第3話 遠慮の塊
「「・・・」」
居酒屋なんかに行くと、頼んだ料理を皆でシェアする事がよくある。
当然だけど、食べていけば皿にあったものは減っていき無くなる。
だけど時折、もしくは頼んだタイミングにより皿に一つだけ注文した料理が残ったりする。
その様な状態を最後の一つ何て言うけど、地方では色々な呼び方があり、関西出身の人はそれを遠慮の塊と言うらしい。
北は北海道から、南は沖縄まで様々な言い方や呼び方があって面白いと私は思う。
特に関西出身の人の遠慮の塊は秀逸だと思った物だ。そう、私の記憶に強烈に刻まれた出来事だったし、その人が『遠慮の塊貰~い』と言いながら食べて居たのは中々面白かった。
それ以来、私も皿に残った最後の一つを遠慮の塊と言う様になった。
遠慮の塊、これは最後の一つ、もしくはラスイチって言って居るが、最後の一つと言うのは結構手を付けにくかったりし、だからこそ最後の一つが延々残ってたりする物だ。
その最後の一つに手を出すタイミングとしては、店員さんが器を下げに来た時や、皆に声を掛けてから残り一つを貰う。それか気の回る人が『この残ってるやつ誰か取って~』と言われた時なんかも貰うタイミングとしてはバッチリな切っ掛けだろう。
だけどその残り一つを欲する人が複数だった場合はどうだろう? ありがちなのはジャンケンでって手もある。
だけどお互いが遠慮しあった時は? うん、それも良くある。だから遠慮の塊と言うのは言い得て妙だと私は思う。
遠慮の塊とは平和な平和な、お互いを気遣い合う素晴らしい関係だと私は思う訳だ。
これが子供なら、取り合いによる争い、ケンカに発展する。
お互いが気遣い合う、仲の良い兄弟姉妹であっても、食べ物に関しては仁義無き争いに発展すると言うのは、日本全国の家庭でよく見られる光景であろうと私は思う。
食べ物の恨みは恐ろしい。これも又、世間では言われて居る事。
私はあお君が好きだ。どの位好きかと言うと、あお君の代わりに死んだとしても私は後悔なんて一切しないと思う。
それこそ言葉にすれば陳腐にしかならない位に。言葉なんて要らないと言える程、あお君が好きだ。
とは言うものの、いや、であっても、譲れない部分だって勿論あるし、あお君の言う事の全てを肯定する訳でもない。
何故なら相手の言う事全てを肯定し、受け入れると言うのは、そうプログラムされたロボットと変わらないからだ。
私にも感情はあるし、いくら気が合うとは言っても、あお君と考えや考え方が違う事だってある。
そして譲れない事だって当然あるし、引けない事だってある。
「「・・・」」
沈黙が痛い…… あお君と二人で居て、沈黙が痛かった事何て今まで無かったのに……
目が離せない。あお君と、皿の上に一つ、いや、一枚だけ残ったクジラベーコンから目を離せない。
「ねえ、みー? 俺の事好きだよね?」
「うん、好きだよ」
「「・・・」」
「ねえ、あお君、あお君は私の事好きだよね?」
「うん、俺もみーの事好きだよ」
「「・・・」」
「ねえ、みー 俺がクジラベーコン大好物だって知ってるよね?」
「うん、知ってるよ。あお君、私がクジラベーコン大大大好きだって知ってるよね?」
「うん、勿論知ってるよ」
「「・・・」」
くっ…… さっきから話が平行線だ、早くしないとクジラベーコンが冷めちゃう。と言うかもう大分冷めちゃってるよ。
温かい内に食べたら本当に美味しいのに……
クジラベーコンって冷めちゃうと、脂が微妙に臭みを持つし、何より口当たりと舌触りが悪くなっちゃうんだよねえ。
特に炙ったクジラベーコンはそうなる。うん、だからと言って炙らずそのまま食べると臭みと言うかクセが結構キツイ。
私のおはあちゃん何かは、炙らずにそのまま食べてたけど私には無理だ。
しかも添付されたタレも使わないし、辛子醤油すら付けずにそのままパクパク食べてたけど、私は無理だし、やっぱりクジラベーコンは軽く炙り、辛子醤油に付けて食べるのが最高だと私は思う。
あお君も添付されたタレは、クジラベーコンに関しては使わない派で、辛子醤油一択派である。
私もあお君も添付されたタレは基本的に大好きなんだけど、クジラベーコンに関しては何故かいまいち美味しいと感じない。
やはりクジラベーコンには、辛子醤油が至高にして究極だとお互い思って居る。
「あーあ、可愛い年下の彼氏に譲ってもバチは当たらないと思うよみー?」
「うん、可愛い年上の彼女の大好きな、大好きな、大好物を譲ってあげても私は良いと思うんだけどな。どう思うあお君?」
「・・・」
当たり前だけどあお君も譲る気は無いみたいだね。大概の事は私に譲ってくれるけど、コレだけは別だ。それこそコレ以外の物、事なら間違いなく私に譲ってくれる。
それこそ譲った上に、アーンまでしてくれると思うし、それは私の妄想とかでは無くって、実際そうしてくれるのは只の事実。
うん、間違いなくアーンしてくれると思う。だって逆の立場なら私はあお君に譲った上、アーンしてあげるもん。
