開戦前夜
読んでいただけると幸いです
夜が、城に降りた。
松明の数は倍に増え、
城壁の上には絶え間なく影が動いている。
誰も声を荒げない。
それが逆に、戦が近いことをはっきり示していた。
僕は、城の一角――兵舎に近い小さな中庭にいた。
風に揺れる木々の音が、やけに大きく聞こえる。
(こんな静かな夜なのに)
遠くで、金属が擦れる音。
鎧を整える音。
弓の弦を張り直す音。
全部が、同じ方向を向いている。
「ここにいたか」
また、あの声だ。
振り返る前から分かる。
ガルドだ。
今は鎧を脱ぎ、
黒い上着だけを羽織っている。
それでも、立っているだけで周囲の空気が締まる。
「眠らないんですか」
僕がそう言うと、
ガルドは鼻で息を吐いた。
「王が眠ってどうする」
短く、当然のように。
僕の隣に立ち、同じ景色を見る。
「兵の士気は高い」
「……怖くないんですか」
自分でも、唐突な質問だと思った。
ガルドは少しだけ黙り、
それから低く答えた。
「怖いさ」
意外なほど、率直な声。
「だからこそ、逃げない」
拳を握る。
「俺が退けば、
この国は退く」
「俺が折れれば、
あいつらは血を流す」
視線は、城壁の向こう――
まだ見えない敵へ向いている。
「それだけは、許さん」
僕は、何も言えなかった。
王の言葉は、重い。
優しさより、覚悟でできている。
「リオ」
名を呼ばれる。
「明日、何が起きても」
低く、はっきり。
「俺の判断に従え」
それは命令だった。
でも、突き放す声じゃない。
「お前を守るのは、俺の役目だ」
一拍。
「だが、国を守るのは、王の役目だ」
「その二つを、同時にやる」
迷いのない宣言。
「できないとは言わん」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
「……僕は」
言葉を探す。
「僕は、あなたの足を引っ張りたくない」
ガルドは、はっきり言い切った。
「引っ張らん」
即答だった。
「お前がいるから、俺は立っている」
一瞬、何も言えなくなる。
それは慰めでも、甘い言葉でもない。
事実を述べる声だった。
そのとき――
城壁の方角で、合図の角笛が鳴った。
低く、短く。
威嚇。
「来たな」
ガルドの目が、獣のように鋭くなる。
「始まる前の、最後の挨拶だ」
僕の肩に、重い手が置かれる。
「リオ」
「明日からは、
選べる時間はない」
「それでも――」
低く、力強く。
「俺は前に出る」
「お前は、俺の後ろじゃない」
「隣だ」
城の外では、
人間国の陣営に灯がともり始めていた。
魔術の光。
刃の準備。
戦争は、もうすぐだ。
けれどこの夜、
王は眠らず、
番は離れず、
ただ静かに――
覚悟だけが、積み重なっていった。
いよいよ次開戦です




