんですか」
ガルドは、
リオの前に立ち、
金色の瞳で、真っ直ぐ告げた。
「渡さない」
短く。
「交渉も、取引も、拒否する」
断言。
「お前は、
俺の領の要だ」
その言葉は、
安心と同時に、
重くのしかかる。
「……もし、
人の国が諦めなかったら」
ガルドの尾が、
低く揺れた。
「その時は」
低い声。
「囲いを、完全なものにする」
――外には、出られない。
それは、
保護ではなく、
選択肢を奪うという意味だった。
けれど。
人の国に戻れば、
僕は“守られる存在”ではない。
“使われる存在”になる。
その違いを、
僕はもう、理解してしまっていた。
城の奥で、
夜の歪みは完全に沈黙している。
嵐の前の静けさのように。
そして、
人の国と獣人の王、
二つの影が――
静かに、
僕一人に向かって伸びていた。
なかなかに盛りすぎて設定を忘れてしまいそうです




