閑話 森への進行準備
私の名はフロン・M・クローヴィス、35歳。インランド帝国では貴族として侯爵の階級を賜り、貴族院にある研究室で室長まで上り詰めた。その功績を見込んでか、国王直々から勅命を受けた。長生きしたいので寿命を延ばす研究をしてほしいとのことだった。生物学も一通り学んではいるが、私の専攻は魔法学なのだがな…。しかし、国王の決定に異を唱えることなど誰も出来ない。
私は自分の持っている研究室に行き、恩師にあたる副室長のノンベルト先生に指示を仰ごうとした。ノンベルト先生は生物学に関しては研究室では右に出るものがいない程、博識だったからだ。研究室を開けると、テーブルには山の様に研究資料が積んである。他の研究室も似たり寄ったりで見慣れた光景だ。そして研究室の奥に私と先生の席が置いてある。案の定、先生は自席で何かの研究資料を眺めている最中だった。
「先生。国王からの勅命で寿命を延ばす方法を研究してほしいと言われたのですが、何か心当たりは御座いませんか?」
先生は見ている研究資料をテーブルに置き、首元の下まで伸びた白髭を撫でながら、答えてくれる。
「うぅむ、寿命を延ばしたいなら寿命が長い生物を捕まえてくるしかあるまい…。確かドワーフは長くて五百年、エルフや魔族にいたっては数千年は生きられたはずだ。ただし、魔族は遥か北方の山脈を越えた氷原地帯と南の火山地帯にしか住んでいなかったはずだ。それに高い戦闘力もある。今の人間では太刀打ちできないであろう。其方が作った兵器であろうとだ。そうなると選択肢は自ずとドワーフかエルフになる。奴等はここから北東にある大森林に生息しているという噂がある。そこから調べてみてはどうかな?」
やはり、寿命の長い他種族を捕まえてくるしかないか…。
「其方の作った兵器であれば、あの大森林ですら攻略できるに違いない。国王もそれで其方に勅命を下したのであろう。何、そんな顔をするな。ドワーフかエルフを捕まえてきたらワシが手伝ってやる」
先生に眉間をトンっと人差し指で押された。私が考え込んで眉間に皺がよると先生が良くやってくれる仕草だ。これをやられると自然と苦笑いしてしまい、眉間の皺が取れるのだ。まあ、その他にも考え込んでいいると言葉が届いていないので、良くやられていたのだが…。今ではお互いのコミュニケーション方法の一つとなっている。
「私も先生の意見と同意です。ですが、奴らの居場所は知りませんでしたから、先生に教えて頂けて良かったです。まずは、北東にある大森林を調べる為、軍部に申請をしないといけませんね。国王の勅命とあれば、断ることは出来ないでしょう」
「うむ。それにスコルピオンと言ったか? 其方が作った蠍型の兵器は軍部にしか配備されておらん。実践の経験が少ないと上の連中がぼやいておったはずだから、兵士や技術者達に経験を積ませるいい機会であろう。ワシからもお願いしておこう」
「有難う御座います。では私は失礼させて頂きます」
私は研究室を後にすると、軍部に向かうことにした。貴族院は貴族街の真下にあるので、通いやすいのだが、軍部は町の中心にある。そのため、貴族院から馬車を使って移動することになる。まずは貴族院にある馬車置き場に移動する。ここで料金を支払うことで、指定した場所へ馬車で連れて行ってくれるのだ。
馬車置き場に着くと、5台馬車が止まっていた。どうやらこの時間帯はあまり利用者は少ないようだ。私は受付でお金を支払い、馬車で軍部へ向かった。
軍部への門に着くと、門番から「クローヴィス博士」と呼ばれた。スコルピオンを開発したのは私だと皆分かっているので、軍の関係者は私のことを博士と呼んでいる。
「軍上層部に取次ぎを頼みたい。私は国王から勅命を受けている。その助力を仰ぎたいのだ。事の重大さが分かるであろう?」
門番の顔が真っ青になっていく。直ぐに門が開けられ、先ぶれとして門番が軍部へと走っていく。軍部に着く頃には、将軍直々のお出迎えがあった。顔なじみのあるアーノルド将軍である。筋骨隆々で軍服がきつそうだ。以前指摘したら、このきつさがたまらないのだと熱弁された…。頭脳派の私は肉体派の思考がわからなかった…。
