暗躍するもの
読んでいただけると幸いです
人の国、王城。
静まり返った謁見の間で、
宰相がゆっくりと紙を畳む。
「……これで、確定ですな」
誰も否定しない。
獣人王は、
人間側の要求を「交渉」として扱わなかった。
「保護の名を借りた強奪だと、
見抜いている」
老魔術師が、苦々しく呟く。
「ならば、外交は終わりだ」
王の声は、低く、冷たい。
感情はない。
あるのは、国家としての判断だけ。
「夜の歪みは、国境線に関係なく広がる」
王は、地図に指を置く。
「獣人領だけが安定すれば、
人の国は、いずれ内側から崩れる」
沈黙。
「……彼一人で、
均衡が変わっている」
宰相が静かに言う。
「それを、
他国に握らせておく理由はない」
*
命令は、宣戦布告という形を取らなかった。
あくまで、
境界の安全確保。
あくまで、
不測の事態への対応。
言葉はいくらでも用意できる。
実際に動く者たちには、
ただ一つだけが伝えられた。
「獣人領に侵入する。
目標は一名」
*
夜明け前。
国境沿いの森に、
異質な気配が集まり始める。
魔術師。
結界技師。
護衛兵。
正規軍ではない。
だが、素人でもない。
――戦争にはしない。
だが、失敗も許されない。
そのための部隊。
「結界解析、開始」
「獣人領の結界は、
生き物のように反応します」
低い声で指示が飛ぶ。
「力で破壊するな。
歪みを“引き寄せて”、薄くする」
術式が展開される。
空気が、わずかに震えた。
*
獣人領。
城の高台で、
ザイードが、ふと足を止める。
黒豹の耳が、微かに動いた。
「……来るな」
空気の流れ。
地脈のざわめき。
そして、
夜の歪みが、不自然に引っ張られている。
獣人の感覚が、
警鐘を鳴らす。
「王に、即時報告を」
影が走る。
*
同じ頃。
城の奥で、
リオは胸を押さえていた。
「……変だ……」
歪みが、
いつもと違う。
自然に湧き、
自然に消えるものではない。
――引きずられている。
誰かが、
無理やり、
こちらへ“繋ごうとしている”。
恐怖が、
背中を這う。
「……来ないで……」
小さな声は、
城の厚い壁に吸い込まれた。
*
「王」
謁見の間。
ザイードが片膝をつく。
「境界結界に、
人為的干渉を確認しました」
ガルドの金色の瞳が、
一段、鋭くなる。
「どの程度だ」
「破壊ではありません」
冷静な報告。
「穴を開け、
歪みを流し込む準備です」
一瞬の沈黙。
それは、
奪取作戦の前兆だった。
「……人間は、
話を聞かなかったか」
低く、獣人王が呟く。
「ええ」
ザイードの声も、冷たい。
「彼らは、
“必要だから奪う”という論理を、
正当化しました」
*
ガルドは、立ち上がる。
その一歩で、
城の空気が変わった。
「迎撃準備」
短い命令。
「ただし、全面戦争にはするな」
――境界線を越えさせるな。
――だが、血は流れる。
「人間に、
“奪えない”と理解させる」
それが目的だった。
*
夜。
獣人領の外縁で、
結界が、静かに歪む。
人間側の術式が、
完成しつつあった。
「……繋がるぞ」
魔術師が息を詰める。
その瞬間。
森の奥から、
低く、腹に響く咆哮が返った。
空気が、凍る。
「――来た!」
影が、動く。
獣人たちが、
境界線に現れた。
それは、
まだ戦争ではない。
だが――
もはや交渉の続きでもない。
夜の歪みが、
再び、揺れ始める。
人の国と獣人の王。
どちらが引くかは、
もう、
言葉では決められなくなっていた。
クソ!
人間め、卑怯な!




