閑話 リンとピナコとの出会い
昔のあたしは、悪戯が好きでトレントの集落で悪戯を良くしていたんだけど、トレントたちの反応が悪くてあまり面白くなかったの。
そしたら、トレントの族長が、「そんなに悪戯がしたいならエルフの里に行ってみてはどうだ? 大体の場所なら分かっている」って教えてくれたわ。
明らかに厄介払いをしたいって顔に書いてあったわ。だって目が泳いでいたもの! でも悪戯しても面白くないんだもの。あたしはその誘いに乗ってエルフの里の場所を教えてもらったの。
あたしはトレントの集落を出て、エルフの里に向かったわ。でもこれが大変だったの!! 途中で何回も魔物に襲われたんだもの! その度に魔法で眠らせたから大丈夫だったんだけどね。えっへん。
それを何回か繰り返しているうちに、やっとエルフの里に着いたわ。エルフの里は大きく、動くことが難しくなった高齢のトレントの体を家として利用しているところが多かったの。深い森の中だからどこに行ってもトレントがいるのね。
あたしはエルフの里を観察して、エルフの高齢者がバルコニーで椅子に腰を掛け、日光浴しながら良く寝ているのを見かけたわ。
あたしはエルフの高齢者に狙いを定めて、寝ている間に髪を蜂蜜でべとべとにしたり、花粉まみれにする悪戯をした。起きた時の反応が楽しみだ。それを繰り返し行っていたらエルフの若い大人たちに見つかって、捕まってしまった。
そして連れていかれたのがエルフの里長のところだった。
「ピクシーめ、そんなに悪戯が好きか? 好きならお誂え向きの相手がいるからそこに行け」
それで教えてもらった場所はエルフの里から少し外れたとこにポツンと立っていたトレントのところだった。どうやらここにもエルフが住んでいるらしい。
あたしはそのトレントに近付くにつれて、体の震えが止まらない。体が勝手小刻みに震えてしまうのだ。なんなのこの魔力!こんな魔力、エルフの里にもいなかったわよ!
トレントの幹にある扉が、バァアアンと開いて、「誰かいるの?」と、少女のエルフが出てきた。
エルフは金髪に碧眼だったはずだけど、この子は黄緑色の髪に左目が青、右目が髪と同じ黄緑色をしていた。
「ここに面白い子がいるって言われてきたの。あなたがそう?」
あたしは体が震えないようにめいいっぱい魔力を体に覆い、虚勢を張った。
「ここにはエンデとあたししかいないもの、たぶんあたしがそうだと思うよ? 妖精さん、名前はなんていうの? あたしはリンよ。宜しくね!」
「あたしはピクシーのラピスよ。じゃあ、少しお邪魔させてもらおうかな…」
リンの顔が満面の笑みになっていく。なぜだろう、正直怖い。
「エンデ~、あたしピクシーなんて初めて見た~。これからもっと楽しくなりそうね!」
そういうと、トレントの瞼が開いて、視線をこちらに向けてきた。
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえているよ、ラピスと言ったか。リンの相手は本当に、本当に大変だと思うが、宜しく頼むよ……」
なんだろう? 声色に同情が籠っている気がする…。
「ああ、ラピス。ワシの体の中に吸い上げた水を貯めておく場所がある。そこにある水は自由に使いなさい」
「分かったわ。使わせてもらうわね」
そういうとエンデは瞼を閉じ、沈黙してしまった。その瞬間、リンがあたしの背後に回って、あたしの羽を摘まんできた。
「痛い痛い、リンいきなり何てことすんのよ⁉」
「だって、ピクシーなんて初めてなんだもの、色々触らせて~」
リンはこちらが拒否しているにも関わらず、羽だけではなく、頭の上から足の先まで満遍なく触ってきた。
あたしは怒って魔法で眠らせようとした。リンの目が次第とトロンとして、瞼が重たそうになり、ふらついていく。
それ見たことか、あたしを怒らせるからよ! と思っていると、リンが思い切り地団太を始めた。
「アハハハハハ、ねむ~~~い! 面白~~~い! アハハハハハ~」
何この子、眠らない⁉ まったく聞いていないわけではないみたいなのになんでこの状況で笑えるの。
次にあたしは体を痺れさせる魔法をリンに向けて放った。
「アハハハハハ、今度は体がピリピリする~~~! 楽しい~~~! ねぇ、ラピス、他には何かないの?」
あたしはこれ以上やってもリンを喜ばすだけだと悟り、「ごめん、他は無いわよ」と嘘をついた。他にも花粉を使ってくしゃみをさせたり、笑いが止まらなくなったりする魔法があるが、リンには玩具扱いされそうだ。
「えぇ~~~、つまんないの~~~、ぷぅ~~~」
