28 赤ちゃんポスト
静子は赤ちゃんポストの前で行ったり来たりしている赤子を抱いた若い女を観察した。
服は汚れていた。
足元を見ると靴はボロボロだ。
痩せていて顔色が悪かった。
金が無いことは一目瞭然だった。ここ何日間、食事すらしていなのだろう。
うろうろしているのは赤ちゃんポストに子供を預けるということを迷っているというよりも、子供に最期の別れを告げることをためらっているように見えた。
(あの母親、子供を預けたら死ぬつもりね)
静子には直感的に分かった。
「来な」
静子は母親の腕をつかむと引っ張った。
「何をするんです」
「腹が減っているんだろ。飯を食わせてやるよ」
「いきなりなんです」
母親の腹が鳴った。
赤子が泣き出した。
「いいから、来な」
静子に引っ張られるようにして、母子はついてきた。
静子は母子を自宅に連れて行った。
冷蔵庫を開けて、常備菜が入っているタッパーを取り出し、中の惣菜を菜箸で取り分けた。
朝の残りの味噌汁をあたため直した。
「食べな」
静子は、母親の前にご飯と味噌汁、鳥肉と野菜の煮物、ひじき、マグロ刺しのぶつ切り、冷奴を並べた。
母親はどうしていいか分からないという顔をしていた。
「別に、毒は入っちゃいないよ」
「そんなつもりでは……」
「それに、毒が入っていたところで、どってことないだろう。どうせあんた死ぬつもりなんだろ」
女は驚いた顔をして顔を上げた。
「どうして……、それを」
「見りゃ分かるよ」
女は意を決したようにおそるおそる箸を手に取った。
味噌汁に口をつけた。
「美味しい」
ため息を漏らすように、そう言った。
一口食べると、その後は箸が止まらなかった。
「そんなに慌ててたべると体に毒だよ。何日も食べていなかったんだろう。もっとゆっくりお食べ」
女は不思議そうに静子のことを見上げた。
「私は買い物に行ってくるから。おかわりや、お茶を入れたりは自分で好きにしな」
「どこに行かれるんですか?」
「決まっているだろう。母親にだけ飯を食わせて、その子にひもじい思いをさせるわけにはいかない。ミルクを買ってくるんだよ」
女はワァーっと泣き崩れた。
静子は泣いている女を放っておいて、近所のドラッグストアに買い物にでかけた。
[現在の給付金の残金2100万円]




