決意
読んでいただけると幸いです
歪みは、さらに深く沈んでいった。
もはや「展開」ではない。
戦場そのものが、歪みに呑まれ始めている。
人間側の陣地では、
立っている兵より、
倒れている兵のほうが多くなっていた。
死体ではない。
まだ、生きている。
だが、
呼吸の仕方を忘れた者。
視線が合わない者。
言葉を発しようとして、喉の奥から血を吐くだけの者。
歪みは、
即死すら許さなかった。
「交代要員を前へ!」
指揮官の声は、
すでに掠れている。
前へ出た兵の中には、
震えを隠そうともしない者がいた。
理解しているからだ。
歪みの内側に入れば、戻れない。
だが、
逃げれば――
後ろから処分される。
進んでも死ぬ。
逃げても死ぬ。
ならば、
命令に従うしかない。
歪みの縁に立った瞬間、
兵の一人が呻いた。
「……耳鳴りが……」
次の瞬間、
耳が消えた。
削げ落ちたのではない。
最初から、存在しなかったかのように消えた。
「……あ、あれ……?」
兵は混乱した顔で首を撫でる。
気づいたときには、
頭部そのものが、
歪みに引き延ばされていた。
人の形を、
保てない。
悲鳴は、
空間の奥に引きずり込まれ、
二度と戻らなかった。
それを見ていた魔導兵が、
膝をつく。
「……無理だ……もう……」
だが、
詠唱は止まらない。
止めた瞬間、歪みが反動で暴発する。
理解している。
だから、
声が枯れても、
肺が焼ける感覚があっても、
詠唱を続ける。
結果。
魔導兵の一人が、
自分の胸を掴んだ。
「……心臓が……二つ、ある……」
錯覚ではない。
歪みが、
内臓の配置を、
勝手に書き換えている。
次の瞬間、
心臓は三つになり、
同時に鼓動し、
破裂した。
血が噴き上がる。
周囲にいた兵が、
その血を浴びた瞬間、
身体の一部が、
歪みに引き剥がされた。
連鎖。
止まらない。
歪みは、
触れたものすべてを、
平等に壊す。
それでも――
獣人国の前線は、
押されていた。
歪みの密度が上がるたび、
空間そのものが障壁となり、
獣人兵の動きを阻害する。
跳躍は歪められ、
速度は奪われ、
感覚が狂う。
「……くそっ!」
獣人兵が地面に叩きつけられる。
立ち上がろうとした瞬間、
視界が反転した。
上下が分からない。
次の瞬間、
身体が、半分だけ地面に沈み、
残り半分が空中に残った。
引き裂かれる。
血が、
歪みに吸われる。
ガルドは、
そのすべてを見ていた。
剣を振るい、
歪みを斬り、
中和し、
押し戻す。
だが、
追いつかない。
「……数が、多すぎる」
歪みを止めるたび、
別の場所で歪みが生まれる。
まるで、
命を燃料にする火災だ。
消せば、
別の場所で燃え上がる。
人間側は、
もはや勝利を見ていない。
破滅を、相手より先に与えることだけを目的にしている。
それでも、
歪みの中心は、
ゆっくりと前進していた。
獣人国の陣地へ。
街へ。
民へ。
ガルドの喉が、
低く鳴る。
怒りではない。
理解だ。
「……止めなければ、
すべてが壊れる」
敵も。
味方も。
世界も。
だが、
歪みを止めるには、
今までとは違う選択が必要になる。
剣で斬るだけでは足りない。
中和では追いつかない。
――踏み込むしかない。
歪みの核へ。
最も危険で、
最も戻れない場所へ。
ガルドは、
一歩、前に出た。
背後で、
また一人、
人間の兵が、
歪みに呑まれて消える。
悲鳴は、
もう、
誰も数えていない。
戦場は、
完全に、
地獄へと落ちていた。
そして。
その地獄の中心に、
獣王が、
静かに踏み込もうとしていた。
ガルドどうするの?