そんな不貞腐れても困る。リンの顔はコロコロ変わって感情表現が豊かだから悪戯のしがいがあるかもしれないが、あたしの魔法じゃ悪戯ではなく玩具扱いされそうだ。他の手段を探さなきゃ。
「よぉおおおっし、ラピス、探検に行こう! ついてきて!」
さっきかこっちの意見をまるで聞く気がない、あたしは家の中に入る前に、リンの探検に付き合うことになった……。
リンの探検とはまだ森で行ったことのない場所を探索することだった。知らない魔物を見つけるな否や触れようと近づき、襲われる。
だけど、リンの方が圧倒的に強くてボコボコに返り討ちにしていく。そしてぐったりした魔物の体全体を弄り始めるのだ。
何なんだこの子は⁉ 本当にエルフの子供か疑いたくなる。そして知らない植物や茸を見つけたとたん、匂いを嗅いだらすぐ口にする。
口に合わなかったり、毒だと思ったものは嘔吐していく。もう慣れているのか表情を変えずにゲェゲェと吐き戻している。
これだ! 魔法があまり効かないなら植物だ!あたしは植物のことならほとんどのことが分かる。これで悪戯をしてみよう。
あたしは辺りを見回して、悪戯に使えそうな植物を探した。そこで紫色をした花を見つけた。普通の花は太陽光に向かって咲くのだが、この花は太陽光を避ける様に咲くのだ。
そしてこの花の名前は【クダリソウ】という、いい匂いだし味も良いのだが、食べてから暫くすると腹痛になり、お腹を下すのだ。あたしはリンに薦めることにした。
「ねぇ、リン、この花は見たことある? 普通の花とは違って、太陽光を避ける様に咲くのすごくない!匂いも味もとてもいいわよ」
「わぁ、見たことない!見せて見せて~。いい匂い~、パクッ、モグモグ、甘くておいしい~♪」
リンは疑うそぶりもなく、匂いを嗅いだら直ぐに口にした。あたしは内心ニヤニヤしながら、リンに症状が出るのを待った。
ただ、リンは症状が出ているのか非常に分かりづらかった。もう効果は出てきてもおかしくないはずなのに、そんな素振りも見せずに、森の中をどんどんと突き進んでいくのだ。
あたしはリンの後ろをなんとか付いて行っていると、つ~んとした匂いがしてきた。あたしは匂いの発生源を探していると、どうやらリンの方から匂ってくる。
「リン、なんか匂うんだけど、何か知らない?」
「あ~、それ私だよ。走ってたらお腹痛くなってきたから、走りながらウンチしたの。どうせ、誰もいないし、用足してるときに魔物に襲われると面倒くさいだもの」
あんたか⁉ いや、面倒くさいっていうより、あなたが臭いわよ!! 確かにスボンのお尻周りがこんもりしている。よく見ると湯気も出ている。
「あなた、お腹痛いのによく走ってたわね⁉」
「定期的に来る腹痛に比べたらなんてことはない痛さだったもの。休憩するほどじゃなかったわ!」
あたしは妖精だから知らないけど、雌の動物の中には生理という現象が定期的に起こるみたいだ。その痛みに比べたら【クダリソウ】の痛みは大したことないらしい。
「それに臭いと弱い魔物は寄ってこないけど、強いものは逆に寄ってくるの、面白いでしょ?」
リンは良くてもあたしは良くないよ!そこまで強くない魔物に怪我をさせられたこともあるのに、もっと強い魔物が来たら無事じゃ済まないかもしれない。
「リン、あなた、あたしがいること忘れてない? あたしはそんなお漏らしさんと一緒に居たくないわ。今日はもう帰りましょう⁉」
「う~~~ん、今日は結構探索したし、じゃあ、うちに帰ろうか!」
あたしは、強い魔物が寄ってこないかビクビクしながら、リンの後をついて行って、家まで帰った。
「リン、何か匂うぞ、女の子なのにはしたない…。その状態でワシの中には入らないでくれ。ラピス、ワシの中から水と拭くものを持ってきてくれ」
家に着いた途端、エンデに頼まれた。まあ、漏らしているリンに入ってもらいたくない気持ちは分かる。あたしは家の中に入って、右手側にあるキッチンに水が溜まっているのが見えた。
あたしの体は、リンの頭くらいの大きさしかないのに…。一度に持っていく水に限界があるから何回も往復する羽目になった。
そんなことをよそに、リンはズボンを脱いで下半身を丸出しにし、水で濡らしたタオルでお尻を拭いていた。ついでにズボンも洗っている。
「エンデ、この光景ってよくあることなの?」
「あぁ、毎日こんな感じだ。ワシはあまり動けないのにな、代わりに動いてくれるラピスが来てくれて助かる」
エンデはあたしをリンのお目付け役と世話係をしてもらう気満々だ! なんで、あたしがそんなことをしなくちゃいけないのよ!!
