閑話 森へ出発
アーノルド将軍から親書が届いた。スコルピオン部隊と馬車の編成が整い、人工魔石の準備も完了したとのことだった。それに伴い、私に顔を出してほしいとの申し出があった。私は人工魔石の生成でここ最近まで忙しく、少し休養を貰っていることを将軍は知っているはずなのだが…。なんか嫌な予感がする…。しかし、こちらから軍部に協力を求めたからには断れるはずもなく、気が乗らないまま、指定された日時に軍部に顔を出すことにした。
指定された日時より少し早く軍部に到着すると、そこにはスコルピオン・イグナイトがずらっと並んでいた。さすがに全機揃うことはないので壮観だ。自分が開発した兵器がここまで並んでいると気持ちが高ぶって涙が溢れそうになる。涙が零れると恥ずかしいので目で拭ったあと、辺りを見回してみると、一際大きなスコルピオンの前に将軍が立っていた。あの大きなスコルピオンを私は知らない。どうやら私に内緒で改造したらしい。私を見つけた将軍がニヤニヤと笑っているのが遠くからでも見える。将軍は時折私を驚かす為に、こういうことをたまにやる。深い溜息を吐いて心を落ち着かせ、将軍のところに向かう。
「将軍、見慣れるスコルピオンがあるのだが、どういうことかな? 私に内緒でまた改造したな。心臓に悪いからやめて欲しいのだが…」
「アッハッハッハ。博士はあまり表情が変わりませんからな。たまにこうやって顔色を変えてやらんと顔の筋肉が凝り固まってしまいますぞ。それに博士の為だけではなく、これは娘達のためでもあるのですよ」
将軍が笑いながら視線を向けた先を見ると、そこには女性兵士が四人待機していた。そしてその全員が私の顔見知りだった。前にいる二人は将軍の長女、ダンケル・D・クレインと次女のダンケル・D・ティアだった。後ろに控えている二人は侍女兼護衛のカティとケイティだ。自分の娘達を戦場に出すとは、何を考えているのだろうか。こういうことも将軍はたまにやるので、心臓に悪い。
「ということは、これは指揮官機ということですか…。私はてっきり、将軍自ら行くもの馬鹿りだと思っていましたが」
将軍は私の耳もとまで近づき、周りに聞こえない声で話しかけてきた。
「そうしたいのは山々ですが、選別の実験が終わったらしいのです。あんなところに娘達を出すわけにはまいりません。こちらの汚れ仕事は私がやることになったのです。それで指揮官として貴方を呼んだのですよ。娘達は貴方の補佐に付けますので、宜しくお願いします」
将軍はいきなり何を言い出すんだ!? どうやら私は顔を出すだけでなく、大森林進行の指揮官として呼ばれたらしい。荷造りなどしていないぞ! それに選別実験というのはノンベルト先生主動の計画のことか。確か、人為的に強い感染症を煩わせて、生き残ると強靭な肉体と魔力を得るというものだったはずだ。しかし、帝都や大都市でやるのは危険すぎる為、辺境の離れている村で実験を行っていたはずだ。どうやらその実験が終了し、将軍は実験の成果を確認しに行くらしい。生存率は確か1~2割ほどだったか? ほとんどの村人が死に絶えると予想されていた実験だ。娘達に行かせたいとは将軍も思わなかったらしい。
「私は何の準備もしていないぞ! それにスコルピオンは四人乗りだぞ。どこに私の乗るスペースがあるんだ?」
「準備ならこちらでしてあります。軍部には貴方専用の部屋がありますから容易でした。あぁ、このスコルピオン・イグナイトヘッドは五人乗りです。貴方の乗るスペースなど確保済みですよ」
ニヤニヤと笑いながら答えてくる。私の他は全員女性ではないか! 将軍は婚期の遅れている私に女性を見繕うと、たまにこういうことをしてくる。前回は飲みに誘われたら将軍と私以外は全員女性だった。将軍のこういうことは未だに慣れない。まあ、研究漬けの毎日でなんの変化もないときには助かる場合もあるのだが、時と場所は考えて欲しいものだ。私は頭を抱えながら、溜息を吐く。
「私の心の準備が出来ていないのだが、そちらはどうお考えかな? 娘達が男と一緒に狭いスペースで長時間過ごすことにもなるわけですが…」
「アッハッハッハ。大森林まではスコルピオンでも丸二日はかかります。その間に心の準備は整うでしょう。それに博士が女性に襲い掛かるなどありえません。万が一あったとしても娘達は兵士ですよ? 貴方が返り討ちに合うのが目に見えています。そちらの心配はご無用です」
将軍は私のことを私以上に分かっているようだ。これ以上この話をしていたも埒が明かない。他の準備はどうなっているのか、将軍に聞くと、次々と返答が返ってくる。
