3. 屋上にて
「でもまさか、伊藤くんと綾香が幼馴染だったとはねぇ……」
「森原も隅に置けないな」
「別に……小学校の途中まで一緒だっただけだよ」
昼休み、いつものように屋上で弁当を広げながら、私たちはそんな話をする。
流石に盛夏は空調の効いた教室内で食べていたが、やはり澄み切った青に見守られながら、この三人だけで食事をするのが、一番心地良くて気楽である。
例の瑞樹はと言うと、午前の授業を終えると同時に、好奇心に駆られたクラスメイトたちに取り囲まれていたので、私は彼がちゃんと昼食をとれるように祈り——放って来た。
「途中まで、ってことは……」
「うん、その時も転校しちゃったの」
確か小学五年生の、今みたいな季節。
『お父さんの仕事で、引っ越すんだ』
当時から、積極的に人間関係を構築するタイプではなかった私にとって、数少ない友人であった瑞樹があの時に見せた寂しげな顔は、不思議と今でも鮮明に思い出せる。
互いの家は結構離れていて、幼馴染とは言っても、家族ぐるみでの付き合いはなかった。
授業参観に来るのは決まって彼の母親だったせいで、『お父さん』を見たことがない私は童心らしく、その姿を「瑞樹を連れ去ってしまう悪者」として想像した。
「また親の仕事で戻って来たのかな?」
私に訊かれても困るが、普通に考えて再転校の理由はそれしかないだろう。
私は卵焼きを口に運びながら「多分ね」と返す。
「……なあ」
一足先に弁当を平らげた三沢が、不意に呟く。
「ん? どうしたの?」
「森原は……伊藤のことが好きなのか?」
「ゴフッ……ガハッゲホッゴホッ!」
やばい、咽せた。
少しして落ち着いたが、直前に入れた火星人ウインナーが、まだ喉に引っかかっているらしい。ウンウン唸りながら「急に変なこと言わないでよ」ぶっきらぼうに不満を投げつける。
悪い悪い、と三沢は謝罪するが、笑いを隠す気配はない。なんなら詩織も面白がっているし。
「好きとか、そんなことは思ったことないよ」
「えー、あんなイケメンだぞ? モテまくってただろ」
どうやら同性からしても、彼の顔立ちの評価は高いらしい。
ただ——。
「瑞樹は……昔はもっと地味だったよ」
常々から他人のカミングアウトをするほど、私は無神経な人間ではない——少なくともそう自負している——が、この二人に瑞樹の過去を喋ることに対しては、罪悪感を覚えなかった。
「もっとこう……田舎っぽいって言うのかな? あんな目立つ子じゃなかった」
「マジか」
「うん。下手すれば私より陰気臭かったし……マセてはいたよ。あの年齢でフィルムカメラ持ち歩いてたくらいだから」
「お、おぉ……アンニュイなガキだな」
「アンニュイ、ねぇ……。まあ、とりあえず昔の瑞樹はそんな感じだった。だから今日会った時は『随分と垢抜けたなー』って」
「もたもたしてたら、他の女子に取られちゃうよ!」
半ば興奮気味に詩織が言う。
確かに瑞樹は垢抜けたし、それどころか素敵な青年への道を進んでいると思う。
しかし私の中では未だ、無垢な伊藤少年の姿が克明に映し出されていて、子供特有の、性別では隔たらない友情というものが、あの頃と変わらず私たちの間に存在している気がして仕方ないのだ。
「私は……瑞樹のことを恋愛対象としては見れないかな」
その言葉に、二つの落胆の声が重なった。
こういうことになるから、他人に勝手に期待するな、と言うんだ私は。
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作者の冨知夜章汰です!
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