第一話:仮面の庭
帝都・朝霧邸。 春の風が、白梅の花びらを庭に散らしていた。 その庭の奥、誰も近づかない小さな蔵がある。 “仮面の蔵”――椿子が幼い頃から、母に触れてはならないと言われていた場所。
椿子は、母・澄乃の寝室から戻ったばかりだった。 病の進行は静かで、しかし確実だった。 言葉を交わすことも、もうほとんど叶わない。
彼女は、語らないことを選んでいた。 屋敷の者にも、友人にも、母の病については何も語らなかった。 語れば、壊れてしまいそうだったから。
その日、朝霧家に新しい従者がやってきた。 名は静馬。 年若く、無口で、礼儀正しい青年だった。
椿子は、彼に初めて声をかけた。
「あなたは、語らない者の傍に立てますか?」
静馬は、少しだけ目を伏せてから答えた。
「語らない者の傍に立つことが、私の役目です。」
その言葉に、椿子は初めて“沈黙を守る者”の存在を感じた。
夕暮れ。 椿子は、仮面の蔵の扉を開けた。 母が遺した白面が、棚の奥に静かに置かれていた。 その裏には、澄乃の筆跡でこう記されていた。
「語ることができないなら、 誰かに、沈黙を守ってもらいなさい。」
椿子は、白面を手に取りながら、静馬の背を見つめた。 その背は、沈黙の重さを受け止める者のものだった。