「イグナイトヘッドを含め全50。指揮官含め、操縦者201名。馬車10台に御者10名、技術者20名。そして人数分の物資と整備物資、そして人工魔石は200個積んであります。物資は少し余剰分もありますのでご安心ください。他に何か御座いますかな?」
「いや、十分だ…。将軍の用意周到ぶりには恐れ入った。で、いつ出発するのかな?」
「いつでも」と将軍は胸を張って頷く。私は将軍に全て任せることにして、同乗する女性達に挨拶を交わす。
「どうやら、私が指揮官をすることになったらしい。どうぞ宜しく」
「はい。宜しくお願いします! ですが、博士。顔なじみとはいえ、挨拶はもう少しきっちりとしてください。だらしがないですよ」
長女のクレインはしっかり者で少し固いところがある。髪も後ろで止めて邪魔にならないようにしているし、ツインテールで良く髪を弄っている次女のティアとは大違いだ。
「お姉ちゃんはもう少し楽に行こうよ。じゃ、私は先に乗ってるね。お先に~」
ティアは軽い挨拶をすると、イグナイトの足を足場にひょいひょいと上がってイグナイトヘッドに乗り込んでいく。侍女の双子のカティとケイティもティアに続いてイグナイトヘッドに乗り込んでいった。いや侍女がクレイン放って先に乗り込むのはどうなんだ? クレインを見やると、全然気にしていない様にも見える。どうやら日常の光景みたいだ。
「クレイン。私達もさっさと乗り込むぞ」とコクピットから垂れ下がっている梯子に私が捕まると、梯子がぐんぐんと上がっていく。どうやら中でティア達が梯子を引っ張っているみたいだ。私の運動音痴を知っているからなんだろうが、このせっかちさんめ。そんな私を横目に、クレインもひょいひょいと軽々と上がって先にコクピットに乗り込んでいく。そして梯子を引っ張る力が更に強くなった。私はその勢いのままコクピットに頭から落ちていく。咄嗟に目をつむると、体が半回転し思、気が付いたらクレインにお姫様だっこで抱えられていた。
「旦那様、席までこのまま運びましょうか?」
クレインが将軍によく似たニヤニヤした笑顔で言ってくる。さすがに男としてそれは恥ずかしい過ぎる。「降ろしてくれ」と言うと、ゆっくりと足から降ろしてくれたあと、クレインは空いている席に座っていく。どうやら席は皆決まっているみたいだ。一番後ろの席が私、中段の左側がクレイン、右側がティア。そして一番前の席にカティとケイティが座っている。私が自分の席に着くと、クレインから軽い説明があった。
「博士。右のひじ掛けにボタンがあるでしょう? 博士が作った信号で全機に指示を送れるようになってます。ただし、一方通行なので、気を付けてください。」
「了解した。ここまでの数の運用を想定していなかったから、送受信の装置が必要かもな。将軍はなんかいっていたか?」
「博士がどうせ考えて作るだろうから、任せる。と言っていました。付け加えるなら後付け出来るものが良い。だそうです」
「将軍は私の使い方が良く分かっている……」
「私から見れば、お互い様ですよ。兵器開発のとき、真っ先に父に持ちかけるでしょう? ふふふ」
クレインはよく見ているな。ティアなんてもう飽きたのか髪を弄り始めているというのに…。そんなことを考えているとラッパの音が聞こえてきた。信号機の開発がまだなので、それまではラッパで合図を出していたのだ。この音は全機の準備が完了した合図だ。将軍がコクピットから見える位置に移動して、門に向かって指を振っているのが見える。早く指示を出して行けと催促しているに違いない。
私はボタンをタッチして、全機に出発の合図を出すと、クレインとティアが動力を動かすスイッチを操作すると、ゴゥンゴゥンと音を立てながらスコルピオンが立ち上がった。そしてカティとケイティがレバーを交互に操作すると、スコルピオンが前進していく。スコルピオンは操作系統がまだまだ複雑で分担しないといけないのだ。軍部の門を潜ると将軍がラッパで幸運の合図をくれた。
軍部の門を抜けると、城下町を通り抜けて行かないと、帝都は出られない。今までスコルピオンは公表していなかったので、恐れて逃げまどう人と、軍の秘密兵器だと称賛する人に分かれていく。まあ、馬車よりも一回りも二回りも大きなものがガッシャンガッシャンと歩いていけば、そうなるよな。城下町を抜けると、目に前に広がるのは農地と草原だ。私はクレインに「少し仮眠を取る、野営場所についたら教えてくれ」と頼んだあと、少し眠ることにした。この大森林進行が希望に繋がることを信じながら、意識がドンドン遠のき、眠りに落ちた。
敵側の視点がなんか長くなってしまった。もう少し敵側の視点が続きます。




