リン帰宅
リンが戻ってこないので、俺とマシロはミカと一緒に酒場に行くことにした。他のドワーフ達は酒場を出禁にされている人達がいるので、それぞれの家に帰っていく。酒場に着くと、ミカがマシロに夕食を作ってくれた。序でにリンがいつ帰ってきても良いように冷めても食べれる軽食を作り置きしてくれる。外はもう真っ暗だ。どこで道草を食っているのやら。無理してでも飛んで捕まえるべきだったか? 今更後悔しても遅い。俺は気を紛らわせる為に、ミカに今出来てる布がどこにあるのか質問する。この状態だとドワーフの村で寝泊りすることになるので、眠れない俺は暇になるのだ。
「あぁ、出来上がってる布は地下の倉庫に置いてあるよ。勝手に持っていくと良い。ただし、無駄にしないでおくれ。女性達が暇を見つけては作ってくれたんだからね」
ミカは拳を握りしめて、魔力の威圧をかけてくる。
「分かった…。大事にするから、そんなプレッシャーをかけないでくれるか? 俺はトレント達の所へ行ってくるから、マシロを頼む」
ミカにマシロを任せ、逃げる様にトレント達がいる場所に向かって早歩きで移動する。
トレント達が休憩している場所へ着くと、トレント達は既に皆眠っている状態だった。ここは静かだし、やることがないから寝てしまったようだ。起こすのも気が引けるなと思っていた所、ユングが目を覚ました。
「誰かと思えば、ソラか…。こんな夜に何か用か?」
「前にお願いした漆や樹脂はどうなっているのか聞きに来たんだ。夜はやることがないからそれを使って布を加工をしようと思っているんだけど、集まっているかな?」
ユングは欠伸を噛み締めながら、答えてくれる。
「あぁ、それなら、井戸の脇にある樽に溜めてある。空気に触れると固まるから蓋をしてあるが、表面は固まってしまっているはずだ。それでもいいなら持っていくと良い…」
そういうとユングはまた眠ってしまった。俺は樹脂の入っている樽を持ち上げようとしたが、持ち上がらなかった…。俺は非力さを呪ったがどうしようもないので、酒場に戻り、マシロにお願いすることにした。
酒場に戻ってみると、まだリンは帰ってきていないみたいだった。マシロはカウンターでミカのお手伝いをしていた。俺はマシロに樹脂が入っている樽を持ち上げることが出来なかったので、樽を運んでほしいとお願いする。ミカには酒場の地下に置いていいか聞いてみると、快く了承してくれた。マシロと一緒に樽の場所まで移動している間、リンのことを心配していないか聞くことにした。
「マシロ。リンが戻ってこなくて心配になったりしてないか? 俺が空を飛んで捕まえればこんなことにはならなかったのに…」
「リンお姉ちゃんのことを何回も心配になったこともあるけど、必ず戻ってきたから今回も大丈夫だと思うよ。私はそれより、皆の革袋を持って帰ってこないかも知れないからそれが心配で心配でしょうがないよ」
マシロは軽い溜息を吐きながら、答えてくれる。一応は心配しているみたいだ。心配している所が少し違うだけで…。まあ、確かに、人の物を失くしてきたら対応するのはマシロになるだろうから仕方ないか…。樽を回収して酒場に戻ってもまだリンは帰ってきていなかった。ミカがもう遅いからマシロに仮眠を取ったらと、奥の扉に指を指して仮眠を促してくれる。マシロは頷いて扉に手をかけようとしたところ、酒場に誰かが物凄い勢いで入ってきた。
それはビショビショに濡れたリンだった。両手には大量の革袋を抱えている。
「はぁっはぁっ、やっと戻ってこれたわ。ねぇねぇ、マシロ、ソラ! 寒さで体が勝手に震えるなんて初めてだったわ! 今度一緒に行ってみようよ!」
帰ってきて早々何を言っているんだこの子は? 詳しく話を聞いてみると、どうやらリンは、森の北に聳える山脈まで風に流されていったらしい。そして標高の高い場所には雪がある。リンは初めての雪に寒さで震えながらも遊んできたそうだ。大きくなっている革袋がいくつか見えるが、雪を入れて持ってきたらしい。開けてみると既に水になっていたが、ミカやマシロが触ってみると、キンキンに冷えていて「冷たい!」と驚いている。俺は触っても温度を感じることが出来ないので良く分からなかった…。
