ある日、森の中、○○に、出会った
俺が森に踏み入ると、体が軽くなった感じがした。恐らく魔素の関係だろう。
魔素が濃い場所ほど、精霊にはいい環境なのだろう。フェリーゼもそんなことを言っていた気がする。
森に入った場所から辺りを見渡すと、木の葉の隙間から光のシャワーが降り注ぎ、そよ風が心地よい樹々の囀りを運んでくる。
嗅覚があれば、美味しい空気を味わいながら最高の森林浴ができただろうに。よく観察すると至る所に獣道があり、樹の幹には動物が爪を立てたであろう跡がちらほら見た。
このまま地面を歩いていくのは危険な気がする。
俺は手の形を変えられないか試行錯誤することにした。その結果、手をかぎ爪の形に変形することが出来た。
これで蜘蛛男みたいなことができる!俺は樹に爪を立てて登ってみた。風の精霊の体のせいか、体重が軽いのだろう、サクサク登れる。すぐに樹の頂上付近まで登ることができた。
細長い木の枝にも乗ってみる。ほんの少ししなるだけで折れる気配がない。
俺は木の枝を渡って他の樹に飛び移り、木の葉の隙間から見える高く聳える山々に向かって移動を再開した。
樹の上を移動するのは正解だった。時折、狼や熊、虎のような動物が通りかかったが、狼は樹に登れず、熊は登れても遅かったので、すぐに撒くことができた。
虎はかなりすばしっこく、跳躍力もあるせいで樹々を渡っても容易に追跡してきたが、途中で枝が折れて落下したせいで、諦めてくれた。これである程度の動物が追ってきても逃げ切れる。
森の奥に進むにつれて、樹々の背丈が段々と高く、樹の太さも大きくなっている。既に背丈の30倍はありそうだ。下を通る動物もどんどん大きくなっていく。
よほど、魔素か餌が良いのだろう。俺は気を引き締めて先を進むことにした。すると、樹々が少し開けた場所に出た。
そこには透き通った池があり、池の底までよく見える。池の中心には小さな島があり、色とりどりの花が咲いている花畑があった。宝石のようにキラキラと光って見える。
俺は花畑が気になり、辺りを見回して動物の気配がないことを確認し、樹から降りて花畑に向かうことにした。池に足を踏み入れてみると、なんと池の上に乗ることができた! え、俺ってそんなに軽いの⁉ と驚きながら歩いて移動すると、すぐに花畑のある島へ到着した。
花畑に到着して驚いたことは、全部同じ種類の花が咲いていたことだった。色とりどりに見えたのは花弁が光の反射具合によって、様々な色に変化して見えていたらしい。
それと、一際目を引いたのが花畑の中心に咲く花だけ周りより一回り大きく、他の花の雌蕊や雄蕊のある場所に蛹みたいなものがあるのだ。
なんだろうと近づこうとしたところ、不意に背後から何かの気配がした。
俺は反射的に振り返った。その直後、何かにタックルされ、押し倒されてしまった。
そして俺を押し倒したのは、黄緑色の髪、左目が青、右目が髪と同じ黄緑色をしたオッドアイな美少女エルフだった。
年齢は分からないが中学生くらいに見える美少女エルフは顔を綻ばせた瞬間、「オェェェエエエ」と俺に向かっていきなり嘔吐してきた。
内心、うわっ! と思っていたが、嘔吐物は体を通り抜けていく。
いきなりなにするんだこの美少女エルフはと思っていたところ、何事もなかったように美少女エルフは話しかけてきた。
フェリーゼが喋っていた言葉に似ているがさっぱり分からない。
俺は顔を左右に振って分からないアピールをしていると、美少女エルフの後ろから明らかに妖精と思える存在が現れた。
黄色の髪、髪と同じ黄色の目、花びらをあしらった服を着ていて、背中には蝶々の様な羽が生えている。大きさは大体手のひらより少し大きいくらいだった。
その妖精は美少女エルフに向かって説教をしている。お母さんみたいで思わず笑ってしまった。
妖精は美少女エルフの説教を終えた後、俺が言葉を理解出来ないのを悟ったのか、俺の体に手を当ててきた。
