9 漁協の組合長
「この海鮮丼おいしいですね」
「そうだろ。何と言っても新鮮だからね」
涼介は小坂井と漁港の近くの食堂に来ていた。そこの海鮮丼が絶品だということで小坂井が案内してくれたのだ。
刺し身を口にふくみ、さらに飯を追いかけるようにかきこんだ。
身がぷりぷりしていて美味しかった。
「ところで、『初恋』に行ったんだね」
「どうしてそれを」
「サユリからお礼の連絡があったんだよ。いい人を紹介してくれたって喜んでいたよ」
「そうでしたか」
「中村さんのことをすごく気に入ったみたいだ」
涼介は下を向いた。
「さっそく上手くやっているみたいで安心したよ」
店に客が入ってきた。
いかつい大男で赤銅色に日焼けをしていた。
「今日は」
小坂井が挨拶をした。
「おう」
「そうだ、中村さんにも紹介しておこう。こちらは漁協の組合長の薮本さん」
「初めまして、中村涼介です」
「彼は町の移住プロジェクトで越してきたばかりなんですよ」
「おう、そうか。しっかりやれ」
「は、はい」
涼介が苦手なタイプだ。
パワハラ上司だった松江を強化したような風貌だった。
薮本は奥の席についた。
「中村さん」
小坂井がささやくような声で言った。
「なんです」
「実は組合長ね。サユリのお父さんなんだよ」
「えっ?」
「ただね、サユリは本妻の娘じゃないんだ」
「というと」
「決まっているじゃないか浮気してできた子だよ」
「そうなんですか」
「サユリも苦労をしていてね。母親を病気で亡くして、今は一人暮らしをしている。同じ町なので、組合長も何かとサユリのことを気にかけて、助けたりはしているらしいけどね」
「いろいろあるんですね」
「ああ、こんな狭い町だけど、いろいろあるよ。そうそう僕がこのことを君に話したことは内緒にしておいてくれ。親のことを話されるのをサユリは嫌がるから」
「わかりました」
会計を済ませて、漁港の横の食堂を出るとスマホに着信がきた。
小坂井はそれを見て「じゃあ、ここで」と言って別れた。
涼介は電話に出た。
「もしもし、中村さんですか」
「はい」
「町役場の斎藤といいます。至急、会ってお話したいことがあります」
涼介は周囲を見回し、小坂井が去ったのを確認した。
「あの、今、運転中なので後でかけ直します」
そう言って電話を切った。
連絡の内容は聞かなくても分かった。5000万円を誤って振り込んだので返金して欲しいということだろう。
だが、涼介はまだお金を返したくなかった。
町役場に電話をかけ直すことなく、その夜、涼介は初恋に行った。
そして、サユリにまた赤スパを連発した。
[現在の給付金の残金4975万円]