覚悟
読んでいただけると幸いです
「――危険だ」
玉座の間に、硬い声が落ちた。
「人間を番にした王が、獣化衝動を制御できる保証はない」
「暴走すれば、国が揺らぐ」
ざわめきが広がる中、ガルドは玉座に座ったまま動かなかった。
否定しない。
弁明もしない。
――その恐怖は、正しい。
己の内に棲む獣の大きさを、誰よりも知っている。
やがて、ガルドは静かに立ち上がった。
「もっともだ」
低く、短く。
「だから制御できねば、王でいる意味はない」
一歩、玉座から降りる。
「言葉で信じろとは言わん」
胸の奥で、獣が反応する。
――挑め、と。
「見せる」
断定。
「獣化しても、俺は暴れん」
空気が、張りつめた。
「地下の儀式の間を使え」
「誘発式魔術も許す」
自ら逃げ場を断つ。
「制御できなければ、王位は返上する」
リオの胸が、痛む。
――それほどの覚悟を、背負わせている。
*
地下の儀式の間。
石の冷気が、肌にまとわりつく。
魔術陣が起動した瞬間、ガルドの内側で“それ”が目を覚ました。
――来たか。
獣化誘発。
本能を直接揺さぶる、荒々しい魔力。
血が熱くなる。
視界が、わずかに赤に染まる。
壊せ。
叩け。
踏み潰せ。
頭の奥で、獣が吠える。
「……始めろ」
声を出したことで、かろうじて人であると証明する。
肩が、勝手に広がる。
骨が、内側で軋む。
――油断すれば、一歩で持っていかれる。
ガルドは、歯を食いしばる。
この衝動を知っている。
戦場で、何度も味わった。
だが今は、違う。
壊してはならない。
守ると決めた。
「……下がれ」
リオに向けた声。
近くにいられると、獣が喜ぶ。
独占欲が、牙を剥く。
――噛みつきたい。
その考えが浮かんだ瞬間、背筋が冷える。
それだけは、絶対に違う。
一方で、リオは動けずにいた。
ガルドの気配が、あまりにも濃い。
獣の熱。
押し潰されそうな威圧。
怖い。
正直に、怖い。
けれど。
離れた瞬間、彼は一人で獣と向き合う。
それが、どうしようもなく分かってしまう。
――ここにいなければ。
「……聞こえなかったか」
ガルドの声が、獣の低さを帯びる。
「今の俺は、危険だ」
それは警告であり、必死な制御だった。
リオは、足の震えを抑えながら、半歩前に出る。
触れない距離。
だが、逃げない距離。
胸が、張り裂けそうになる。
――もし、抑えきれなかったら。
それでも、目を逸らさない。
ガルドの内側で、獣が吠えた。
近い。
奪え。
囲い込め。
爪が伸び、床に食い込む。
石に、ひびが走る。
「……くそ」
吐き捨てる。
理性が、獣の首を締め上げる。
――違う。
こいつは、獲物じゃない。
守ると決めた存在だ。
獣が、激しく抵抗する。
身体が、震える。
今ここで完全に変われば、終わりだ。
だが――。
リオの匂いが、鼻を打つ。
落ち着いた呼吸。
必死に保たれた平静。
逃げない選択。
それが、強烈に胸を打つ。
――信じている。
その事実が、獣を縛った。
ガルドは、深く息を吸う。
一度。
二度。
呼吸に、意識を集中させる。
戦場で身につけた、生存の術。
爪が、ゆっくりと引っ込む。
牙が、消える。
熱が、少しずつ引いていく。
理性が、戻る。
地下の空気が、静まった。
リオは、ようやく息を吐いた。
膝が、かすかに震える。
――抑えられた。
彼の意思で。
ガルドは、顔を上げた。
「……見ただろう」
低く、確かな声。
「俺は獣になる」
「だが、理性を捨てん」
一瞬だけ、リオを見る。
そこにあるのは、獣ではなく――選んだ男の目。
この瞬間、
地下の儀式の間は、
恐怖ではなく、
信頼によって越えられた。
これで一応獣化の心配は無くなったかな?
これから人間たちとの戦争の話になっていきます




