正妃様の第二王子は男爵令嬢にご執心のようです
悲恋? いいえ、ギャグです。
「プリムローズ、そろそろ部活も終わる頃かな? もう遅いからウチの馬車で一緒に帰ろう。そして今日こそ婚約の書類を調えよう」
「お気遣いはありがたいのですが、殿下。当家の馬車を待たせておりますので、ご安心を」
「そうかい? それなら良いけど……」
毎日のルーティンと言っても過言ではないやり取り。残念なことに今日もフラれてしまった。
無理強いをして不愉快にさせないように、断られたらサッと引くのが良い男のコツだと義兄上も言っていた。
いい加減プリムローズとゆっくり話す時間を作って、彼女との婚約を父上と母上へ報告に行きたいのだが。
トボトボと演習場を後にし、側近たちと馬車溜まりに向かう。毎日、この時間がちょっぴり寂しい。
「毎日フラれてんのに、毎度毎度懲りませんねぇ殿下」
「知ってます? 今日、断られ続けて半年の記念日ですよ」
「記念するなそんなもの! 凹むだろうが!」
こんなにもプリムローズを愛しているのに。どうして僕の手を取ってくれないのだろう。
確かに僕は王子だけど、正妃の子で同母の兄が既に立太子して、結婚もしている。年が明けたら甥か姪が生まれる予定だ。
異母兄二人も優秀だし、正妃と側妃の親族は同じ大河を挟んだ治水で昔から提携しているから、王子間の仲も悪くない。
要するに、継承第四位の僕が面倒な争いに巻き込まれることはないのだから、安心して結婚できるのに。
どうしてかずっと、婚約の話を進めることすら避けられてしまう。プリムローズに婚約者がいないことは確認済みだ。
「それより俺は半年間も断り続ける根性に感心する。武の道を極めたいから結婚などする予定はない、と言い切るご令嬢も大概だが……あの根性、騎士団にスカウトしたい」
「するな! プリムローズは僕と結婚するんだ!」
半年間でダメでも、半年と一日ならいけるかもしれないじゃないか! 騎士団に女性団員が足りないのは知ってるけど、スカウトなんて認めないぞ!
「なにせ兄のいる男爵令嬢だもんな。ファネット男爵家は継げないから、結婚する以外だと、武で身を立てるか、店を起こすか、高位貴族の侍女として働くか。
真剣に人生考えてるところに、冗談好きの殿下が丁度いいオモチャを見つけてからかってると思ってるんだろうよ」
「冗談!? 僕の渾身のプロポーズを冗談だと思われてるのか!?」
それが事実ならさすがにショックが大きい。
幼なじみや乳兄弟として育った側近たちこそ、僕をからかってるだけだと思いたい。
「冗談にしかならないでしょう。男爵家は王家に嫁げる身分じゃないですから」
「仮に逆だとしても然り。側妃様の王子殿下ですら、婿に迎えるのきびしいです」
「最初から王位継承権を付与されない、愛妾の子ならまだしもですよねぇ」
「なんと……」
生まれなどという、自分ではどうにもならないものを恨みたくなったのは初めてだ。
いや勿論、とんだ贅沢を言ってるのは分かってる。
日々の食べ物にさえ事欠く庶民が「好きでこんな家に生まれたワケじゃない」と思うのは当然だが、なに不自由ない暮らしを保証されている僕が「好きで王族に生まれたワケじゃない」なんて言うべきではない。
だけどこれが恨まずにいられようか!