「クローヴィス博士、国王からの勅命と聞きましたぞ! 会議室を準備してあります。話はそこで聞きましょう」
将軍が軍部の中を先頭で歩いていく。私はそれに付いていくと、直ぐに会議室に着いた。入口から一番近い会議室を取るということは将軍はかなり興味がありそうだ。
会議室の中には大き目の椅子が二つずつ並んであり、間には長いテーブルが置いてある。よくある会議室の構図だ。将軍は私に椅子に座るよう勧め、私が座ると、対面の椅子に座った。
「それで、どんな話ですかな。スコルピオンの出動もあるのでしょうか?」
将軍はスコルピオンを使いたくてうずうずしているようだった。実際、実戦で投入するほどの出来事は起きていないので、訓練の毎日なのだ。実績をあげたいのだろう。それは私も同じ気持ちだった。
「国王の勅命は寿命を延ばす方法をご所望だった。それで北東にある大森林に長寿なドワーフとエルフが住んでいるという噂がある。これをスコルピオン・イグナイトを使って捜索をしようと思う。将軍はどう見る?」
「あの大森林を攻めるならイグナイトでしょうな。問題は大森林まで人工魔石の魔力が持つか…いや持ちませんな…。人工魔石の生産を増やして備蓄しないといけませんな」
「人工魔石の総数はざっと百ってところだったな…。イグナイトは全機で50機だ。あと百か百五十は欲しいところだな…」
「イグナイト全機出撃ですか! それは大盤振る舞いですな。アッハッハッハ!」
「笑いごとじゃないぞ。恐らく最初は森の伐採になる。数に任せて伐採していかなければ、それだけ捜索に時間がかかる。時間がかかる分だけ物資が必要になるのだ。出し惜しみなどしていられないさ」
それにドワーフやエルフが見つからなかった場合のことも考えなければならない。確かあそこ一帯は魔素が濃い地域だったはずだ。最悪、大量の魔力を確保しなければいけないだろう。そうなるともっと人工魔石がいるな…。
「空振りした場合にも備えて、人工魔石は最低でも二百は欲しいな。軍の方でも人工魔石の生成をお願いしてもいいか? 研究室の方は私が受け持つ」
「考える方は大変ですな。先のことを見据えないといけない。了解しました。軍でも生産を急がせましょう。あとはソードバスターとシールドバスターの人工魔石もこちらに回しましょうか?」
「そんなことしたら帝都の防衛が疎かにならないか? 貴族達が黙ってはいないだろう?」
「好き好んで軍部に来る貴族など、指折りで数えるくらいしかいません。戦時には嬉々として指示を出したがるのに、現場にはほぼ顔を出しませんからな。アッハッハッハ」
「その言い方だと、軍に出向く貴族は変わり者だといいたいのか? 一応私は侯爵なんだが…」
私はわざとらしく、椅子のひじ掛けに指をトントンと叩いて苛立って見せる。
「おや? 軍に自作の兵器を押し売りしてきた方とは思えぬ発言ですな。あのときの衝撃は今でも覚えておりますぞ。後にも先にも軍にあんな兵器を持ってきたのは貴方だけですからな、アッハッハッハ」
こんなやり取りが出来るのも軍ではアーノルド将軍だけだ。私の兵器を見るな否や、試したいといち早く名乗りを上げて、自身の兵士達と戦わせてくれて性能を見てくれた。それからもう10年以上の付き合いになる。私としては貴族達より長い付き合いなだけに、良く話が脱線してしまう。この前なんかは未婚の女性兵士達を見繕っては私に紹介してくる始末だ。私は結婚に興味がないので丁重にお断りしたら、今度は夜明けまで酒に付き合わさせた。しかも将軍ときたら笊なせいか、ドンドンと飲み進めていく。私は直ぐに顔が真っ赤になるというのに…。
「そんなこともあったな…。ではまとめると、イグナイトは全機出撃。人工魔石は最低でも二百を用意。それと物資を運ぶ馬車も10台ってところでどうかな?」
「それくらいが妥当でしょうな。イグナイトと馬車に関してはこちらが持ちましょう。人工魔石の方は博士に任せても宜しいでしょうか?」
「あぁ、それで頼む」
話がまとまって、お互いに握手を交わす。そして将軍は私を門まで見送ると、足早に軍部に戻っていく。その足取りの速さから機嫌がいいことだけは分かった。私も研究室に戻り次第、人工魔石の増産と準備に取り掛かっていく。