うん、あお君ならしてくれるよね。
「アーン」
「ダメだよみー そんな可愛い顔してアーンしてもあげないよ。と言うかみーは甘い、アーン返し! アーン」
くっ…… アーンしてるあお君が可愛い過ぎる。あまりの可愛いさに私のメガネが割れそうだよ。
ダメだ私。負けるな私! あお君が可愛過ぎるけど、可愛い~~~ 過ぎるけど、負けちゃダメだ。
「みー 可愛かったら何しても良いって訳じゃ無いからね、ダメだよ」
「あ あお君だって可愛いからって何しても良い訳じゃ無いんだよ」
「「・・・」」
ダメだ、私とあお君の勝負は終わらない。もう完全に冷めちゃってるよ…… うーん、アレ電子レンジで五秒位温めたら良いかな? 五秒は長すぎるかな? 三秒位で良いか。
それにしても量が少なかったかな? とは言えクジラベーコンって高いんだよね。大昔は無茶苦茶安かったらしいけど、今この時代は高い、正に高級品だよ。
大分漁獲量は増えたらしいけど、最近クジラ料理ブームかなんで前にも増して値段が高くなっちゃってるから、本当、中々良いお値段してるんだよねえ。
どうせブームは直ぐ終わると思うけど、そのせいで値段が上がるのは勘弁して欲しいよ。
私もあお君もクジラベーコン大好きだから、しょっちゅうとは言わないけど、結構買ってるから値段が上がると食べる回数減らさなくっちゃいけなくなっちゃう。
「みー どうしよう? クジラベーコン食べないと死んじゃう病気に罹ったかも」
あっ、不味い。あお君に先に仕掛けられちゃった。
「あ あお君、私もしかして、皿に残った最後の、最後のクジラベーコンを食べないと死んじゃう奇病になっちゃったかも! ううん、なっちゃった、どうしよう。その皿に残ってるクジラベーコン食べたら直ぐ治ると思うんだけど~」
「「・・・」」
危ない…… いや、危なかった。あお君が仕掛けて来たのを対処しなかったら負けてたかも知れない。
気を抜いたらヤラれる。気を引き締めないといけない。
しかし完全にクジラベーコン冷めちゃったなぁ…… しかもあお君も引かないみたいだし、長丁場になりそう。
私のビール無くなっちゃってるけど、取りに行けない。もし取りに行ったらあお君にパックンされちゃうだろうしなぁ……
あお君もビール無くなったみたいだし、さっきから全然飲んで無いもんね。うーん、あお君もビール取りに行かないだろうなぁ。
うん、あお君がビール取りに行ったら、『遠慮の塊も~らい』って言ってありがたく頂戴するんだけど…… あお君も警戒してるよね。
他のおつまみは残ってるけど、冷めちゃってるな。もう一回温め直さないといけないね。
「みー あっち向いてホイしよっか?」
そう来たか。私があっち向いてる隙に仕掛けるつもりだな。でも分かってるのかな? あお君も同じ条件であって、あお君があっち向いてる隙に、私も仕掛ける事が出来るんだよ。
と言うか私から仕掛けてみるかな? 攻撃は最大の防御って言うしね。それにこのまま膠着状態になったら非常に不味い。何故なら私今、ちょっとお手洗いに行きたい気がして来たから。
うん、まだほんの少し、そう、ほんの少しであって、まだ気のせいレベルだけど、時間が経てば私が不利になる。
よし、仕掛けよう、そうしよう、じゃないと長期戦は私に不利だ。それにビールの追加が欲しい。
「あー! あお君の後ろにちっさいおっさんが居る。小人のおっさんだよ」
「そんなのに引っ掛かる訳無いでしょ、みー 甘いよ、さては焦ってるね?」
うん、ちょっとだけ焦り始めてる。だってお手洗いの事を考えたら、お手洗い行きたいレベルが少し上がった気がするんだもん。
どうしょう…… 気にし始めると気になって来るんですけど…… 考えなきゃ良かった。
「はぁ…… もう、仕方ないなぁ。はい、みー アーン」
「えっ?」
「どうしたの、要らないの?」
「いや、そりゃ欲しいけど…… あお君はいいの?」
「俺も食べたいけど、今日は譲るよ。でも次は俺の番だからね。だから今日はみーが食べて良いよ」
「あお君……」
ヤダ…… あお君が優し過ぎる。
どうしょう、キュンキュンする。あお君大好き。
「みー トイレ行きたいでしょ? 食べて行っといで、漏らしたら大変だよ」
ヤダ…… あお君にバレちゃってたよ。
「ありがとうあお君」
「うん、まぁ順番だからね、次は譲ってもらうから大丈夫だよ」
私の、そう、私のあお君が素敵過ぎる件について。
うん、あお君は素敵だしカッコいいのは当たり前として、そうだね、順番決めて交互に食べれば良いと言う、単純な、ただそれだけの話だったんだよね。
「はい、アーン」
「いただきます」
冷めてて舌触りは正直あまり良くは無かったけど、今まで食べたクジラベーコンの中でも何故か一番美味しかった。
あお君にアーンして貰ったし、あお君の気持ちが込もっていたから、だからこそ一番美味しく感じたのかも。
うん、幸せの味だよ。あお君の愛がプラスされた幸せの味だね。
私、今日も幸せだ。とっても幸せだ。