続 ドワーフ村
「ガハハハハハハ、こんなに飯を旨いと思ったのは始めてだ!」
ガイアスは大満足のようだ。ミカも「ドレッシングとマヨネーズが欲しいわね」とガイアスに視線を向けながら、絶賛してくれている。たぶん、ガイアスにねだっているのだと思う。ガイアスもその視線に気づいたのか「そうだな。ドレッシングとマヨネーズの製法を教えてくれれば、かなりの物と交換できるな」と二カッと笑いながら答えてくれる。
でもマシロは「他にも洗剤や万力があるから、交渉はそれからでいい?」と、相手を焦らしている。この子、商売っ気もあるのでは? そう思っていたのは俺だけじゃなかったみたいだ。
ガイアスとミカが目を白黒させて驚いたあと、笑みを零した。子供の成長が楽しくて仕方ない感じがする。俺もそう思うよと心の中で思った。
「なら次は洗濯場へ行くか。ミカ、朗報を待っとれ」
「あいよ、いい報告じゃなかったら、今度の宴はあんたの奢りだからね」
ミカはニヤニヤと笑いながら、ジョッキを口に持っていくジェスチャーをしている。ガイアスはガハハハハハハと豪快に笑い飛ばしながら、洗濯場へ向かって歩き始めた。
洗濯場は大きな井戸の周りに合った。木造の屋根があり、梁のところに滑車が付いている。どうやら滑車を使って水を汲むようだ。空気圧や水圧を利用したポンプは見当たらないな。ポンプの仕組みが分かれば一儲け出来るかも知れない。一応心に留めておこう。
「おう、皆、マシロが来てくれたぞ。それに洗うのに役立つという洗剤とやらを持ってきてくれた。気になるものは試してみてくれ」
洗濯板でゴシゴシ洗っているドワーフの女性陣達が手を休め、こちらに集まってくる。そしてマシロが洗剤の説明を始めると、皆、興味津々で話を聞いてくれている。まずは、洗剤を使っていない場合と使った場合の比較をする為に、俺がデモンストレーションをすることになった。まあ、簡易洗濯機みたいなものだからね、適材適所だ。
俺の目の前に大きな桶が二つ用意され、同じような汚れの洗濯物をそれぞれに入れていき、次に水を入れていく。そして片方に洗剤を入れたら、俺は腕をミキサーの形に編成させ、洗濯機の要領で洗濯物を洗っていく。洗剤無しの方は汚れが少し残ってしまったが、洗剤有りの方は汚れが綺麗に落ちて森のような香りもするせいか、ドワーフの女性陣には好評だった。だが大好評だったのは俺だった。俺がいれば洗濯物が楽になると、かなり本気で勧誘されてしまった。俺はマシロに視線を向けながら「マシロ達との生活が楽しいからここにはいられない」とお断りした。
ドワーフの女性陣からブーイングの嵐だったが、マシロはニコニコと笑顔を返してくれる。それだけで俺には十分だった。
「ガッハハハハハハ、振られてしまったな。万力も詳しく知りたいし、最後は鍛冶場だな。そこで交渉も行おう。ついてこい」
どうやら最後は鍛冶場のようだ。鍛冶場に近付いているのか、金属同士がぶつかり合う音が近づいてくる。その響きも様々だ。体を突き抜けるような甲高い音もあれば、雑音が混じっているような音もある。その違いはなにかな? と思っていると、鍛冶場に着いた。
鍛冶場は長屋の様な横長の建物に等間隔で煙突が並んでいた。煙突の数だけ窯があるみたいだ。そして鍛冶場には年配の鍛冶師がほとんどだったが、若い鍛冶師もちらほら見えた。恐らく雑音を出していたのは若い鍛冶師だったみたいだ。まだ経験が足りていないのだろう。
「おう、皆、精が出るな。マシロが来たぞ。それとソラと言ったか? 万力とやらを詳しく見せてくれないか。それはこの村でも見かけないものだ。用途と仕組みを知りたい」
