おれと似ている雪だるま(好事百景【川淵】出張版 第四i景[表]【雪だるま】)
雪うさぎも、好きです。
※ ホラーが苦手なかたは、ご注意ください。
どうして、そんなことを思ってしまったのか。
どこが、そんな気を起こさせたのか。
尋ねないでくれ。おれにもよくわからない。
だけど、大雪の翌日。
会社へ通う、自宅から駅までのとちゅうで見かけた雪だるまに、おれは思っちまったんだ。
おまえ、おれと似ているな。
べつにおれは、おまえみたいなずんぐりした体型でもなければ、色白でもない。
このくらい愛想のいい丸顔なら、ちっとは女にも縁があるのかもしれないが。可愛げなんてものは、おれにはまるでない。
なんだよ、そんな笑顔、おれにむけるな。
いくら、似ている気がするからって、そんな笑みをおれからは返さないぜ。
なおも笑みを絶やさない雪だるまに別れを告げ、会社に出勤すべく駅へとむかう。
電車で30分足らずの会社には、社屋と併設された倉庫が、となりの敷地にいくつもあり。そのひとつである冷凍倉庫で、バイトに指示を出しながら。この寒いなか、冷凍食品の在庫整理と管理をするのが、おれの最近の業務だ。
田舎ではあるものの、雪国ではないここいらで、積もるほどの雪は珍しい。
凍りつくまえに、そこそこの交通量がある時間帯をむかえたため。車はもちろん、電車も多少の遅れはあるものの、きちんと動いているよう。いっそのこと、停止ってくれていたら休みにしてしまえるのに。こんなに寒いんだから、外に出しておいたって、食品も傷むまい——なんて、乱暴なことまで考えたりもしたが、倉庫内はマイナス20℃。あそこに比べたら、今朝の冷気も、春のそよ風だろう。
木曜日の朝。
おれは、積もった雪のなか、極寒の地へとむかう探検隊にでもなったつもりで。駅への徒歩5分の道のりに、きょうは10分以上を費やした。
シベリアンハスキーの曳く、犬艝が欲しい。
木曜日の夜。
深くはあるが、深夜ではない夜。
極寒の地からの帰還。
会社帰りに、駅の自販機で缶コーヒーを買い。
自宅への徒歩5分の道のりに、7分を費やして、溶け残りの雪を踏みながら帰る。
とちゅう、あの雪だるまにまた会ったから。
おやすみとだけひとこと告げて、長居はしなかった。
あすの朝も、おまえはまだ溶け残っているのだろうか。
はい、翌朝。
え? 早いって?
しかたなかろう。なんせ男のひとりぐらしだ。
メシ食って、風呂はいって、スマホのチェックと返信。アプリでマンガを読んで、飲み残しのビールをかたづけたら。
いつのまにか翌朝。そんなもんだ。
早朝の冷気がきのうよりはいくぶんかやわらいだ、駅までの道を歩く。
今朝は徒歩5分で着きそうだ。
そしてあの雪だるま。
おう、まだ元気でやってるかと、思いきや。
とけきってはいないものの、さすがにその輪郭を崩しだしている。
おれと似ている雪だるま。
春まで、がんばってくれなんて無茶は言うつもりもないが、せめて今夜の帰りまでもってくれよ。
そしたら、あしたからの週末のあいだに、おまえのことなんかすっかり忘れて。
月曜日からは、またおまえのいない駅までの道を、おれは行ったり来たりできるはずだ。
金曜日の朝。
おれは雪だるまの、もうしばしの存命を祈りつつ。会社へとむかうべく、駅へと歩いた。
やっぱり今朝は5分で着けた。
金曜日の夜。
きのうと、ほぼおなじ時間。
あした、あさっての土日は休みだ。
さすがに月曜日までには、すっかりとけきっているであろう雪だるまに、これきりの別れを告げるつもりで。
おれは、駅からの帰り道を歩いていた。
おれと似ている雪だるま。
だけど、おれとはちがう、愛想のいい丸顔の雪だるま。
これきりの別れになるであろうというのに。おれはどこか、おまえに会うことに、すこしうきうきしたきもちでいたのかもしれない。
だから、いっそう。
とけかけたおまえをこの目にしたときの、そのショックは。
もしかしたらと、覚悟をしていたよりもずっと。ずっと大きなものだった。
あの愛想のいい丸顔の、輪郭がくずれてしまっている。
ひどいつらだ。
むしろいまのほうが、このおれにそっくりなのではなんて、笑えない皮肉まで浮かんでくる。
おれは、うろたえていた。
予想以上にうろたえている、自分自身にも、うろたえていた。
だめだ!