その瞬間、一気に頭の中に妖精の思考が流れてきた。うぉぉぉおおおおおお! なんだこれぇぇぇええええええ!! 頭の中がぐちゃぐちゃに弄られるような感覚があり、やっと終わったと思ったら、妖精は「あたしの言葉が分かる」と喋りかけてきた。
俺は咄嗟に「分かる」と返事をした。妖精は「ならもう大丈夫ね。リン、いつも変なものは不用意に食べない、触らないでって言ってるよね?」と美少女エルフを窘め始めた。
どうやら美少女エルフの名前は【リン】というらしい。リンは妖精に向かって「だって、ラピス、気になるものはしょうがないじゃない」と文句を言っている。
俺はそんなやり取りを見ながら「君がリンで、この子がラピスで合ってる?」と聞くと、リンが「そうよ、貴方の名前はなに?」と聞いてきた。
そういえば、フェリーゼのときも名乗っていなかったことに気づいた。うーん、元の世界の名前じゃへんだろうし、どうするかな~と考え、そして決めた。
「俺の名前はソラだ」
「ソラね、良い名前じゃない。ところでソラ、あなたこんなところで何をしていたの?」
俺は花畑の中心に視線を向けた。リンとラピスも同じく視線を向け、リンがはしゃぎながら蛹がなっている花に向かって駆け出した。
「ねぇ、ラピス、妖精が生まれそうよ」
どうやら、あの蛹は妖精の卵の様なものらしい。そういえば、元居た世界でも花から妖精が生まれる描写はあったな~と思っていると、ラピスが蛹を調べ始めた。
「どれどれ、って、これ雄じゃない! リンはこれをどうするつもり⁉」
「え、雄ならラピスの番か弟に出来るじゃない、持って帰ろうよ♪」
どうやらリンは持ち帰る気満々のようだ。ラピスは額に手を当てて、頭を悩ませているみたいだ。
「マシロになんていうつもり? それにソラはどうするのよ?」
「え? どっちも連れて帰るに決まってるじゃない」
リンはえっへんと腰の両脇に手を当てて胸を張った。
ラピスはそれを見て「いつも通りか……」と呟いていた。どうやらこの光景は日常茶飯事らしい。
俺も行く前提になっているが俺の意思は聞く気がないのだろうか?
「俺の意思は?」
「ソラはどこか行く予定でもあるの? ないならうちに来なよ、美味しいもの御馳走するわよ、マシロが」
「リン、精霊は妖精と違って実体がなくて魔力の塊みたいなものだから味覚なんてないわよ」
ラピスが溜息を吐きながらそう言うと、リンは地面に寝転がりながら手足をばたつかせ、駄々をこねだした。
「嫌だ嫌だ嫌だ、絶対連れてく! だって、精霊なんて中々出会えないもん。ソラと話したり、遊んだりしたいの!!」
ラピスが俺に近付き、耳元で囁いてきた。
「こうなったら手が付けれないの。予定がないならうちに来てくれない?」
俺はこの世界のことがまだ詳しくないし、行く当てもないので「色々と教えてくれるなら」と返事して見返りを求めた。ラピスが安堵したようにホッとした溜息を吐いた。
リンは瞬く間に機嫌を直し、「じゃあ、うちに案内するわ、私についてきて」といきなり走りだし、驚異的な跳躍力で池を軽々と飛び越えてしまった。
なんて運動神経してるんだ。そう思っていると「早く早く~、こっちよこっち~」と急かしてくる。
ラピスは慣れているのか、既に妖精の卵がついている花を摘み、リンの後を追いかけている。その二人を交互に見ながら、見失わない様に俺も追いかけることにした。
こんな深い森の中、目印も見当たらないのにリンはするすると森を進んでいく。
俺は「ラピス、道は分かるの?」と聞くと、「あなた、魔力が感知出来ないの?」と言われた。
「出来ない…」と言うと、「じゃあ、後で教えてあげるわ。今はリンについて行って、出ないとはぐれちゃうわよ」とそそくさとリンの後を追いかけていった。
俺もそれに続いてリンとラピスを追いかけるしかなかった。
どれくらい進んだろうか、樹々の隙間から見える空は段々と薄暗くなっていっている。まだかなと思っていると、「着いたわ、あそこが私たちのうちよ」とリンが指を刺した。そこは背丈の50倍はあるであろう巨木を利用した家だった。
エルフの少女と妖精に出会いました。天真爛漫でお転婆娘とお母さんみたいな妖精です。