「こんなに冷たいとはねぇ。何かに使えそうだけど、あそこの山の上に行くの骨が折れそうだからどうしたものかねぇ」
ミカは何かに使えないか悩んでいる。確かに雪を持ってくれば、冷えた飲み物やデザートを作ることは出来そうだな。そういえば、ジュースやお酒は常温で出しているみたいだし、キンキンに冷やした方が美味しいと思うよとミカに提案してみると、「機会があれば試してみたいねぇ」と少し乗り気になったようだ。
「ぶぇっくしゅん、ずずず~。何か鼻水が垂れてくるし、体が重たくなってきた気がするわ。疲れたし、少し休ませてもらうね!」
リンは手に持っている革袋を無造作に床に置いて、そのまま奥の扉に進もうとする。
「リンお姉ちゃん。そんなビショビショに濡れたままじゃ駄目だよ。こっちに来て。拭いてあげるから」
マシロがタオルと着替えを持って来て、リンを拭いてあげた後、着替えをさせている。その間もリンのくしゃみは止まらない。急な寒暖差で体調を崩したようだ。よく見るとリンの唇が紫色になっている。俺は「体を暖かくなるようにして、早く寝かした方が良い」と諭すと、リンとマシロは早々に奥の扉へ入っていく。扉越しからでもリンのくしゃみが聞こえてくる。
「リンは大丈夫かね~? あんなリン初めて見たよ」
ミカは床に転がっている革袋を片付けながらリンを気遣う言葉をかけてくる。
「たぶん、寒い所に行くなんて初めてだったんだろう。急な寒暖差で体調を崩したんだと思う。明日は寝込み確定コースだと思うよ。まあ、リンが大人しくしている分、作業は捗りそうな気もするけど…」
辺りを見回すと、酒場には俺とミカ以外誰もいなくなっていた。男性陣が出禁になったせいで、夜は暇になって閑散としているらしい。もうこのまま今日は店じまいするみたいだ。俺はテーブルの一つを貸して貰えるようお願いする。夜は一人で大量の布を樹脂でコーティングするつもりなのだ。ミカは了承してくれると、「何か必要なものがあったら呼んでおくれ」と言い残して奥の扉に入っていった。仮眠スペースにもミカの居住スペースもあるらしい。
ミカがいなくなると酒場には俺一人だけになった。俺は地下室で樹脂の入っている樽を開け、必要な分だけ小さな樽に移して、酒場に持っていく。そしてテーブルに布を敷くと、手の形をローラーの様に変形させた後、樹脂につけては布に塗っていく。そして樹脂が乾いたら、裏返してもう片面も塗っていく。延々とこの工程を繰り返し行うのだ。樹脂をコーティングした布で試しに空気が洩れないか、袋状にした後、空気を入れてみる。布はぷくぷくと膨れ上がって、パンパンになったところで止めて、少し触ってみる。どうやら空気は洩れていないようだ。これ以上圧力をかけると破裂しそうな気がするので、やめておく。空気が洩れていないことが確認できれば今はそれでいいのだ。
夜が明けるまでひたすらと同じ工程を繰り返していた俺は、いつしか無の境地で布に樹脂をコーティングすることを覚えていた。気づいたら積み重なった布が背丈まで高くなっていた。樹脂を塗ったせいでかさ増しされているみたいだ。
ふいに扉の開く音が聞こえてきた。俺は振り返るとそこにはミカが戻ってきた所だったが怒りの形相でこちらを睨みつけていた。
「ソラ! なんだこの匂いは! こんなに臭いなんて聞いてないよ。どうしてくれるんだい!」
ミカに説教を食らってしまった。俺は嗅覚がないので樹脂の匂いを失念していた…。結局その後、俺は体を扇風機の様な形に変形させて、匂いがマシになるまで酒場を換気する破目になった…。
リンは雪山まで飛ばされたにもかかわらず、雪で遊んで帰ってくるのが遅くなりました。