おまえを、このままとけさせてしまってはいけない!
どこからか、そんな考えがやってきて。
おれはもう、それ以外に従うことができなくなってしまっていた。
近くの、24時間営業のレンタカー屋にかけこむと、オートマの幌つき軽トラを借りてきて。
崩れてしまいそうな雪だるまを、かかえこむようにして、慎重に荷台に載せる。
むかうさきは、職場の冷凍倉庫。夜の今なら、車でも30分ほどしか、かかるまい。
倉庫の鍵は、責任者であるおれの手もとにスペアがある。
土曜日には、業者が入荷に来るが、会社じたいは休日のため。むこうのスペアキーで倉庫をあけて、はいってすぐのスペースに荷物だけ、どか置きしていくので。奥のほうにおまえを連れこんでおけば、月曜日までは、ばれることもまずない。そのあとのことは、いずれ考える。
とにかく。
おまえをこのまま、とけさせるわけにはいかない!
おれはその一心で。雪だるまに負荷をかけないよう、安全運転をこころがけ。だが、急ぎながら。
職場の冷凍倉庫へと、軽トラを走らせた。
月曜日の朝。冷凍倉庫の扉の鍵をあけるために、現れるはずのおれのかわりに。バイトのリーダー格である、畑良くんが鍵を借りてきたらしい。金曜日の夜におれがかけ忘れたはずだが、土曜日の納品業者がちゃんとかけておいてくれよう。駐車場に残された例の軽トラへの不審を、彼はつぶやいていた。
そうだ、三日前の金曜日の夜。
おれは崩れかけた雪だるまを、冷凍倉庫のなかへはこびこむと。はいってすぐの納品用にあけておいたスペースで、崩れかけた、そのあたまとからだを必死で整えた。
おまえの丸顔こそ、なんとかとりもどしたものの。いちど溶けてしまったものは、再凍結しても、もとどおりとはいかず。おまえの顔は雪よりむしろ、氷の仮面のように固まってしまったっけ。
すまないが、これがおれのせいいっぱいだ。悪く思わないでくれ。
倉庫の扉があけられてから、ほどなく。
ひとりが「それ」をみつける。
「おい、なんか奥に雪だるまがあるぞ?」
その声に、畑良くんとほか数名のバイトがやってきた。まあ、みつかっちまうよな。
「霜じゃない——雪だるまだ。
なんで、こんなところに?
おい、とにかくどけちまおう!」
冷凍倉庫のなかだけに、手袋までの重装備だ。あたまとからだにわけて、かかえてそとへ運びだしてしまおうとしたのであろう。畑良くんが、雪だるまのあたまに手をかけたそのとき!
雪だるまの顔が、氷の仮面のように剥がれて落ちた。
そのしたから、のぞいたものを見て。畑良くんをはじめ、その場にいた全員が絶句する。
そこには。
おれと似ている雪だるまから。いっそ、とけきってしまうくらいならと譲りうけた、丸顔の輪郭にふちどられて。
寒さで凍えるなか、めいっぱいにつくったおれの笑顔が、はめこまれるように埋もれていた。
雪だるまのからだからも、いくつもの氷塊が剥がれ落ち。
そのなかにかくれていた、おれの手脚がぽろりと出てくる。
あぁ、やっぱりおまえは、おれと似ていたんだなぁ。
おれと似ている雪だるま。
おまえの丸顔をもらって。
おれの笑顔も、ずいぶんましになったのだろうか。
こちらを見て、ひきつっている畑良くんたちの表情からは、それをうかがえないのが残念でならない。