「触れていい場所」
読んでいただけると幸いです
扉が閉まった瞬間、
空気が変わった。
王の私室。
厚い扉。
外界を遮断する静けさ。
――誰も、見ていない。
*
ガルドは、
しばらく動かなかった。
背を扉に預け、
深く、長く息を吐く。
その肩が、
わずかに上下するのを見て、
胸が締め付けられる。
「……限界だ」
低く、
正直な声。
「……ごめんなさい」
思わず、
そう言っていた。
「俺が、
公の場に連れ出した」
首を振る。
「お前は、
何も悪くない」
視線が、
真っ直ぐこちらを向く。
金色の瞳が、
剥き出しの感情を宿している。
*
「……触れてもいいですか」
自分でも、
驚くほど静かな声だった。
ガルドの呼吸が、
一瞬、止まる。
「……許可を取るな」
苦しそうに、
笑う。
「拒否できなくなる」
それでも、
動かない。
――待っている。
*
一歩、
近づく。
たったそれだけで、
胸の奥が、
熱を帯びる。
ガルドの指が、
迷うように動き、
止まる。
触れない。
触れないまま、
距離だけが、
消えていく。
*
僕は、
そっと、
彼の胸に手を置いた。
――鼓動。
強く、
早い。
「……生きてますね」
小さく、
言う。
ガルドの喉が、
鳴った。
「……お前のせいだ」
*
次の瞬間。
腕が、
回された。
乱暴じゃない。
けれど、
逃がさない抱き方。
身体が、
ぴったりと重なる。
熱が、
完全に一致する。
「……近い」
「離せない」
即答。
「番だからな」
*
額が、
触れる。
鼻先が、
掠める。
けれど――
口づけない。
寸前で、
止めている。
「……どうして」
「今、
触れたら」
声が、
低く、掠れる。
「お前を、
壊す」
*
胸が、
きゅっとなる。
「……大丈夫です」
小さく、
でも、はっきり言う。
「僕は、
選びました」
その言葉に、
ガルドの理性が、
音を立てて揺れた。
最初に変わったのは、
耳でも、
瞳でもなかった。
――体温だ。
抱き寄せられた瞬間、
ガルドの身体が、
明らかに違う熱を帯びた。
「……っ」
息を吸う音が、
喉の奥で、
低く震える。
*
骨が、
静かに軋む。
音を立てない変化。
だが、
確実な変質。
腕に回された手は、
人の形を保っているのに、
力の質が、
すでに獣だった。
*
「……見るな」
そう言いながら、
視線を逸らさせない。
矛盾した命令。
「……逃げるな」
声は、
もう、人のものではない。
*
月明かりの中で、
ガルドの身体が、
ゆっくりと変わっていく。
肩幅が広がり、
筋肉の輪郭が、
よりはっきりと浮かぶ。
皮膚の上に、
毛並みが現れる。
黒と金が混じる、
獣の体毛。
顔つきも、
完全に変わった。
人の名残を残しつつ、
獣の顎、
鋭い歯。
――それでも、
目だけは、
僕を見ている。
*
「……怖いか」
獣の声で、
問いかけられる。
「……いいえ」
喉が、
少し乾く。
でも、
嘘じゃない。
「あなたが、
誰か分かるから」
その言葉に。
獣の動きが、
一瞬、止まった。
*
「……それ以上言うな」
低く、
切実な声。
「俺が、
抑えられなくなる」
――もう、
十分ぎりぎりなのに。
*
それでも、
彼は、
ゆっくりと動いた。
乱暴じゃない。
獣の体で、
人を扱うときの慎重さ。
抱き上げられ、
寝台に下ろされる。
影が、
覆いかぶさる。
*
額が触れ、
鼻先が掠め、
そして――
唇が、
深く重なった。
今までとは違う。
逃げ場を塞ぐ、
それでも、
支配じゃない。
選ばれている感覚。
*
息が、
混ざる。
獣の吐息が、
首元に落ちて、
ぞくりとする。
ガルドは、
何度も、
確かめるように、
触れてから、
必ず、止まる。
「……嫌なら、
言え」
獣の声でも、
約束は、
守られている。
*
「……嫌じゃない」
そう答えた瞬間。
彼の額が、
僕の肩に落ちた。
――理性が、
限界を越えた音。
*
それ以上のことは、
言葉にしない。
ただ、
夜が深くなり、
月が、
高く昇った。
寝台の上で、
獣と人が、
同じ呼吸になるまで。
*
気づいたとき。
ガルドの体は、
再び、
人の形に戻っていた。
けれど、
腕は、
しっかりと回されたまま。
離す気は、
ない。
*
「……すまない」
人の声。
「獣のまま……
触れた」
「……いいです」
小さく、
でも、はっきり言う。
「……あなたでしたから」
*
しばらくの沈黙のあと。
ガルドは、
額に、
静かな口づけを落とした。
「……もう、
戻れないな」
それは、
後悔じゃない。
確定の声だった。
番として、
獣として、
王として。
この夜で、
すべてが、
結ばれた。
やっとここまで来た!
余は満足じゃ