俺はドワーフの鍛冶師達に、万力の用途と仕組みを分かる限り教えた。どうやら万力の様に固定する道具はまだなかったみたいだ。鍛冶師達は目をギラギラとさせながら、金属で作るにはどうしたらいいのか、粘土で型を作って溶かした金属を入れてみてはどうかと話が盛り上がっている。俺はここぞとばかりに交渉をしてみた。
「万力に関しては、ここに置いていってもいいけど、金属で出来たものを交換条件とさせて頂きたい」
「ほほぉ、マシロはそれでいいのか?」
「万力に関しては、それでいいと思います。ただ、ドレッシングとマヨネーズ、洗剤は別です。調理器具や砥石だけだと釣り合わないと思うんですよね」
マシロは慎重に交渉しているみたいだ。確かに、あんな大好評な物と調理器具とかじゃ釣り合いは取れていないと俺も思う。マシロは追加の条件を提示し始めた。
「ベッド関係のシーツや衣類関係が心もとないので、それを多めに頂けますか? 製法は簡単なので口頭になりますけど、それでいいですか?」
どうやらベッドや衣類関係はドワーフから調達していたらしい。リンが散々ダメにしていそうだし、俺もウンウンと肯定した。
「よし、それでいこう。ベッドや衣類関係は帰りにミカにお願いするといい。あそこは酔いつぶれるやつが多いから、余剰分が有る筈だ。それと調理器具と言ったが、どんなのが欲しいんだ?」
マシロは俺に視線を向けた。どうやら俺に説明を求めているみたいだ。確かに竈作ろうって言ったの俺だしな。俺はガイアスに鉄製の鍋とフライパン、そして大きめの鉄板が欲しいとお願いした。ガイアスからはどれくらいの大きさがいいのか細かく聞かれた。鍋とフライパンに関しては妥当な大きさの物が見つかったが、鉄板に関しては合うサイズがなかったので、万力と鉄板は後日取りに来ることになった。
最後にガイアスは「包丁を見せてみろ、ワシが直々に研いでやろう」とマシロに手を振って包丁を催促する。マシロがガイアスに包丁を渡すと、ガイアスは包丁を眺め始めた。
「丁寧に使われているみたいだが、研いでいないせいか刃毀れが目立つな。今日は色々面白いものを見せてくれたからな。礼に研ぐだけでなく、新しい包丁も作ってやろう」
ガイアスは鍛冶場に置いてある砥石から適当なのを選び、砥石を水で濡らして包丁を研いでいく。
「マシロ、よく見ておれ、包丁の研ぎ方を教えてやる」
マシロが横から覗き込むと、ガイアスはシャッシャッシャッと規則正しいリズムと速さで包丁の片面を研いだ後、裏返してもう片面を研いでいく。それを交互に繰り返していると見る見るうちに刃毀れが目立たなくなっている。俺は後ろから二人を見て、おじいちゃんと孫みたいだな~と思っていると、後ろから鍛冶師達がヒソヒソと声を潜めながら話をしている。
俺は耳を澄ましてみるとガイアスの孫がマシロに告白して玉砕したらしい。つまり、マシロがOKを出していたら本当の孫になっていたのかもしれないのか…。そもそもこの世界は種族間の結婚は有りなのだろうか? まあ、マシロが告白されているんだから、有りなんだろうな。
「よし、これで包丁は研ぎ終わった。マシロ大事に使ってくれ。おう、空いている窯はあるか? 一つ使わしてくれ。マシロに新しい包丁を作ってやらないかん。それと若造。まだまだダメな音を出しているな。ワシが直々に教えを乞うてやろう。アレをやるぞ。みな準備せい!」
