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ホットケーキは、二人で食べるものだと思っていた

作者: 妙原奇天
掲載日:2025/12/27

 ホットケーキは、最初に卵を入れるんじゃない。

 牛乳を先。

 そう言って、篠宮紗季はボウルを引き寄せた。


「順番があるの。だいたいのことには」


 僕は、適当に相槌を打った。

 正直、味が変わるとは思えなかったからだ。


 今は一人で、フライパンの前に立っている。

 火は弱め。

 焦がすと、怒られる。


 ……怒られる相手は、もういない。


 混ぜすぎないように、箸を止める。

 分量は覚えていない。

 でも、手の動きだけは残っている。


 それが、少し腹立たしい。


 フライパンに生地を落とす。

 ぽとり、と音がした。

 静かな台所で、その音だけが浮く。


「まだ」


 声がした気がして、手が止まる。


「待って」


 もちろん、幻聴だ。

 それでも、僕は勝手に待つ。


 表面に、小さな泡が出てくる。

 これが合図だった。


 フライ返しを差し込む。

 ひっくり返す、この瞬間が怖い。

 失敗すると、全部が台無しになる気がして。


 えい、と返す。

 少し、焼きすぎた。


「大丈夫」


 紗季なら、そう言っただろう。


「どうせ、二人で食べるんだから」


 二人で。

 その言葉だけが、台所に残っている。


 皿に乗せたホットケーキは、一枚だけだ。

 ナイフを入れるか迷って、やめた。


 そのまま、かじる。

 少し、甘すぎる。

 砂糖を入れすぎたのかもしれない。


 でも、文句を言う相手はいない。

 だから僕は、黙って全部食べた。


 ホットケーキは、

 二人で食べるものだと思っていた。


 一人で食べると、

 こんなにも、静かだ。


 フライパンを洗いながら、

 次は、もう焼かないだろうな、と考える。


 その考えだけは、

 なぜか、失敗しなかった。

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