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まずい牛丼は玉子とショウガで喰え 完食

「ジューロータ、どうじゃ?」


「心音、……6」


「だけではなかろうな。面白くなってきおった」

 

 懐から出した扇子をパチンと鳴らす。


「お姉ちゃんは下がって見てな」


 二人とも楽しそうである。すると、外が急に騒がしくなった。


「手加減してくれぬとワシの出番がないぞ」


「はははぁ。こないだ改良したんだ、あのハイビスカス。ランクB相当だぞ」


 話を聞くに、どうやらハイビスカスの生垣と思われた物は植物系のゴーレムか何かのようである。ランクBといえばAクラスの宝物や素材が手に入るようなクエストのボスキャラ、それが1体立ちはだかるだけで……。


「3体だな」 


「どこの魔王城ですか」


「仲間を呼びに行ってもらわねばな。食後の運動にもならん」


 スツールから飛び降り入口へ。ジューロータも肩を回しながら後に続く。


「あの、装備とかは?」


「ワシはこれがある、こやつは……」


 扇子を広げるつな魅に大男は親指を立てた。


「新クラスのお披露目といこうじゃないか」


 つな魅の、やれやれというため息とともに外に出る。

 

 あたりは先ほどよりも薄暗く、BGMもボス戦のそれに変わっていた。

 プレイヤーキャラクターがやられてしまった時に発生するリタイアボックスが幾つも転がっており、伝わりにくいが状況としては阿鼻叫喚の地獄絵図である。

 3体いたハイビスカスゴーレムも残りが1体。それに6人が挑んでいた。

 ひときわ大きな花が顔のような役割を果たしているのか、時折「シャー」という威嚇の声を上げる。何本も触手のように伸びたツタが攻撃の手を阻むとキラキラした粒子をまき散らす。そして顔から紫色のガスを吐く。


「麻痺させて、毒攻撃でとどめを刺す対多人数戦法だ。良くできてるだろう?」


 漫画などで見かける戦法ではあるけれど、実際に目にするとこれほど人道的でない手法はない。

 とはいえ相手も多大な犠牲の代償として攻略法を見出したのか素早く移動してツタをかいくぐりながら氷の魔法を打ち込む。


「ほほぅ。弱点がばれたか」


 嬉しそうにジューロータ。


「南国生物ってことで炎耐性をマックスにしてな、代わりに氷耐性は皆無だ」


 ちょっと体力を多めに設定したから壁役としたら上出来だなー、などとのんきに眺めているうちに最後の一体が断末魔の声を上げ地面に崩れ落ちた。本来であれば風景も音楽も通常に戻るはずなのであるが、依然として状況に変化がないという事は彼らにとってのボス戦は継続しているのだろう。

 3名倒れて、追加が3名。6名しかフィールドには出てこられないので残りの人数は良く分からない。


「あやつら、『暁の義賊団』じゃな」


「そうか、どっかで見た紋章だと思ってたんだ。お嬢、何か揉めたか?」


「ワシと何かあったらもう存在しとらんわ」


 カッカッカと高笑い。


「そりゃぁそうか。しかし……ありゃ何かの状態異常か」


 確かに、これほどの被害が出てもなお退却する様子がない。そこまでしなくてはならないほどの何かがここにあるようにも思えないし、かといってアヤメ自身もそういう荒事に巻き込まれるような危険な橋を渡った覚えもなかった。


「……アヤメじゃな」


「わ、私ですか!?」


「ま、詳しくは後じゃ。さっさと片づけるぞ」


 畳んだ扇子を一振り、光の剣身が伸びる。


「さぁ、どうぞ一席お付き合いの程、よろしくお願い申し上げ候!」


 勢い良く突っ込んでいくつな魅、ジューロータは変身バンクに入った。


「デミ(亜人間)系の変身は時間がかかるのが難点なんだよなぁ」


 ビジュアルとしては物凄く気合の入ったうめき声なども聞こえる迫真のグラフィックなのだが、音声チャットの中の人はいたって長閑なものである。


「お嬢、あと30秒だ」


「任せよ!」


 相手の攻撃をひらりひらりと躱しながら、ダメージを与えていく。


 しかし、変身に60秒も要するのは、実践では些か使い勝手が良くない。一般的なライカンスロープなどは一瞬で姿を変えるし、伝説の殲滅魔法の詠唱や範囲攻撃の薙ぎ払いレーザーのエネルギー充填でも45秒程度で終わるのだ。と、ジューロータに視線を移すと、件の大男はその大きさをさらに見上げるほどに成長させていた。禍々しい色合いの小さなポリゴンがモザイクのように明滅し、さながら新種のボスキャラの誕生を見ているように思える。

 そしてアヤメのそのイメージは10数秒後に実際のものとなった。


「よーし。お嬢、助かった!」


「なんの……わははは、なんじゃそれは!」

 

 振り返りざまに爆笑する。


「混沌の底より這いいずる名状しがたき暗黒竜、推参なう」


 牛丼屋の建物程の大きさになったポリゴンの殻がはじけ飛び、サイドチェストのポーズを決めたどこから見てもボスキャラな赤黒いドラゴンが顕現を果たしていた。


「そこまで作りこむのに眠れぬ夜もあっただろう!」


 つな魅が合いの手を入れる。


「ああ、カッコいい! ありがとう! もう思い残すことはない!」


 楽しそうである。しかし、


「では、さっさと片づけるのじゃぞ」


「了解した。んでは二人とも、耳外せ」


 二人にヘッドセットを外すように指示を飛ばす。

 残る数名の相手に向けて、翼を広げ大きく息を吸い込み青いブレスを吐くグラフィックが映し出される。直撃し全員がリタイアボックスに姿を変え、増援が現れないのを確認して、ドラゴンジューロータは両手で「丸」を作り大丈夫の合図を出した。


「……何をやったんじゃ?」


「ありゃな、キャラクターの状態異常だけじゃなくてプレイヤーにも何らかの異常が起きてたんじゃないかと思ってな、ちょいと周波数を弄った音をブレスに合わせて流してやったんだよ」


「サブリミナル的なヤツか……」


 確かに旧世紀末にそういう音楽や映像が研究されたことはあったが、効果の疑わしい実験が多かったために実際にはどのような影響があるのかは定かではなかった。


「明日にでもリタイアボックスの中身を返却ついでに何か聞いて来るとしよう」


「そうじゃの」


「わ、私も行っていいですか?」


 実際に自分が狙われたのかどうかを知りたかった。もし、本当ならなぜなのか。原因もわからず、ひょっとしたら一人であの人数を相手にしなければならなかったかも知れないという恐怖は払拭しておきたかった。


「よし、明日の今頃にここで待ち合わせじゃ」


「毎度ぅ」


 大きな暗黒竜が両手を揃えてお辞儀をする姿に思わず吹き出してしまった。

 

「ちなみにいつまでそのデカさなんじゃ?」


「いつでも戻れるんだが、リキャストが6時間だからな。いろいろできることを試しておこうと思ってな」


「そうか。ワシはリアルの腹が減ったんでの、今日は落ちるわ」


「あ、私もバイトがあるのでこれで」


「じゃあなー」



 ログオフの画面はいつも憂鬱だった。

 

 これから彼女の日常が始まる。


 窓の外は雨が降っていた……。


 でも、今日は少しなんだか頑張れそうな気がした、そう、なんとなく。



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