アレとはなんだろうか? 鍛冶師達は何をやるか分かっているみたいだ。いそいそと準備を始める。鍛冶師達は鉄床に熱で赤くなった金属を置き、鎚を構えてガイアスに「準備、整いました」と合図を送る。ガイアスも同じく、鉄床に熱で赤くなった金属を置き、「では、ワシについてこい」と鎚で金属を叩き始めた。
「俺たち、英雄ゴウルの子。英知の継承、相伝す。火の精、鉄の歌、響け。鍛えた腕で、世界を創る」
ガイアスが歌いながら鎚で金属を叩き続ける。他の鍛冶師達は復唱しながら、ガイアスに合わせて鎚をで金属を叩いていく。
「叩け、叩け、この金槌で。炎の中に、夢を鍛え。共に歌おう、師匠と弟子。このリズムで、心を一つに」
ガイアス達が歌いながら鎚を叩いていくが、俺の体の中に響くだけではなく、感覚が流れてくる感じがする。あの鎚を叩くリズムと叩く力加減がなんとなくだがわかるのだ。どうやら俺だけではなかったみたいだ。マシロもモジモジしながら、腕が鎚を振るタイミングに合わせてリズムを取っている。そして、さっきまでダメな音を出していた若い鍛冶師達の音が明らかに良くなってきている。この歌は感覚を伝える効果があるのかもしれない。
「弟子たちよ、その手に感じろ。鉄の声と、師匠の心。熱い汗が、未来を築く。叩くたびに、強くなれ」
カンッカンッカンッと叩くリズムと響く音が共鳴していくのを感じる。体の中から熱い思いが湧き上がってくる。
「繰り返す音が、導く先。英雄ゴウルの、名を背負って。未来の鍛冶師よ、この歌と共に。永遠に響け、金槌の音」
歌を歌っているうちに金属が包丁の形をとっていく。そして鍛冶師達が繰り返し歌いながら鎚を叩いていくと、見る見るうちに刀身が完成した。
「ふう、この歌を歌うことで、ワシの感覚を弟子達に伝えることが出来るんだ。先祖代々が積み上げてきた経験を途絶えさせないためにな。これが出来なければ村長にもなれないのだ。すごいだろう! ガッハッハッハ」
どうやらこの歌は、精霊や妖精が思考や感覚を送れることを、ドワーフ達でも出来ないか試行錯誤したうえで完成したものらしい。そして英雄ゴウルとは、人外戦争の時に、人間の奴隷となったドワーフを解放し、命尽きるまで人間に抗った英雄なんだそうだ。
「すごいな。俺の体にも感覚が流れてきた。マシロはどうだった? 無意識に体が動いていたみたいだったが…」
「うん、私も感覚が流れてきたよ。たぶんだけど、ドワーフ以外の種族にも効果があるんだと思う。すごいよ、ガイアスおじさん!」
やはり、マシロも同じ感覚が流れてきたみたいだ。ガイアスは「ガッハッハッハ、そうかそうか、それはいいことを聞いた。付き合いのある獣人相手には交渉材料になるわい」と他の種族にも効果があって嬉しいみたいだ。
「あとは仕上げに、この刀身の刃を研いで柄を付けるだけだ。待ってろ。すぐに終わる」
先ほどの要領でガイアスは出来立てホヤホヤの刀身の刃を研いでいく。そして柄を付けたら包丁の完成だ。最初に研いでもらった包丁より一回り大きい気がするが気のせいではないみたいだ。
「あぁ、研ぐと小さくなるし、それにマシロはまだまだ成長するからな。大きめに作ったのだ。マシロならすぐ使いこなせるだろ。ほれ、完成したぞ。持っていけ」
ガイアスは完成した包丁を丁寧に布で包み、マシロに手渡した。マシロは「ガイアスおじさん、有難う!」とお礼を言っている。
「さて、そろそろ日も暮れる。気を付けて帰るのだぞ」
ガイアスの言う通り、空が段々と暗くなってきている。俺とマシロはガイアスや鍛冶師達にお礼を言ったあと、ミカにお願いしてベッドや衣類関係を調達して家に帰ることにした。
ドワーフの村で色々調達出来ました。マシロはドワーフ達に子供や孫の様に大切にされています。




