元居た世界の料理の話
家に着くと、すでにテーブルには昼食が並んでいた。時計もないのに、マシロの体内時計はかなり正確らしい。リンが戻る時間を、ちゃんと把握しているようだ。
リンはさっさと席に着き、食べ始める。マシロも静かに向かいに座った。みーにゃはリンの首にマフラーのように絡まり、ラピスはマシロの肩で水を飲んでいる。
どうやら、食事の定位置は決まっているらしい。
今日の昼食は、野菜サラダの上に生ハムのようなものが乗っている。エルフは野菜中心だと聞いていたが、肉も食べるらしい。
少し気になって、俺は聞いてみた。
「エルフって肉も食べるんだな。これって普通なのか?」
「普通のエルフは野菜ばっかりよ。鼻と耳が良いから、生臭いものはほとんど食べないの。でもね、ピナコが熟成させてくれて、あたしが採ってきた香草を合わせると、臭みがほとんどなくなるのよ」
ラピスが得意げに胸を張る。功績の大半はピナコじゃないか、と思ったが、水を差すのも野暮なので黙っておいた。
「ピナコは他にも何か作ってるのか?チーズとか、ヨーグルトとか」
「チーズ?ヨーグルト?ラピス、知ってる?」
「確か……牛の乳を発酵させたものじゃなかったかしら。人間の地域にはあるみたいだけど、森の中じゃ見たことないわね」
どうやら牛はいないらしい。
「ねぇソラ。それっておいしいの?食べてみたいわ!」
ほら、食いついた。
味覚がない俺に、味を語れと言うのはなかなか酷だ。それに、前の世界の話を始めれば、質問攻めは確実だ。
なんとか話題を逸らす。
「リン、食事中にお喋りはしない。マシロを見習え。お姉さんだろ」
「じゃあ、食べ終わったら聞かせてね!」
リンの食べる速度が目に見えて上がる。逃げ道は塞がれたらしい。ラピスがこちらを見て、同情するように笑った。マシロは涼しい顔で食事を続けている。一番扱いが上手いのは、たぶん彼女だ。
やがて二人が食事を終えると、リンがぎらりと目を光らせた。逃がす気はないようだ。マシロは食器を持ってキッチンへ向かう。
「じゃあ、分かる範囲でな。上手く説明できるかは分からないけど」
「それでいいわ!早く!」
リンはテーブルに手をつき、ぴょんと跳ねる。マシロの耳が、背中越しにぴくりと動いた。興味は隠せないらしい。
「チーズはそのままでも食べられるけど、温めると柔らかく溶けるんだ。パンの上に乗せると、よく伸びる。ヨーグルトは、とろっとした酸味のある食べ物で、蜂蜜を混ぜると甘くなる」
「パンって何?」
しまった。
「麦を粉にして、水や乳と混ぜて、生地を作る。それを少し置いてから焼いたものだ」
「ああ……森ではあまり火を使わないものね」
マシロが洗い物をしながら言う。
「温めた石でスープを温めるくらいかな」
なるほど。そういう生活なら、焼く文化は広がらない。
「マシロはどうやって火を使えるようになったんだ?」
俺の問いに、マシロは手を拭きながら振り向いた。
「水魔法で遊んでたらね、草が急に燃えたの。びっくりして色々試してみたら、水で光を集めると燃えるって分かったの。それでイメージして練習したら、使えるようになったの」
水で光を集めて、草が燃える。
……よくそれで火の仕組みに辿り着いたな。
リンが知ったら危なそうだ、と視線を向けると、
「リンお姉ちゃんには詳しく教えてないの。ラピスに止められてるから」
マシロが小さく溜息を吐いた。
「ひどいと思わない?」
リンが頬を膨らませる。
俺は視線を逸らし、心の中で“英断だ”と呟いた。
「火が難しいなら、パンは厳しいかもな。ドレッシングとか、マヨネーズの方が現実的か」
「また知らないの出てきた!」
リンが身を乗り出す。マシロの耳も上下に揺れている。
「ドレッシングは、種や実から取った油に香草や果汁を混ぜたもの。マヨネーズは卵と塩、それに酸っぱい液体を混ぜて作る。どっちもサラダに合う」
「酸っぱい液体?」
「果実酒が酸っぱくなったようなものだ。たぶん、それに近い」
「ピナコに頼めば作れそうね」
さすが菌の妖精、発酵職人。
俺は覚えている範囲で作り方を説明した。
「ラピス、油が取れそうな種を集めて!香草と果物は私が探してくる!」
マシロの耳がぶんぶん揺れる。料理魂に火が付いたらしい。リンは嬉しそうに応援している。
二人は家を飛び出した。
残されたのは、俺とリン。
嫌な予感しかしない。
「ソラ。料理の話はいいわ。前の世界のこと、ちゃんと教えて」
両手を広げて、じりじりと迫ってくる。みーにゃも「んにゃ」と鳴いた。
胸の奥が、少しだけざわつく。
思い出すのは、簡単じゃない。
それでも――逃げられそうにないな。
俺は小さく息を吐いた。
マシロの料理魂に火が付きました。生き生きしてます。




