「王の影に立つ者」
読んでいただけると幸いです
朝の城は、ひどく静かだった。
石造りの廊下を渡る風が、
遠くで低く鳴るだけで、
獣人たちの話し声は聞こえない。
窓から差し込む光は淡く、
森の緑を通しているせいか、
どこか冷たい色をしていた。
僕が歩くと、
周囲の獣人たちは自然に距離を取る。
露骨な拒絶ではない。
むしろ丁寧すぎるほどの配慮。
――それが、余計に僕を不安にさせた。
「……今日は、城が落ち着かないですね」
窓辺に立つガルドに、そう声をかける。
城門の方角から、
普段よりも鋭い気配が流れ込んできていた。
「側近が戻った」
簡潔な答え。
「俺の右腕だ」
胸の奥が、ひくりと鳴る。
王の右腕。
この城で、ガルドの次に強い影。
――僕の存在を、どう判断されるだろう。
*
謁見の間は、
高い天井と冷たい石床に囲まれていた。
一歩足を踏み入れただけで、
空気が張り詰めているのが分かる。
玉座の前に立つ獣人は一人。
ガルドよりわずかに背が低いが、
身に纏う静けさは、刃物のように鋭かった。
黒に近い濃灰の髪。
光を吸うような、黒豹の耳と尾。
その尾が、音もなく揺れた瞬間、
視線が――真っ直ぐ、僕を射抜いた。
「……人間、ですか」
低く、冷静な声。
空気が、一段冷える。
反射的に、
ガルドが僕の前へと半歩出た。
「近づくな」
それは警告ではなく、
命令だった。
黒豹の獣人は即座に膝をつく。
「失礼しました」
深く頭を下げ、名乗る。
「私はザイード。
黒豹族の獣人にして、獣人王直属の側近」
立ち上がってもなお、
その視線は鋭いままだった。
「人間を城内に置く前例はありません」
事実だけを並べる口調。
胸が、じわりと締め付けられる。
「説明は必要か」
ガルドの声が、低く響いた。
「……いえ」
ザイードは首を振る。
「結界が異様に安定しています」
ゆっくりと、空気を読むように言葉を選ぶ。
「夜の歪みが、
この城では沈黙している」
黒豹の瞳が、僕を捉える。
「原因は、あなたでしょう」
断定だった。
逃げ場のない視線。
「黒豹族の感覚でも、
はっきり分かるほどに」
沈黙。
「だから、確認に来ました」
ザイードは、ガルドを見る。
「王が、
何を理由に囲っているのか」
「俺が決めた」
それだけで、全てが終わった。
ザイードは一瞬だけ目を伏せ、
やがて、深く頭を下げる。
「……承知しました」
異論はない。
それが側近の答えだった。
*
謁見の後。
長い廊下を歩く途中、
ザイードが足を止めた。
石壁に差し込む光が、
黒豹の毛並みを鈍く照らす。
「あなたは、
自分を過小評価しすぎています」
淡々とした声。
「王は、
無意味な存在を城に置きません」
その言葉が、
ずしりと胸に落ちる。
「……それでも、
僕は人間です」
「ええ」
即答だった。
「だからこそ、外に出せば危険だ」
静かな断言。
「人の国にとっても。
――あなた自身にとっても」
ザイードの尾が、ゆっくりと揺れる。
「覚えておいてください」
低く告げる。
「狼は、守るために囲い、
豹は、失わないために見張る」
意味深な言葉を残し、
彼は足音もなく去っていった。
*
夜。
部屋の窓から見える森は、
闇に沈んでいた。
それでも、歪みは見えない。
城全体が、
巨大な殻のように、僕を包んでいる。
ガルドは、窓辺に立っていた。
「……側近の方、
怒っていましたか」
「いや」
短い否定。
「納得した」
それはそれで、
逃げ場がない。
「……僕、
ここにいていいんでしょうか」
不安が、声になる。
ガルドは振り返り、
金色の瞳で、真っ直ぐ僕を見た。
「いるべきだ」
迷いはない。
「お前がここにいない方が、
よほど問題だ」
その言葉は、
重く、確かで、
拒む余地がなかった。
黒豹の側近が認め、
獣人の王が囲う。
僕はもう、
簡単に外へ戻れる存在ではない。
その事実を、
城の静寂が、
じわじわと染み込ませてくる。
ザイードさんもなかなかに男前っぽいですね
豹人だとグイン・サーガ思い出します




