34 ランドセルの神様
(おや)
静子は新しいランドセルを背負って歩いてくる小学4年生くらいの女の子を見つけた。
その子が、児童養護施設の子で自分が贈ったランドセルを背負っていることはひと目で分かった。
「こんにちは」
その子に声をかけた。
「こんにちは」
「いいランドセルね」
「ええ」
その子は白い歯を見せて笑った。
「これはね。神様にもらったの」
「神様?」
「そうよ」
静子はそういえばあの児童養護施設を運営しているのはアーメンだと思いだした。
(施設の尼さんが、神様がしたことにしたのね)
「そう良かったわね。神様を信じているのね」
それだけを言って、立ち去ろうとした。
すると女の子が寄ってきた。
「ねぇ、秘密にできる?」
「なんのこと?」
「ランドセルの神様の話」
「ええ」
「じゃあ、おばあちゃんにだけ私の秘密を話すね。本当のことを言うとね、私はシスターが拝んでいる神様は信じていないの」
「まあ、どうして?」
「私ね、両親がいないの。キリスト教の施設の子なの。それでね、私が今こうして生かされているのは神様のおかげだとシスターは教えてくれるの。でもね、本当に神様がいたらパパやママが死ぬはずがない。だって悪いことは何もしていなんだもの。私もたくさんお祈りしたんだもの。もし神様がいたら私からパパやママを取り上げるはずないわ」
少女は泣き顔になった。
「苦労したんだね」
「うん」
「ならどうして神様がランドセルをくれたなんてさっき言ったの?」
静子はどうしてもそこを訊いてみたくなった。
「小学生になっても自分のランドセルが無くて、ずっと布の手提げ袋で学校に通っていたの。こんな綺麗なランドセルで通学するのが夢だったの。それだけじゃなくて、ノートも鉛筆も、3万円の図書券までもらったのよ。私、本を読むのが大好きで、将来はお話を書く人になりたかったの。全部、ずっと私が欲しかったものばかりだったの」
「……」
「だから、このランドセルをくれた人が私の神様なの」
「……」
「私ね、これからいっぱい勉強をして、たくさん本を読んで、お話を書く人になって有名になって、どこかにいる私の神様に『ありがとうございました』って、テレビとかでお礼を伝えることができるようになりたいの。それが私の夢なの」
少女が目を輝かせて言った。
「きっとその夢は叶うわよ」
「本当に?」
「本当よ。それにあなたのその思いは、もう、あなたの神様に伝わっているかもしれないわよ」
「それはないと思うな」
少女は快活に笑った。
「でも、ありがとう」
「ありがとうを言わなければならないのは私の方よ」
小学生は静子に手を振って帰って行った。
静子はそっと涙を拭った。
(嫌だね。年を取るとなんだか涙腺が弱くなって)
無数の傷跡が残る自分の左手首を見た。
(今の言葉を聞けただけでも生きていてよかった……)
静子は顔を上げると、ゆっくりと歩き始めた。




