6 初恋
涼介が選んだのは『初恋』だった。
「いらっしゃいませ」
扉を開くと若い女性が迎えてくれた。
「あ、あの」
上手く喋ることができなかった。
大金を手にして舞い上がり忘れていたが、涼介はコミュ障だった。
「初めてですか」
頷いた。
「どうぞこちらへ」
席に案内された。
客は涼介一人だった。
店の人は、ママさんらしい女性と、迎えてくれた若い女性の二人だ。
座るとおしぼりが出た。
「何にします?」
「おまかせします」
絞り出すようにやっと言えた。
女性はママの方を見た。
ママが頷いた。
「焼酎のボトルでいいですか」
「はい」
「飲み方は」
「み、水割りで」
めちゃくちゃ緊張するやり取りだった。
(ああ、失敗した。もう帰りたい)
でも席を立つ勇気もなかった。
とりあえず乾杯をして、焼酎の水割りを一気飲みした。
「まあ、すごい」
その後会話が続かなかった。
見かねたようにホステスの女性が「歌でも歌いますか?」と訊いてきた。
「はい。いや」
そんな涼介のあたふたする姿を見て、「ふふふ」とホステスが笑った。
「じゃあ、私から歌いますね」
「どうぞ」
「一曲200円で、5曲セットで1000円になります」
「あの、前金ですか」
「そうですね」
涼介は上着のポケットから100万円が入った封筒を取り出し、その中から1万円を抜いた。
「これでお願いします」
ホステスは涼介が札束を出したので驚いた顔をした。
「は、はい」
ホステスは一万円札をもってママのところに行くと、カラオケに曲を入れた。
彼女が歌いだした。
曲は涼介が大好きなアニメの主題歌だった。
しかも上手かった。
歌い終えた彼女を涼介は拍手で迎えた。
「すごい。うまいですね」
「こんな曲知らないでしょ」
「知ってますよ。『ソードアイロニクス』の主題歌で、KANAが歌っている曲でしょ。KANAより迫力がありました」
「えー知っているの」
「もちろんです」
「嬉しい。私、サユリというのよろしくね」
「サユリさん、こちらこそ、よろしく」
「どこからいらしたの」
「ええと、東京からです」
これは嘘だった。見栄をはってしまった。本当は埼玉だ。だが、会社は戸田にあり、まあ東京みたいなものだった。
「すごい。じゃあ、もしかしてあなたなのね」
「えっ?」
「小坂井さんが言っていた新しい移住者の方よ」
「そうです」
「会えて、嬉しいわ」
サユリが満面の笑みでグラスを持ち上げた。
涼介は期待に胸が高まり始めた。