ただ、悪戯する毎日より、充実感があるのは気のせいだろうか。あたしはこの気持ちがなんなのか理解するために、リンと一緒に暮らすことを決意する。
それからあたしは、毎日のようにリンに対して悪戯を仕掛けた。食べると口がヒリヒリする植物の種を食べさせたり、体を洗う水に肌がスースーする様な効果のある薬草を入れたりしたが、リンはニコニコと笑いながら楽しんでいるだけだった。
なんだろう、リンに悪戯を仕掛けても全然面白くない。ただ、リンの笑顔を見ると、心が温かく感じるのはなぜなのだろうか? あたしは初めての感覚に困惑していた。
次の日、あたしは考えたいことがあったので家でお留守番をすることにした。リンに仕掛ける悪戯を考えたかったからだ。すると、リンが顔面蒼白の状態で家に帰ってきた。
「……た、だいま……」
「リン⁉ どうしたの、顔が真っ白よ!!」
リンのこんな姿は初めてだ。あたしは駆け寄って理由を尋ねた。
「……なんか美味しそうな茸が在ったから食べてみたんだけど、うまく吐けなくてどんどんおなかの調子が悪くなって、凄い寒気を感じるの……」
この子は、あたしの知らないところで、また変なものを食べたらしい。リンにどこにあった茸を聞き出したあと、ベッドで寝る様に言い付けた。
リンは余程辛いのか、すぐさまベッドに横になり、寝ようと試みていた。あたしの言うことを聞くなんてそうそうない。あたしは嫌な予感がして、リンが食べた茸を調べるため、教えてもらった場所に急行した。
あった! 虹色の色合いをした食べかけの茸が落ちている。あたしは植物に詳しいが茸は知らない。エンデが何か知らないか、食べかけの茸を家に持ち帰った。
「エンデ!! 聞こえる!! この茸のこと知らない⁉」
「それがリンの食べた茸か? いや、見たこともない茸だ。リンがあれほど体調を崩すんだ、余程毒性の強いものに違いない」
エンデすら知らない茸らしい。エンデはあたしと同じで植物の妖精だから菌である茸には詳しくないらしい。ゲホン、ゲホンと大きな咳が家の中から聞こえる。あたしはリンの様子を見に行った。
リンの顔からは涙、鼻水、涎が垂れ流し状態で、体中からは汗を大量にかき、お尻からは下痢を漏らしていた。体中の水分が体から出ようとしているみたいだ。このままだとリンは死んでしまう。あたしはどうすることも出来ずに、リンを見ているしかなかった…。
「ラピス、リンの状態はどうだ?」
エンデの呼ぶ声が聞こえる。あたしはリンの状態をエンデに伝えた。
「それはいかんな…。急がないと手遅れになってしまう。仕方がないな、あそこに賭けてみるか…」
エンデにはリンの症状を打開する様な案があるらしい。あたしは藁をもすがる思いで聞いた。
「ここから東の方角に沼地地帯がある。そこには昔から茸がたくさん生えていて、茸の妖精が生まれやすい環境になっている。茸の妖精が見つかればあるいは…」
茸の妖精って数千年前の出来事で見つけたら即討伐対象になっているはずだ。でもそれ以外に方法はなさそうだった。あたしは茸の妖精を探すことを決意した。
「エンデ、あたし行ってみる!! このまま何もしないなんて出来ないもの!!」
あたしは、すぐに東の方角にある沼地地帯を目指して、樹々の隙間をぬっていく。道中魔物に何度か遭遇したが、あたしの鬼気迫るものを感じたのか、遠目で眺めているだけだった。あたしはそんな魔物には目もくれず、沼地地帯へ急いだ。
沼地地帯に到着し、辺りを見回してみると、茸がそこら中に生えていた。エンデの言う通り、茸がたくさん生えている。ここなら茸の妖精が見つかるかも知れない。
「茸の妖精~~~。いるなら出てきて頂戴~~~。助けてもらいたい子がいるの~~~」
あたしは精一杯声を荒らげながら、茸の妖精を探す。すると倒れている倒木から「ふへぇ~」という声が聞こえた。
声のする方に視線を向けると、倒木からひょっこりと茸のかさの様なものが見える。普通の茸よりは明らかに大きい。