「ましてや我らが王子殿下は正妃様の第二王子。マトモな感性してたら真に受けるワケないですよ」
「そう……なのか……。いや待て、先々代王妃様の例もある。一旦高位貴族への養子縁組を経れば結婚は可能だろう? そんな現実的なルートがあっても冗談だと思ってしまうのか!?」
知らなかった……世の女性とはそんな現実主義者なのか? それともプリムローズが特異なのか? どちらにせよ、どうしてもっと早く教えてくれないんだ。そうしたらもっと良いアプローチを考えたのに。
「いやぁ、殿下って夢中になってる時は人の話聞きませんからねえ」
「そんなことはないぞ? ちゃんと側近の意見は聞くように教育されている。だからな、彼女が養子縁組に頷いてくれそうな近縁の伯爵家がないか教えてくれ」
「それは意見を聞くんじゃなく、自分で調べるのをサボってるだけでしょう」
「う」
うるさいぞ、と言いかけたが、いけないいけない。側近の諫言を聞き流すような王子に嫁ぐのは誰だって願い下げだろう。
「そもそも致命的なところが抜けてると思うんですけど、聞きます?」
「なんだ」
「ファネット嬢の立場で考えてみてくださいね? 王妃ならともかく、王子妃や大公妃止まりのために実の親と縁を切れって、ハッキリとは言葉にしないけど延々そんなこと迫ってくる相手に、良い印象って持てます?」
「――――!?」
「男爵や準男爵って、一代男爵なら事実上の平民です。爵位を継承できる家でも、ちょっといい生活してる平民と大差ないとこありますからねぇ。
平民クラスで聞いた感じ、平民ってのは家族のまとまりを割と大事にするらしいですから。それを引き裂いて自分と結婚しろ! って迫る王子」
「…………もう何も言うな……」
プリムローズと結婚したくてあれこれ考えたが、やることなすこと裏目に出ているということか。それならもう、諦めた方がいいのか。
いやしかし、その程度で諦められるようなら恋などではないわけで!
「プリムローズの気持ちは……どうなんだろうか……? そういった障害が何もなければ、僕と結婚してくれる見込みはあるだろうか……?」
「うーん、どうですかねぇ。そもそも婚約者でもないのに親しげに名前で呼ぶから、彼女が殿下狙いの女子生徒たちから針のむしろに晒されてるのに助けもしないし」
えっ? 針のむしろ?
王族が囲おうとしている女性に嫌がらせなど正気か?
普通は媚びへつらって取り入るものじゃないのか。それによって安全になるものだと思っていたんだが。
「まぁ助けたところで……原因は殿下がファネット嬢に絡みまくることなんで、印象が上がることはないと思いますけどね」
「詰みじゃないか! というか何だそれは、今初めて知ったぞ? 僕の前ではそんなこと一切起きてないのに、どういうことだ?」
「そりゃあ殿下の前で堂々とファネット嬢をいじめるバカはいないでしょうよ。
殿下の見てない時にネチネチいびられてるんで、俺たちは見かけ次第助けてます。もっともファネット嬢自身がお強いので、男子生徒に絡まれた場合は武力で叩きのめしてるようですけど」
「あれすごいよな。仮に爵位が上の男だとしても、格下の爵位の女に武力で負けたなんて言いふらせないから、どうやっても問題ないもんなぁ」
「どうして僕に報告しなかった!」
「してますよ。行いの悪い生徒がいたので処罰の決裁お願いします、って書類上げてますよね? さてはロクに見ずに決裁印捺してます?」
まずい、草むらをつついてヒドラを出してしまったようだ。
「と、ともあれだ。僕が彼女に婚約を迫ること自体が彼女の立場を悪くしているんだな?」
「端的に言えばそうなりますね」
1hit!
「半年間ずーっとそれが続いてますね」
2hit!
「真剣に進路を考えたいのに、冗談にしか聞こえない王族からのプロポーズで、どの進路の相談先も話が止まってるようですね」
3hit!
「彼女の人生の邪魔しかしてないですよね」
4hit!
「うわぁぁぁん……!」
「泣きたいのはどう考えても彼女の方ですけどね」
5hit!
「くっ……ハッキリ言ってくれる側近を持って幸せだよ僕は……」
代わりに心がズタボロだが。
「何よりです。
それではご理解いただけましたようなので、フラれ続けて半年記念をもちまして、彼女へのプロポーズは止めていただけますね?」
「うう……そうする……僕のプリムローズ……」
「だからぁ、婚約者でもないのに名前で呼ぶのは止めた方がいいですよ」
学園から王宮に着くまでの馬車の中、あんまりと言えばあんまりな恋の幕引きとなった。
女性側の視点で読むとじわじわと「こいつ気持ち悪いな」ってなるタイプの、思い込み激しい王子。
相手の同意なく軟禁して、せっせとご飯を作って食べさせて「自分はこんなに誠意を尽くしているのに、どうして相手は喜ばないんだろう?」って首をかしげているような気持ち悪さを目指しました。