8 ねぇ、私のこと推してくれる?
サユリの顔が歪んだかと思ったら泣き出した。
「ごめん、本当にごめん」
突然、サユリに泣かれて涼介は反射的に言った。
「僕が悪かった。ごめん」
「どうして謝るの?」
サユリが顔を上げた。
「だって、僕が……」
何で謝るのか涼介にもよく分からなかった。
「嬉しかったの」
「えっ?」
「赤スパは私の夢だったの」
涼介は目をキョロキョロさせて戸惑った。
それからサユリは鼻をかみ、新しい水割りを作ると、涼介の横に座り語り出した。
サユリは、声優と歌手志望で、とりあえずVチューバーで活躍したいとプリンセス・ライブのオーディションに応募していたのだと言う。そしてVチューバーとしてライブ配信で歌を歌い、スーパーチャットで10000円以上の投げ銭を投げてもらえるようになることが当面の目標であり夢だったのだという。
Vチューバーは今大人気だ。世界のスーパーチャットのランキングでもトップテンの9割は日本のVチューバーだ。トップになると投げ銭だけで年間億単位の金を稼いでいる。
「でも、先週発表があったの」
その先は聞かなくても察しがついた。
サユリは下を向いた。
プリラブのオーディションには1000人以上が応募してくると聞く。その中から選ばれるのは数人だ。
「すっかり自信を無くして落ち込んでいたの。やっぱり夢なんて叶わなくて、私は一生、この漁師町から出ることはできないんだと悲観していたの」
サユリはまた溢れてきた涙を手の甲で拭いた。
「それが、あなたが来てくれて、私の歌を聴いてくれて、夢だった赤スパを投げてくれたの。だから、嬉しくて、嬉しくて」
また、鼻をぐすぐすさせた。
「サユリちゃんの歌は凄かった。僕は感動したよ」
「本当?」
「それにその声、声優向きだよ。たくさんアニメを観ているけど、サユリちゃんの声はヒロイン役にぴったりだよ」
「お世辞じゃなくて、本当にそう思ってくれているの?」
「もちろんだよ」
「私のことを応援してくれる?」
「ああ」
「嬉しい」
サユリが抱きついてきた。
涼介の腕にサユリの柔らかい乳房が押し付けられた。
サユリの髪からいい匂いがする。
おそるおそる涼介はサユリの体に腕を回し抱きしめた。
涼介の体に電流のようなものが走り抜けた。
(女の子って、こんなに柔らかくて、いい匂いがするものなのか)
夢ではない。
サイバー空間の仮装現実でもない。
これは現実だった。
サユリが顔を上げて、体を少し離した。
「ねぇ」
「何だい?」
「私のこと推してくれる」
「推しは君だけだよ」
「約束よ」
サユリが小指を絡ませてきた。
その後は、スパチャ祭りになった。
涼介のリクエストに応じて、サユリが歌った。
酔いもあり、涼介は赤スパを連発した。
帰る時は、サユリは店の外に出て、ずっと手を振って見送ってくれた。
夜風に吹かれて、涼介は小さな町を歩いて帰った。
涼介の自宅の古民家は町はずれにあった。
ふと、懐の現金の入った封筒が気になり確かめてみた。
封筒はそのままあった。
だが、なんだか少し薄くなった気がした。
[現在の給付金の残金4985万円]