こちらが気づいたのを察したのか、茸の胞子をまき散らしながら逃げ出した。茸の妖精に違いない。あたしは茸の妖精を捕まえようとした。
だけど、茸の胞子が邪魔で見えないし、胞子自体が魔力を帯びているせいか、茸の妖精がどこにいるのか分からないのだ。
あたしには時間がないのに!あたしは追いかけるのを早々にやめて、魔力を溜め、眠りの魔法を解き放った!! そして茸の胞子が徐々に薄れていくと、そこにはあたしと同じくらいの大きさの真っ白な茸の妖精が眠りこけていた。
あたしは茸の妖精を抱えて、急いで家に戻ると、エンデに良く見つけてきたなと褒められた。
だけど、行きと帰りで大量に魔力を使ったせいか、疲労感がすごい。気を抜くとあたしが倒れてしまいそうだ。
リンの症状は悪化していた。出る前は顔が真っ白だったが、今は青ざめている。すると、丁度、茸の妖精が目を覚ました。
「ふへぇ~、ここはどこ~? 帰してよ~」
茸の妖精はパニック状態だったが、今はそんなの気にしている場合ではない。
「あなたにお願いがあるの、この子がこの茸を食べたら、こんなことになっているの。あなたなら助けられるんじゃないかと思って連れてきたのよ。お願い!!」
茸の妖精はリンと食べかけの茸を交互に見て、これは【オーロラダケモドキ】という種類の茸だそうだ。
「…オーロラダケは万病に効くと言われている茸だけど、…オーロラダケモドキは逆に強い毒性があるの。…食べるとお腹の中に張り付いて、…吐けないし、…下せない。…消化が終わるまでずっと症状が続くの」
「説明はいいわ。それより、治せるの? 治せないの?」
茸の妖精は治すための茸の菌はあるから、柔らかい木材と水があればすぐ作れると言ってくれた。
「すぐ用意するから、お願い!! この子を助けて⁉」
「…ふへぇ、…分かったから、…そんなに近づかないで」
切羽詰まっていたら茸の妖精に詰め寄っていたみたいだ。あたしは、木材を柔らかく加工し、水を用意する。
茸の妖精は用意した木材に菌を植え付け、水を与えながら魔力を込めていく。すると、見る見るうちに、水色の茸が育っていく。
「…これは【ウスマイタケ】っていって、…茸の毒性を薄める効果があるの。…あとはこの子次第だよ」
茸の妖精はたどたどしい喋り方で説明をしてくれた。あたしは食べやすいようにウスマイタケを磨り潰して水を加えて、リンに食べさせる。
「リン、これを食べて、お願い!!」
リンは朦朧としている状態だが、ウスマイタケを食べて、すぐさま寝てしまった。あたしは濡れタオルを用意して、ぐちゃぐちゃになったリンの顔を拭ったあと、おしめも取り替えておく。
「…ふへぇ、…終わったなら、…これで帰ってもいい?」
「まだよ、リンが回復するまでいて頂戴」
茸の妖精はどうやら役目が終わったので帰りたいみたいだが、こちらとしてはリンの症状が良くなるまで帰すことは出来ない。
時折、リンの顔をタオルで拭ったり、水を与えたりしていった。すると、徐々にだがリンの顔色が良くなっていくのが見て取れる。どうやら最悪の事態にはならなかったようだ。
ほっとした瞬間、目の前が真っ暗になった。
「ラピス、おはよう⁉」
気づいたら、目の前にリンの顔があった。あたしは咄嗟にリンの顔に抱き付いた。どうやら、あたしは魔力の使い過ぎと疲れて倒れてしまっていたらしい。
「有難うラピス、エンデ、ピナコ、大好き~~~♪」
ん? と疑問に思っていると、あ~、ピナコはあの茸の妖精の名前かな? リンのことだ。どうせ一緒に住もうと強引に誘ったに違いない。
あたしはリンが良くなって心のモヤモヤが晴れていくのを感じた。どうやらあたしは、暇を潰すために悪戯するより、リンと一緒にいた方が楽しくてしょうがないのだ。
これを機にあたしは以降、悪戯をすることをやめた。
リンが野生児好きで周りは振り回されっぱなしです。次はリンの視点です。




