「その獣人は、王でした」
読んでいただけると幸いです
森の空気が、変わった。
彼が一歩踏み出すだけで、
夜の歪みが引いていくのが分かる。
まるで――
世界が、彼に従っているみたいだ。
「名前は」
低い声に問われ、
一瞬、言葉が詰まる。
「……リオ、です」
口に出した途端、
胸の奥がきゅっと縮んだ。
もう名乗る相手なんて、いないと思っていたから。
「リオ」
獣人は、その名を確かめるように繰り返す。
不思議と、
呼ばれただけなのに、
身体の震えが少しだけ収まった。
「俺は、ガルド」
短く告げられたその名に、
思考が一拍、遅れる。
――ガルド。
獣人族の王。
人の国でも、子どもを黙らせるために使われる名前。
「……え?」
間抜けな声が出た。
逃げなきゃいけない。
そう分かっているのに、足が動かない。
「やはり知られているか」
ガルドは気にした様子もなく、
僕の背後――森の奥へと視線を向けた。
「この先は獣人領だ。
人間が一人で彷徨えば、朝を迎えられん」
淡々とした事実。
脅しでも、優しさでもない。
ただの現実。
「……僕は、街を追い出されました」
気づけば、そう口にしていた。
「行く場所は、ありません」
一瞬、沈黙。
次の瞬間、
ガルドは迷いなく言った。
「なら、ここに来い」
短い。
選択肢もない。
「俺の城だ」
心臓が、大きく鳴る。
「で、でも……僕は人間で……」
「関係ない」
即答だった。
「お前は、夜の歪みが見える」
金色の瞳が、真っ直ぐ僕を射抜く。
「それだけで、十分だ」
十分――?
今まで、
邪魔だ、不吉だ、迷惑だとしか言われなかったのに。
「……怖くないんですか」
思わず、そう聞いていた。
ガルドは、ほんの少しだけ目を細める。
「怖いのは、歪みを放置することだ」
その視線が、今度は僕自身に向いた。
「お前を失う方が、よほどな」
言葉の意味を考える前に、
胸の奥が、じんと熱くなった。
*
獣人の城は、
森のさらに奥、巨大な岩山を削って作られていた。
近づくにつれ、
僕の視界から歪みが消えていく。
「……楽、です」
思わず零れた本音に、
ガルドがちらりとこちらを見る。
「俺の領地だ。歪みは抑えている」
「……ずっと、こんな場所にいられたら……」
言いかけて、口を噤む。
そんな資格、僕にはない。
「ここでは、無理をするな」
城門をくぐりながら、ガルドは言った。
「夜は外に出るな。
必要なものは、すべて用意させる」
それは、
命令のようで、
保護のようで――
「……外に、出ちゃだめなんですか」
恐る恐る尋ねると、
ガルドは足を止めた。
少しだけ、
本当に少しだけ、声が低くなる。
「出すつもりはない」
はっきりと。
「お前は、俺の城に必要な存在だ」
逃げ場のない言葉。
でも、不思議と――
怖くはなかった。
胸の奥にあった、
冷たい空洞が、
ゆっくりと塞がっていく感覚。
人の世界では、居場所がなかった。
けれど。
ここでは――
この獣人の王のそばでは、
生きていていいのかもしれない。
そう思ってしまった自分に、
僕はまだ、気づいていなかった。
ガルドかっこいいですね




