プロローグ
可も不可もない、カフェラテ色の制服に身を包み、私の一日は幕を開ける。
川沿いの通学路。立ち並ぶ桜が、私たちの高校入学を祝うように咲いてから半年。
その時に覚えたはずの感動は、とっくに私の脳内から消失していた。
儚げで美しい記憶など、ヒスっぽい真夏の態度が二ヶ月も続けば、誰だって容易に塗り替えられてしまう。
だから別に、私が冷淡だとか、感受性が低いだとか、そういう話ではないのだ——多分。
同じ制服を着た人たちが、自転車で私を追い越して行くと、間に柔らかい風が生まれる。
少し前までは、ただの鬱陶しい熱風でしかなかったが最近では若干、それが心地よく感じる。どうやら季節は秋に向かい始めているらしい。
「綾香おはよー」
聞き慣れた軽い声。振り向くと、クラスメイトの竹村詩織が、駆け足で距離を詰めて来ていた。
「おはよ」
彼女のために歩くスピードを緩める、なんてことはしない。
定速で足を動かし続ける私に、数十秒ほどで詩織が追いつく。いつもの横並び通学が出来上がった時、彼女は「転校生、どんな人なんだろうね」と上擦り気味に言う。
またその話題か。
「焦らなくても、あと一時間もしないうちにわかるよ」私はため息を抑えながら返した。
『明日、このクラスに転校生が来ますんで、よろしく』
昨日の授業終了直前、担任の藍田が相変わらずの無愛想さを崩さずに告げた。
『転校生? やっべーどんな子だろ? 可愛いかな!?』『馬鹿ね、まだ女子かもわかんないでしょ』
ちょっとしたフェスに思えるほど、盛り上がる生徒との対比のせいで、彼の人情味が普段以上に失せている気がしたのを覚えている。
「ほーんと、綾香は『我関せず!』って感じだよね。そういうところ、嫌いじゃないけど」
時代劇っぽさでも表現したかったのか、『我関せず!』の部分で完全に変顔になっている詩織を見て、思わず笑ってしまう。
「別に、まったく興味がないわけじゃないけどさ……」
「けど……何よ?」
尻窄みの先にある私の言葉を逃すまいと、詩織が食い気味に訊ねる。
「なんというか……顔も見えない人間をさ、転校生っていう物珍しさだけで、こぞって話題に上げて変に期待したりするの、私は嫌いなの」
運動神経抜群の王子様系イケメン? 才色兼備の女神みたいなお嬢様? そんなハイスペックな人間が転校して来るのは、少女漫画かラブコメ映画の中だけに決まっている。
「高望みでしかない妄想を勝手にしておいて、いざ現実を突きつけられた瞬間に『裏切られた、期待外れだわー』みたいな空気を出すのって、相手に失礼でしょ」
「……そりゃ言えてるね」
アハハ、と引きつった表情を浮かべている彼女を見て「詩織、お前もか」やや大げさな重厚感を纏わせて放つ。
「私はブルータスじゃないっつーの」
配慮の行き届いたデコピンをこちらに食らわせて来る。
こういうふざけたノリにも、ちゃんと付き合ってくれるのが彼女の良いところだ。
「ま、綾香の言いたいことは、なんとなくわかるかも」
「……そっか」
そんな話をしながら、私たちは通学路の最終盤、勾配のきつい路を上って行った。
汗は流れないけれど、やっぱりまだ暑い。
読んで頂き、ありがとうございます!
作者の冨知夜章汰です!
僕にとって初めての連載作品「たそがれシトラス」。
少しでも楽しんで頂けるように書き進めて参りますので、気長に更新を待ってもらえると嬉しいです!
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